第105話 褒められるルリアたち

 母に抱きしめられるとおもってなかったので、あたしはびっくりした。


「ふえ?」

「森に入ったことも、サラを巻き込んだことも、従者に従わなかったことも良くなかったわ」

「うん」

「でも、倒れていた人を助けたことは立派なことです。偉かったわね」

「……うん、えへ」

「きゅーん?」


 ダーウが体を半分起こして、あたしと母を見て首をかしげていた。


「もちろん、貴族の令嬢としては褒められたことではないわ」

「れいじょうなら、どうするの?」

「使用人にやらせなさい。今回で言えば、トマスに命じて任せればいいの」

「ふむ?」


 普通の令嬢は治癒魔法を使えないので、それが正しいのだろう。


「令嬢として正しいふるまいではなかったけど、人としては正しいわ」

「そう?」

「そう、母はルリアを誇りに思います」

「へへ。えへへへへ」

「それにトマスをかばうために、叱られることを覚悟して説明しに来たことも偉かったです」


「そかな? えへへへ」

「なかなかできることではないわ。ルリア、頑張りましたね」


 そして母はサラを見る。


「ルリアをかばってくれてありがとう。そして巻き込んでごめんなさいね」

「んーん! サラはまきこまれてないよ!」

「そう、ありがとう」


 母はサラのことも抱きしめて、頭を撫でた。


「はっはっはっは」


 ダーウは行儀良くお座りしながら母を見つめて、尻尾を揺らしている。

 褒められるのを待っているのだ。


「ダーウも、ルリアの言うことをよく聞いて偉かったわね」

「わう~」


 母はダーウを撫でながら言う。


「ルリアをかばうのも、そうそうできることではないわ。忠犬ね」

「わふ!」


 ダーウは誇らしげだ。


「よかったな! ダーウ。ありがと」「えらいえらい」

「わふ~」


 あたしとサラはダーウのことを撫でまくった。


「……さて、ルリア。ところで……」

「ん? おやつか?」

「わふわふ」


 褒められた後に食べるおやつは格別だ。

 おやつと聞いて、ダーウの尻尾の揺れが激しくなった。


「違うわ」

「え?」「わふ?」


 衝撃をうけるあたしとダーウに向けて、母は言う。


「ルリア。治癒魔法を使えるの?」

「……えっと」

「それも瀕死の患者を治せるほど?」

「……えっと、それは」

「ルリア? 正直に言いなさい」

「はい。つかえる」


 あたしは母の圧に負けて、正直に話してしまった。


「それで治癒魔法は誰に習ったの?」

「だれ? えーっと……クロ?」

「クロ? それはだれ?」

「えっと、この子なんだけど」

『そんなこといっても、かあさまに、クロはみえないのだ』


 ふわふわと近くにやってきたクロが言う。


「見えないけどここにいるの。精霊だって」

「…………そう。信じがたいといいたいけど、信じるしかないわね」

「信じてくれるの?」

「実際、治癒魔法を使えるんだから信じるしかないでしょ?」

「そっかー」


 ほっとするあたしに、真剣な表情で母は言う。


「ルリア。治癒魔法を使えることは隠しなさい」

「わかった!」

「……ずいぶんと素直ね。理由は聞かないの?」

「うーん。クロも隠せっていってたし?」

「そう。クロさん。ルリアをよろしくおねがいしますね」

『わかったのだ』

「わかったって!」


 母はなにもない方向に頭を下げる。

 クロは母の正面に移動して『こちらこそなのだ』と呟いた。


「クロが、こちらこそだって」


 それから、母はマリオンと侍女、トマスと従者筆頭にも言う。


「ルリアが治癒魔法を使えることは絶対に誰にも言わないように」

「「「御意」」」

「部下にも、上司にも、親や子供にも、そして国王陛下にも言ってはいけません」

「……御意」


 みな神妙な顔で頭を下げた。


「サラもおねがいね?」

「わかった! 内緒にする」

「偉いわ」


 サラは母に頭を撫でられて、「えへへ」と笑った。


  ◇◇◇◇


 ルリアたちが退室した後、アマーリアはもう一度念押しした。


「……これまで通り、ルリアのことは絶対に口外しないように」

「御意」

「トマス。ルリアが癒やした患者をそのまま帰したのは失敗でしたね」

「……申し訳ございません」


 ルリアの秘密を守るためならば、返すべきではなかった。

 せめて、名前や身分を聞かねばならなかった。


「……トマス。あなたは他の従者よりもルリアの秘密を多く知りました」

「はい、我が命にかけましても、絶対に口外いたしません」

「信用しています。今後、ルリアの護衛を頼むことが増えるでしょう。よろしくね」

「御意。身に余る光栄です」


 秘密を知る者は少なければ少ない方が良い。

 ならば、トマスを処罰するより重用したほうがいいと、アマーリアは判断した。


「改めてルリアが助けたという老人が誰か、調べなさい」

「ルリア様に害をなさぬよう、念のために消しましょうか?」


 従者筆頭が声を潜める。

 それはルリアの安全を第一に考える従者筆頭としては当然の判断だ。


「その必要はありません。そんなことをしてはルリアの行いが無駄になります」

「御意」

「ただ、口止めするだけで構いません」


 そして、従者筆頭とトマスが退室し、部屋にはアマーリアとマリオン、侍女が残された。


「……ルリアは聖女かも知れないわ」

「聖女様、でございますか?」


 驚くマリオンに、アマーリアは領民が直訴に来た際に起こった出来事を語る。


 巨大な動物たちがルリアの言うことに素直に従っていた。

 ルリアが撫でただけで、巨石が割れて雨が降り始めた。


「それにこの地に封じられていた水竜公の呪いも解いたわ」

「それは……聖女以外の何者でもありませんね」

「そうなの。困ったわ。またグラーフにも手紙をしたためないと」


 アマーリアはため息をつく。


「グラーフが、近いうちにルリアを連れて参内しないといけないのよ」

「それは……大変ですね」

「ほんとに」


 国王がルリアが聖女だと知れば、利用しようとするのは確実だ。

 貴族を押さえつけるのに使うだけでなく、対教会の切り札にもしようとするはずだ。


「……ルリアの髪色と目の色を見れば、教会も黙っていないでしょうし」


 ルリアは政治的争いの中心となる。

 当然、利用しようと多くの者が近づいてくるだろうし、命を狙われることも増えるだろう。


 アマーリアはため息をついた。


  ◇◇◇◇

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