第129話 鍛えられるコンラート

 その間、ダーウはガフガフ水を飲んでいた。

 体も大きいので、飲む量も多いのだろう。


「ダーウ、水、うまいな?」

「わふ。はっはっはっ」


 あたしはダーウの頭を優しく撫でる。


「ルリアは、ダーウに乗るのが上手くなった気がする……」

「ばう」


 ダーウも「ルリアを乗せるのが上手くなった」といって尻尾をぶんぶんと振っている。


「そだな。ダーウは、たよりになる」

「わふぅ~」


 ダーウが落ち着いたので、あたしは改めてコンラートに尋ねる。


「きょうはどした?」

「……陛下と父上がルリアに遊んでもらえって」

「ほう?」


 すると、スイがどや顔で言う。


「ルリアに人として大切なことを教えてもらえ。お前はこのままでは王になれぬらしいからな」

「え? 誰のセリフ?」

「ん? こやつと一緒に来た執事が、かあさまにそんなことを言ってた」


 どうやらスイはコンラートの執事と母の会話をこっそり聞いていたようだ。


「あいつは、そ、そんなことはいわない! ただ、陛下と父上は遊べと」

「あいつ?」


 あたしが睨むと、コンラートはしゅんとする。

 使用人であっても、大人に対して「あいつ」はない。


「執事は……そんなこといってないです」

「うむ。それでいい。で、スイちゃん。正確にはなんていってたの?」

「そだな? えーっと王太子の家ではみな甘やかすし、環境が良くないって」

「ほう? びしばしきたえろってことだな?」

「あの、父上と陛下は遊べって……」


 我が家の侍女が笑顔でいう。


「ルリア様とサラ様は、なにも気にせず遊んでください。それを陛下はお望みのようです」

「ほう? なるほど? ルリアにまかせて!」


 父と母が中庭に来ていない。そのうえ兄と姉も来ていない。

 つまり、五歳ぐらいの子供同士、好きにしろと言う意味だ。


「ふむ。ルリアは厳しいぞ? コンラート。ついてこれるか?」

「え? だから」

「ふむ。その意気やよし」

「え、だから、僕は……」

「ルリアに付いてこい!」


 あたしは両手に木剣とかっこいい棒を持って、中庭を歩いて行く。

 コンラートを含めて皆、あたしの後をついてくる。


「コンラート、そなた、ねえさまの前だと大人しいらしいな?」

「え、そ、そんなことは……」

「猫を被っていたのだな?」

「そ、そんなことないです……」


 コンラートの顔は真っ赤だ。


「おかげで、ねえさまはコンラートのことあまり覚えてなさそうだったぞ」

「そ、そんな」


 コンラートはショックを受けているようだ。


「よかったな? コンラートはうんがいい」

「え? うんがいいの?」

「うむ。昨日、あたしやサラちゃんに対しての態度で接していたら最悪だった」

「それは最悪だね」


 サラもうんうんと頷く。


「もし、そんな態度だったら、大嫌いな奴として覚えられていただろうからな!」

「よかったであるな。コンラート。愚かで醜悪な中身をさらしていないのであるからな!」


 スイは元気づけようとしているらしいが、


「おろかで、しゅうあく……」


 コンラートは少しショックを受けていた。


「よし、この木でいいな」

「ルリア? 一体?」

「まずはこの木をのぼる」

「え? なんで?」

「なんでって、この木が一番のぼりやすいからな?」

「いや、その木を選んだ理由じゃ無くて、そもそもなんで木に……」


 コンラートはあたしの厳しい訓練内容に怖じ気づいているらしい。


「特訓だ!」

「えぇ……」


 コンラートは顔を引きつらせている。びびっているようだ。


「ルリアが、手本をみせるな?」


 あたしは木をするすると登る。


「な?」

「す、すごいけど……なんで木なんてのぼらないと……」

「コンラートは、いつか王になるのだろう?」

「……うん」

「敵がおそってきたとき、木にのぼれた方がいい。にげられるからな?」

「はっ! そ、そうかも」

「ということで、特訓だ! コンラート! のぼるといい!」

「うん!」


 コンラートは一生懸命、木を登りはじめた。

 あたしは小声で囁く。


「クロ、いざというときは頼むな? スイちゃんにも伝えて」

『わかってるのだ。スイに落ちかけたら受け止めるよう言っておくのだ』

「伝言してくれなくても、聞こえているから安心するのである! スイは耳がいいゆえなー?」

「え? 水竜公閣下、いったいなにを?」


 コンラートが後ろを振り返ってスイを見る。


「コンラート気をちらしてはいけない」

「はいっ!」


 コンラートは汗を流し、一生懸命木に登る。


「右足はそっち! 左手はこっち!」

「こうですか!」

「そうだ。なかなかすじがいい。コンラート」

「ありがとうございます! 師匠!」


 コンラートがなぜかあたしのことを師匠と呼び始めた。

 悪い気はしないのでそのままにしておく。


「うむうむ。その調子だ。コンラート」


 コンラートは十分以上かけて、なんとか木を登り切った。


「た、たかい……」


 あたしの乗る枝に、コンラートはしがみついてぷるぷる震えている。

 高さはそんなでもない。父の身長の一・五倍ぐらいの高さだ。


「コンラートみてみるといい」


 あたしは枝の上に立ちあがる。


「ひぃっ、師匠、危ないです」

「コンラートは立たなくていいよ? あっちをみるといい」

「……森が拡がってる」

「な?」

「なにが?」

「いい景色だ」

「うん」


 あたしは深呼吸する。そのとき気持ちのいい風が吹いた。


「風も気持ちいいな? あせをかいているからよけい気持ちがよかろ?」

「うん。……気持ちがいい」

「あ、コンラートは一人で木にのぼったらダメだ。ルリアは達人だからいいけどな?」

「わ、わかった」


 あたしはスイを指さした。


「落ちてもスイちゃんが受け止めてくれるからな? あぶなくない。でも一人で登ると危ない」

「うん。わかった」

「でも、ルリアは達人だからいいんだけどな?」


 そういうと、コンラートは尊敬の目であたしをみた。


「さて、降りるか、降りる方が危ないから気をつけてな?」


 あたしは木登りの達人なので、するすると降りる。十秒もかからなかった。


「ひぃ。こわいぃ~」

「右手はそこ! 手と足は、同時に動かさない!」

「こう?」

「そう。常に三点、こていするといい。動かすのはかたてか、かたあし、どれかひとつ!」


 つい油断すると、右手と左足とかを同時に動かしたくなる。

 それをすると落ちやすくなるのだ。


「ひいぃこわいぃ」


 泣きそうになりながら、コンラートは木からおりる。

 十分ぐらいかかったが、初心者だから仕方がない。


「コンラートはすじがいい」

「でも、師匠に比べたらずっとおそかった……」

「ルリアは達人だからな?」


 そんなコンラートの頭をサラが撫でた。


「がんばったね。えらい」

「……えへへ」


 コンラートは照れていた。


「さて、コンラート。次はあの木だ」

「ええ? また登るの?」

「……む? 文句があるのか?」

「……ないです。師匠」


 それから、あたしとコンラートは三本の木に登ったのだった。

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