第112話 スイと国王

  ◇◇◇◇

 ルリアとサラが眠った二時間後。


「……」


 目を覚ましたスイは、無言で寝台から起きあがる。


「ぁぅ?」

「しーっ。すぐ戻るのである」


 気づいたダーウ、コルコ、キャロに囁くと、窓を開けて外に出る。

 そして、夜闇の中を走り出した。


『スイ、何しに行くのだ?』


 会話してもルリアが起きないぐらい離れたところでクロが語りかける。


「ん? 王に警告しに行くのである!」

『ルリア様はそんなことしなくていいっていったのだ』

「しなくていいのはしばくことなのである! 脅すだけだからいいのである」

『へりくつなのだ』


 会話しながら、森の中を走っていく。


 ヤギ、猪、牛、それに鳥の守護獣のリーダーフクロウが、何事かと集まってきた。


「そなたたち、スイが離れている間、ルリアを頼むのであるぞ」

「めえ~」「ぶぼ」「もぅ」「ほほう?」


『いや、だから、スイも離れる必要もないのだ!』

「だがな、クロ。ルリアが作法の勉強で忙しいと、スイはさみしいのであるからして」


『それが本音なのだな! 脅さなくても……』

「でも、ルリアはかわいいから、王宮で育てるとかいいだしかねないのである!」


 それをきいて、クロもヤギたちも、あり得るかもと思った。


 なにせ、ルリアは尋常じゃなくかわいいのだから。

 かわいい孫娘を手元で育てたいと、王が思っても何もおかしくはない。


「そうなったら、そなたたちも、ルリアと中々会えなくなるのである!」

『そ、それは……』「めえ……」「ぶぼぼ……」「もぅ……」


「と言うことで行ってくるのである! あ、王宮はどっちであるか?」

「めめえ~」「ぶぼぼぼ」「ももぅ!」


「あっちであるな! 待っているがよいのである!」

「ほう!」

「お、頼むのである!」


 ヤギたちに王宮の方角を教えて貰い、フクロウに案内してもらいスイは走った。


 スイは少女の姿だが、本質的には強大な力を持つ竜、水竜公だ。

 馬よりも何倍も速く駆けていく。


 ルリアたちが眠ったのが午後八時頃で、スイが屋敷を出たのが十時頃だ。 

 そして、スイが王都近くに着いたのは十一時頃だった。


「あれが王都であるな?」

「ほっほう!」

「王都の壁などではスイは止められないのである!」


 スイは街を囲む壁を簡単に乗り越えると、走って行く。


「これが王都であるな? ルリアもまだ見たことのないという……」

「ほほぅ」

「そしてあれが、王宮であるな?」


 そして、スイは王宮に忍び込む。

 水竜公であるスイは、いつもは甘えん坊だが強大な力を持つ魔導師でもある。


 スイが本気で姿を隠す魔法を使えば、王宮魔導師程度では見抜くことは容易ではない。


「国王はどこにいるのであるか?」

「……ほう」


 フクロウはスイの肩に止まって、王の居場所まではわからないという。


「そっか、仕方ないのである。そなたたちはわからないのであるか?」


 スイが尋ねたのは王宮にいた小さな精霊だ。

 ルリアが住んでいる屋敷ほどではないが、王宮にも小さな精霊たちはいる。


『こっちー』

「ありがたいのである!」


 スイは精霊の案内で王を目指した。


  ◇◇◇◇


 眠るために寝室へとやってきた国王ガストネは固まった。

 窓際に何者かが立っていたからだ。


 黒い靄に覆われており、顔も体型も、何もかもがわからない。


「だ――」

「黙るのである」


 恐怖でガストネは叫ぼうしたが、叫べなかった。体も動かない。


「魔法を使ったのである。叫べないし動けないのである」


  窓際にいた何者かはいつのまにか背後に居た。

 その何者かは少女の声でささやいた。


 ガストネは先日襲われて大変な目に遭ったばかり。

 それを思い出し、体がガチガチと震えはじめる。


 ――ドサッ


 眼前に「影」が、天井から落ちてきた。


「不届きにも我に刃を向けようとしたから気絶させておいたのである」


 ――ドサッドサッ


 背後からも人が倒れる音がする。

 護衛についていた精鋭の「影」の者達は全員倒れたようだ。


「叫べないけど、小さな声なら話せるようにしたのである」


 そのような微調整は非常に難しい。しかも詠唱もなかった。


 ガストネの声と動きに制限をかけ、同時に「影」を三人動けなくしたのだ。

 どうやら、背後にいる少女は凄腕の魔導師のようだ。


 それも王宮魔導師よりもずっと強力な魔導師だ。


 前回、暗殺に失敗した敵が本気で殺しにきた。そうガストネは思った。


「…………何者だ」

「我か? 我はこの辺り一帯を支配する古の偉大なる竜、水竜公である。人族の王」

「……水竜公閣下だと? グラーフの領地に現われたというあの?」

「おお、我を知っているのであるな? それは説明が楽でよい」


 ガストネは背後から首を掴まれる。小さな手だが力強い。


「王よ。お前は人族の中では比類無き権力を持っているのであろうな?」

「……何がいいたいのですか?」

「だが、その権力は竜には通じないのである。わかるな?」

「もちろん、わかっております」


 たとえ王族であっても、竜には敬意を払わなければいけない。

 それが掟であり、礼儀である。


 この一帯を支配していると竜が言うならば、そうなのだ。

 竜にとって、人族社会の国境など、犬の縄張り争いの境目と大差ない。


「我はルリアを気に入ったのである。ルリアをお前が独占しようとしたら暴れるのである」

「暴れる……と申しますと?」

「それはもう、暴れるのである。大変なことになるのである」


 竜が大変なことになると言えば、本当に大変なことになる。


「ルリアの好きにさせるのである。勝手に嫁に出そうとしてもダメなのである」

「もし、私がそのようなことをしようとしたら……」

「もちろん暴れるのである。それはもう大変なことになるのであるからして」


 混乱して恐怖に身を震わせていたガストネも、その頃には落ち着いていた。

 落ち着けば、水竜公が、ルリアと一緒にいた少女だと声で気付ける。


「水竜公閣下。ご安心ください。ルリアに危害を加えないとお約束しましょう」

「ふむ。それなら良いのである」


「水竜公。私はあなたにお会いしたことがある」

「む?」

「顔を見ていただければ、水竜公にも気づいていただけるかと」


 それを聞いた水竜公はガストネの前へと回りこんだ。

 水竜公は相変わらず黒い靄を纏っている。すごい魔法だ。


「あ、そなたは、うんちまみれだったおっさん!」

「……その通りです」


「そっかー。ん? なんで王があんなところにいたのであるか?」

「悪い奴に命を狙われまして……」

「そっかー。王もたいへんであるなー」


 そんな水竜公に、ガストネは正直に言う。


「私はルリアの幸せを第一に考えています」

「ほう? それはいい心がけなのである! 嘘ではないのであるな?」

「もちろんです」


「ならば良いのである。嘘だったら、それはもう恐ろしいことになるのであるからして」

「肝に銘じます」


 水竜公を包む黒い靄が消え、可愛らしい少女の姿が露わになった。


「王はすごく恐ろしい奴だという噂だったが、話がわかる奴で良かったのである」

「ははは。……あの、ルリアは元気にしておりますか?」


「うむ。元気なのである。最近では王に会う為に作法の勉強をしているのである」

「作法の?」


「うむ。無作法だと、王が自分で育てるとか言い出しかねないゆえな!」

「そんなことは言いませんが……」


「そうであるな! 信じているのである! ただ、作法の勉強は大変そうなのである」

「ほう? 大変とは?」


 ガストネは、かわいいルリアの近況話をもっと聞きたかった。


「かあさまが厳しいであるからなー」

「ふむ。大変ですね」

「そう大変なのである」


 会話しながら水竜公は倒れている「影」を起こしていく。


「これでよしである。我はルリアに黙って出てきたゆえな。ルリアが心配するから帰るのである」

「水竜公。我が孫のことをよろしくお願いいたします」

「うむ! 任せるのである」


 そして、水竜公は窓から去って行った。

 一人になると王は侍従を呼び出した。


「陛下お呼びでしょうか?」

「グラーフの娘ルリアとの謁見日を早めよ」

「……畏まりました」


 ◇◇◇◇

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