第103話 ルリアの誤算

 湖畔の別邸に戻ったあたしとサラは、送ってくれたヤギたちにお礼を言った。


 沢山モフモフしてから、大人しく部屋に戻る。


 部屋に入ると、あたしは息を殺して、目立たないように、布団の中に潜った。

「りゃむ?」


 ロアを抱っこして布団の中で丸くなる。


「…………ルリアちゃん? どしたの? ねむい?」


 サラがもぞもぞと布団の中に入ってくる。


「ばう?」


 ダーウも鼻の先を布団の中につっこんできた。

 一方、キャロとコルコは部屋の中を歩き回っている。


 きっと、悪い奴が来ないか、見張ってくれているのだ。


「スイも眠るのである!」


 スイは眠る気満々らしく、布団の中に入ると、仰向けになって目をつぶる。


「ルリア、だっこして欲しいのである!」

「しかたないなー」


 あたしは、スイをぎゅっと抱きしめる。


「りゃむ」


 ロアは、スイの顔にひしっと抱き付いた。あれでは前がみえないだろう。


「ロアのお腹はいい匂いがするのである! すーはーすーはー」

「りゃっりゃ」


 くすぐったそうに、そして楽しそうにロアが尻尾を揺らす。

 スイとロアが楽しそうで良かった。


 ロアは赤ちゃんなので、誰かにくっついて眠りがたがる。

 スイは赤ちゃんではないが、長い間一人で寂しかったから抱っこして欲しがるのだ。


 スイに抱きつくあたしをみて、サラもスイに抱きついた。


「えへへ、あったかいのである。ミアも我を抱っこしてくれるであるか?」


 サラが持っている棒人形ミアを、スイは優しく撫でた。


「わふ」


 ダーウも鼻をスイにくっつけている。


 あたしは、そんなダーウの鼻先を撫でた。


「ルリアちゃん。サラ、眠くないかも」

「あたしも、実はねむくはない。だけど、ねているふりをする」

「どして?」

「…………いまごろ、かあさまに、トマスがほうこくしてる」

「あ!」

「ほうこくを聞いたかあさまは激怒するにちがいない」


 そして、激怒した母はこの部屋へとやってくるだろう。


「そのとき、あたしはねてるってわけ」


 寝ているあたしをみて、母は起きてから叱ろうと考えるに違いない。

 そして時間が経てば、怒りも多少収まるはずなのだ。


「ほぉ~。ルリアちゃんあたまいい」

「ふひひ。あたまいいでしょ」

「でも、激怒してたら、おこされない?」

「…………その可能性はある。そのときはねぼけたふりをする?」

「よけいおこられないかな?」


 そんなことを話していると、

「すー……すー……」「りゃ~……りゃ~……」


 スイとロアが寝息を立て始めた。スイは仰向けで顔にロアを乗っけたままだ。


「……ほんとに寝た。眠かったのかな?」

「そうかも」

「……息くるしくないのかな? ルリアちゃん、ロアをどかしたほうがいい?」

「スイちゃんは、竜だからだいじょうぶだよ。たぶん」


 ロアは赤ちゃんだから、大きなあたしたちよりも、沢山寝る。

 ということは、もしかしたら、スイも赤ちゃんだったのかもしれない。


 そのとき、布団の中に、クロがやってきて明るくなった。


「あ、せいれいさん? このあかるさは、クロ?」

「そう。さすがサラ」


 スイとロアを起こさないように、あたしたちは小さな声で会話する。

 サラは精霊の姿がぼんやりとだが見ることができるのだ。


 精霊はそれぞれ明るさが違うので、クロを見分けることが出来たのだろう。

 精霊王であるクロは、特に輝きが強いので見分けやすい。


「クロ、いいこいいこ」

『ふへへ……って、和んでいる場合じゃないのだ!』


 サラに撫でられて一瞬嬉しくなったクロは、慌てたように顔を引き締める。


「クロ、どした?」

『どした? じゃないのだ! 魔法は体に良くないからダメって言ったのだ!』

「でも、あの人、あのままだと死んじゃったよ?」


 スイとロアは、精霊の声を聞くことができる。

 だから、クロはスイとロアを起こさないよう、小さな声で話してくれていた。


「……?」


 クロの声が聞こえないはサラは首をかしげる。

 サラには、あたしが独り言を言っているようにみえるだろう。


『背が伸びなくなるのだ!』

「それはこまるけど……。クロ。いっておくことがある」

『なんなのだ?』

「あたしはたすけられるなら、たすける。それで背が伸びなくてもしかたがない」


 人命には替えられない。

 世界中の人を助けるのは無理だけど、目の前にいる人は助けたい。


『かあさまに怒られるのだ。それをルリア様は忘れているのだ』

「忘れてないよ? かあさまはこわいけど、しかたない」


 クロは首をゆっくりと振った。


『ちがうのだ。ルリア様だけじゃなく、トマスも怒られるのだ』

「なんで?」

『ルリア様を止められなかったからなのだ』

「あっ、そうかも」


 確かに、あたしを危険なことに近づけないのも従者の仕事だ。

 となると、トマスが正直に報告したら、あたしだけでなく、トマスもすごく怒られる。


 それでも、トマスはきっと正直に報告してしまうのだろう。

 あたしが悪いのに、トマスは、あたしのせいにしないかもしれない。


『ルリア様は叱られるだけなのだ。それで家を追い出されたりしないのだ』

「うん」


 夜ご飯抜きにされたり、お尻を叩かれるかもしれない。それはすごく怖い。

 怖いが、母も父も「うちの子じゃありません!」と追い出したりはしないと思う。


『でも、もしかしたら、トマスは首になるかもなのだ』

「ク、クビ!」


 あたしの声にサラもびっくりして目を見開いた。棒人形ミアを抱く手が強くなる。


『……首にならなくても、左遷。いや少なくとも配置換えは避けられないのだ』


 あたしを止められなかった。つまり、職務を果たせなかった。

 ならば、別の部署に回すというのは、ありそうだ。


「まずいね」

『そう、まずいのだ。ルリア様の勝手な振る舞いは多くの人に影響を与えるのだ』


 クロの言うとおりだ。

 父は国王の息子でもある大貴族。その娘であるあたしのふるまいも沢山の人に影響を与える。


 その自覚が足りなかった。


「こうしちゃいられない!」

「るりあちゃん?」「りゃ?」

「かあさまのところにいく!」


 あたしは、スイの顔に抱きつくロアを撫でると、布団から飛び出した。


「怒られるから寝たふりするんじゃないの?」

「トマスが怒られる。あたしがしょうげんしないとまずい」

「サラも行く!」

「サラちゃんはまってて! 怒られるのはルリアだけでいい」


 サラはぶんぶんと首を振る。


「一人より二人の方が信用されるから」

「そっか。そうかも。ごめんね?」

「いいよ!」


 そのまま部屋を出ようとしたとき、サラが足を止めた。


「スイちゃんが起きたら寂しがるから、ミアを抱っこさせておいてあげよう」

「そだね、コッコとキャロ。スイちゃんとロアをおねがい」

「ここ」「きゅ」

「すー……すー……」「りゃむ~」


 寝息を立てるスイに、ミアを抱かせて、コルコとキャロを部屋に残すことにする。


「……ダーウも部屋にのこるといい。でも、スイちゃんとロアが寝ているからな?」


 大人しくしていろと言い含める。


「きゅーんきゅーん」


 ダーウは怒られることがわかっているのか、あたしの方を見て、悲しそうに鳴いていた。

 だが、部屋を出ると、ダーウも付いてくる。


「ダーウ。怖いなら部屋にのこっていていいんだよ?」

「きゅぅ~」


 そういっているのに、ダーウは付いてくる。


「そっか、ありがとうな。ダーウ」

「きゅーん」


 あたしはダーウをわしわし撫でた。

 屋敷の中とはいえ、あたしが悪い奴に襲われないとも限らない。


 実際、あたしは生まれたばかりの頃、屋敷の中で襲われたこともある。

 だから、ダーウは守るために付いてきてくれるのだろう。


「でも、こわがらなくていい。おこられるのはルリアだからな?」


 ダーウを撫でてから、あたしはサラと手をつないで母がいる部屋へと走って行った。


「いくよ?」

「うん」


 あたしは母がいるはずの書斎の扉を力一杯叩いた。

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