第101話 元気になった患者

※※6/7 転生幼女は前世で助けた精霊たちに懐かれる 3巻発売!※※


 うんちを落としてよくみれば服も高そうだ。もしかしたら親戚の誰かかもしれない。


「よーし、トマスも綺麗になったのである!」

「ありがとうございます。水竜公」


 スイがトマスをお湯球で綺麗にし終わる頃には、

「ばうばう」「きゅぅ」「ここ」「りゃむ」「めえ」「ぶぼ」「もぅ」

 ダーウたちが、トマスの後ろに並んで洗ってもらうのを待っていた。


「しかたないのであるなー」


 スイは嬉しそうに尻尾を揺らしながら、ダーウ達も洗い始める。


「わふ~」「きゅきゅ~」「こ~」「りゃあ~」「めえ~」「ぶぼ~」「もぅ~」


 ダーウたちも気持ちが良さそうだ。


「スイちゃんのお湯は、温度がちょうどよくてきもちいいよね」

「うん。すごくきもちがいい」

「まったくです」


 毛のないロア以外、洗われたダーウたちはモフモフになった。


「りゃあ~」

 ロアは嬉しそうにヤギや猪、牛の毛に顔を埋めに行った。


「ルリアも――」


 うらやましくなったあたしも顔を埋めに行こうと思ったのだが、

「ルリア、どうする? こやつも洗っておくべきであるか?」

 スイに患者を洗うべきか尋ねられた。


「あ、そっか。そだね。まだちょっと臭いし……」


 患者の服は、治療の前にスイが綺麗にしてくれた。

 それにあたしとサラが一生懸命、皮膚に付いたうんちを拭ってある。


 しかもただ拭ったわけではなく、スイの綺麗な水を布につけて拭ったのだ。

 それでも、まだ臭い。皮膚にこびりついたうんちは根強かった。


「臭いだけならいいけど、きたないと体にわるいし、スイちゃん、おねがいできる?」


 それに不潔なままだと、ちょっとした傷から炎症をおこしたりする。

 治療前はちょっとしたことで死にそうなほど弱っていたが、今なら大丈夫だろう。


「任せるのである!」


 仰向けで横たわった患者の全身をお湯球が包む。


「目は瞑っているから……ルリア、鼻をつまんでやるといいのである」

「わかった!」


 あたしが患者の鼻をつまむと、顔もお湯球に包まれる。


「スイちゃんのこれ、ほんとうにすごいなぁ」


 お湯自体に浄化の魔法がかかっているので効果が高い。

 消毒薬と洗剤のいいとこ取りみたいな感じだ。しかも、目とか鼻に入っても染みない。


「ふふふ、もっと褒めると良いのである!」

「傷をきれいにするのにもつかえそう」


 全身を覆わなくても、傷口だけをこれで覆うだけでも、効果は高い。


「……ごぼ? ごぼぼぼ(む? ここは)」

「あ、目がさめた?」


 患者は目を開けて、混乱した様子で暴れかけ、

「大人しくするがよい。すぐに終わるゆえな」

 スイが宥めながら、お湯球を小さくしていく。


「これでよかろう。ルリアちゃん、どうだ?」

 患者の鼻をつまんでいた手を離すと、あたしはくんくんと患者の臭いを嗅ぐ。


「ん、大丈夫。もう臭くないよ」

「ふんふんふん」


 あたしの真似をしてくんくんしたダーウも臭くないと言っていた。


 お湯球から出てきた元患者は、あたしを見て、自分を見て、もう一度あたしを見る。


「……治っている」

「うん。もうだいじょうぶだよ?」

「……ありがとう……ございます」


 元患者はゆっくりと丁寧にお礼を言った。


「よかった。あ、お腹すいてる? なにかたべものが……あったような」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 元患者は何度もお礼を言う。

 物腰が柔らかくて、とても丁寧な人だった。


「お主、どういう経緯でここにきたのであるか? 呪われて肥だめに落ちたのか?」

「……よくわかりませぬ」

「呪われる心当たりはないのであるか?」

「……お恥ずかしながら、ありすぎてわかりませぬ」

「そっかー。お主も苦労しているのであるなー」


 スイはうんうんと頷いている。


「こんなところで、どしたの?」


 あたしとしては、湖畔の別邸の近くにやってきた理由を知りたかった。

 父か母に用事があったのかもしれないと思ったのだ。


「……えっと、少し道に迷ってしまって」

「なんと! おうちわかる? 一人でかえれる?」

「はい、ありがとうございます」


 あたしはじっと元患者の顔を見る。

 やはり、父に顔が似ている。特に優しそうな目がそっくりだ。


「あの、親戚に――」

「わふわふ!」


 そのときダーウが「誰かいる」と吠えた。


「ダーウ、誰がいるの? てきか?」


 あたしはそう言いながら、サラを背中に隠す。同時にスイとトマスが身構えた。

 数秒後、姿を現したのは商人ぽい格好の男二人だった。


「ああ、ご心配をおかけしました。私の迎えがきたようですです」


 元患者がそう言った。


「だいじょうぶ? 信用できるひと?」


 元患者は呪われて、肥だめに落とされ、こんなところに放置されたのだ。

 そのときに迎えに来ず、治ってから迎えに来るとは信用できるのか心配になった。


 元患者が迎えの二人をじっと見る。すると、二人は無言で跪いた。


「大丈夫なようです。ご心配をおかけしました」

「そっか、もし困ったことがあったら、いつでもルリアに……、いやとうさまに言うといい」

「はい、ありがとうございます。何から何まで……」


 そういうと、元患者はあたしの手を両手でぎゅっと握る。


「このご恩は一生忘れませぬ。ルリア様は命の恩人です」

「きにするな!」


 次に患者はサラの手を取り、同様にお礼を言った。


「サラはルリアちゃんを手伝っただけで……」

「いえ、なかなかできることではありませぬ。感謝を」


 続いてスイやトマスにも丁寧にお礼を言った。


「また、近いうちに。ありがとうございました」

「うん、げんきにな?」

「あの、ルリア様」

「どした?」


 元患者は真剣な目であたしをじっと見つめた。


「どうして私を助けてくださったのですか?」

「どうしてって」

「汚物にまみれた、ただの老人を、なぜ? 何の得もないではありませんか」

「うーん? りゆうなんてないけど……」


 元患者は、まだあたしを見つめ続けている。

 その目が真剣かつ必死すぎて、あたしも、なんとか説明した方が良い気がした。


「えっとだな。たとえば子犬が……」

「子犬が?」

「はしゃいだ子犬が、井戸に落ちかけたら、とっさにたすけるでしょ?」


 誰だってそうするはずだ。

 助けたら子犬の飼い主からお礼を貰えるかもとか考えず、咄嗟に手を伸ばすはずだ。


「…………」


 元患者は真剣に考えている。子犬はわかりにくかったかもしれない。


「子犬じゃなくてもいいよ。子猫とかあかちゃんでもいい」


 井戸に子猫が落ちかけていたら、赤ちゃんが落ちかけたら、咄嗟に手を出して助けるものだ。


「井戸じゃなくてがけでもいいけど。とにかくとっさに手がでるでしょ?」

「…………はい。…………その通りですね」


 元患者はどこかつきものが落ちたような表情になった。


「ありがとうございます。ルリア様。そして皆様」


 最後に笑顔で頭を下げると、元患者は二人の迎えと一緒に帰っていった。


「ルリアちゃん! 助けられて良かったね!」

「そだなー。でも……」


 あたしはちらりとトマスを見る。


「かあさまにおこられる」

「お嬢様。私も心苦しいのですが、怒られてください。非常に危ない行為でした」

「ごめん」


 そんなあたしを元気づけようとしたのか、スイがわしわしと頭を撫でてくれた。


「ルリアちゃんはえらいのである! スイも一緒に謝ってやるのであるぞ!」

「わふわふ!」「りゃあ~」「きゅっきゅ」「こここ」

「うん、サラも一緒にあやまるね!」


 みんな一緒に謝ってくれるという。心強い限りだ。


 それから、あたしたちはヤギ、猪、牛を撫でまくる。


「めええ」「ぶぼぼ」「もお~」

「せなかにのってほしいの?」

「めえ~」


 あたしとロアとサラがヤギの背に乗り、トマスは猪の背に乗り、スイは牛の背に乗った。

 ダーウの背にはキャロとコルコが乗っている。


 そして、あたしたちはそのまま屋敷に向かって歩いて行った。


「ふわー、高いねえ」「りゃむりゃむ!」


 サラの尻尾がバサバサ揺れる。ロアが羽をバサバサさせて喜んでいる。


「サラちゃんは、たかいところ、怖くないの?」

「ちょっと怖いけど、楽しい! ルリアちゃんは?」

「あたしもたのしい!」

「めええ~~」


 ヤギが嬉しそうに鳴いた。


「ぶぼぼ」「もお~」

「うん、今度はいのししと牛のせなかにものせてな?」

「ぶぼ」「も」


 森を抜けると、一気に視界が開ける。

 ヤギの背は高いので、いつもとは見え方が全然違う。


「ふわ~。湖が綺麗だねー」

「ほんとにね!」


 湖面が日の光を反射してきらきらしていた。

 強めの涼しい風もとても気持ちが良い。


 あたしはヤギの背の上で立ち上がって、腕を組む。


「ルリアちゃん? どうしたの?」

「ん? かっこいいポーズ」


 猪の背に乗ったトマスが慌てる。


「お嬢様! 危のうございます!」

「トマス、案じなくても良いのである! 落ちたらスイが助けるゆえな?」

「本当におねがいしますよ。水竜公」


 そんな声を聞きながら少し気になった。


 あの患者は、一体誰なんだろう。なんで、あそこにいたのだろう。

 そもそも、あの呪いは何だろうか。


「うーん、わからないな?」


 考えてもわからないことは、仕方ないので後回しにすることにした。

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