第96話 庭で遊ぼう
マリオンが湖畔の別邸にやってきた次の日のこと。
朝ご飯を食べたあたしたちは、遊ぶために別邸の庭にでた。
庭の近くには従者たちの詰め所があって、従者達が沢山いる。
だから、庭なら安全だろうと母から許可が下りたのだ。
「てんきいいね! ルリアちゃん」
木の棒の人形を抱っこしたサラが嬉しそうに言う。
昨日までの豪雨が嘘のように、雲一つない快晴だった。
「そうだね! きもちがいい!」
あたしは念のために右手に持った木の棒で地面を叩きながら、歩いて行く。
その木の棒は湖畔の別邸に到着したばかりの頃に手に入れた格好いい棒だ。
「りゃあ~」
「ロアもきもちいい? いっぱいお日さまをあびるといいよ」
あたしは左手で抱っこしていた守護獣にして赤い幼竜でもある精霊王ロアを頭に乗せる。
すると、ロアは嬉しそうに、羽をバサバサさせた。
そんなあたしたちの後ろから人型の水竜公が付いてくる。
「空の青色は、綺麗であるなー」
水竜公は、気持ちよさそうに深呼吸しながら尻尾を揺らしている。
「空気もうまいのである」
水竜公は、数百年、あるいは数千年、ともかく気が遠くなるほど長い期間、封印されていた。
外に出てきて、解呪されたのは昨日のことだ。
だから、青空も、肌を撫でる風も全てが嬉しいに違いない。
「いっぱい、空気をすうといい」
「わふ~わふわふっわふ!」
水竜公の揺れる尻尾にダーウがじゃれついている。
人型になった水竜公よりダーウの方が大きいのだが、ダーウは気にしていないようだ。
水竜公はダーウの方を見もせずに、尻尾でダーウをビシバシ適当にあしらっていた。
なかなかの尻尾使いだ。
「きゅきゅ~」「こっこ」
ダーウの後ろには、プレーリードッグのキャロとにわとりのコルコがいる。
キャロはダーウに「はしゃぐな」といい、コルコは「泥だらけになるよ」と言っている。
「わふ~~」
だが、ダーウは全く気にしてなかった。
昨日までの豪雨のせいで、庭には水たまりが沢山ある。
――バシャ、バシャッ
そんな水たまりを気にせず、ダーウは水竜公の尻尾に楽しそうにじゃれついているのだ。
「……もうちゃいろい」
ダーウの体は七割方、もう泥で茶色かった。洗うのが大変そうだ。
きっと母にも怒られる。その時はかばってあげなければなるまい。
本当は庭に出る前に、泥だらけにならないよう、あたしがよく言い聞かせる必要があった。
でも、もう手遅れだ。
「いや、なんとかして、きれいに……」
綺麗な水があれば、ダーウの泥を落とせる。怒られる前にごまかせれば良いのだけど。
「うーん」
「ルリアちゃん、何してあそぶ?」
「……まずは庭をちょうさする」
「ちょうさ、って何するの?」
「わなとか、おとしあなとか……さがす。あときれいなみず」
あたしは木の棒で地面をバシバシ叩きながら、歩いて行く。
「みず? どして?」
「ダーウをあらう」
「ああ……そだね」
サラも納得してくれたようだ。
あたしは服が泥だらけにならないよう、慎重に歩いていく。
「ルリア、どうして棒で叩くのであるか?」
「おとしあなを……みつけるため」
「おとしあな!」
水竜公は落とし穴という言葉にわくわくしたのか、尻尾を激しく揺らした。
お陰でダーウの動きも激しくなり、一層泥だらけになる。
「ダーウ、水竜公がどろだらけになるでしょ!」
「わふ?」
「大丈夫なのである! 我の服よりルリアとサラの服が汚れないように気をつけるが良いぞ」
大丈夫というだけあって、なぜか水竜公の服には泥一つ付いていない。
「……きっとみえない速さで、どろをかわしているのだな?」
「水竜公、すごい」
サラが尊敬のまなざしで水竜公を見つめている。
「サラちゃん、あたしたちは服を汚さないようにしないと」
「うん、お洗濯大変だもんね」
あたしが着ている服は兄ギルベルトのお下がりの男の子の服だ。
動きやすいし、ポケットが沢山付いてあるのがいい。
「サラちゃんの服もかわいいなぁ」
「そうかな? えへへ」
サラが着ている服は、今朝届いたばかりの、サラの為に新しく作った運動用の服だ。
デザインはあたしの着ている兄のお下がりに似ている。
だが、尻尾穴がついているところが違う。
水竜公が着ている服も、今あたし達が着ている男物に近いデザインだ。
昨日着ていた服とはデザインが全く違う。
「すいりゅうこうは、どこで服を手に入れてたの?」
「うん。すいりゅうこうの服、今日もきれい」
「えへ? へへへ。そうであるか? これは自分で作っているのである」
「すごい!」
「え? 自分で? ぬってるの?」
サラが目を輝かせている。
「違うのである。見ているといいのだ」
そういうと同時に、水竜公の服が昨日のものへと変わった。
「え? すごい」「ふわあ」
「わふわふわふわふ!」
あたしたちだけでなく、ダーウも興奮していた。
水竜公の服が、すぐに今日の男物っぽい服に戻る。
「我は魔法で服を作っているのである」
「おおー。魔法」
「魔法ってそんなことまでできるんだ」
「うむ。我はでかいゆえな。布の服だとやぶれるのである」
「たしかに……」「たしかに……」
あたしとサラは同時に納得した。
人型から竜の姿に変化するたびに服が弾けることになる。
それはとてももったいない。
「魔法ゆえ、洗濯もしなくていいし、そもそも泥など付かないのだ!」
「ほえー。うらやましい」
「可愛いのを好きなだけきれてうらやましい」
あたしとサラは同時にうらやましいと思ったが、中身は違う。
あたしのうらやましいは「泥遊びできてうらやましい」だ。
「……ルリアもふく魔法を練習しようかな」
「ん? 教えてもいいのであるぞ?」
「いいの? すいりゅうこういそがしくない?」
水竜公は少し考えた後、ぼそっと言う。
「待つがよいのである」
水竜公は真剣な表情をしている。
「わふ~わふわふわふわぅ」
「ここここここ」「きゅきゅいきゅ」
そんな水竜公に「どうしたどうした」と、ダーウたちがまとわりついている。
コルコは水竜公の頭の上に、キャロは肩の上に乗っていた。
「すいりゅうこう、どした?」
「その水竜公というの堅苦しいのである! 我もちゃんって呼ばれたいのである」
「すいりゅうこうちゃん?」
サラがそういうと、水竜公は首をぶんぶんと勢いよく振った。
同時に尻尾も振られて、ダーウが喜んだ。
「ちがうのである! 水竜公っていうのは、人で言う役職? 官職? みたいな奴なのである」
「たしかに……」「たしかに……」
あたしとサラは、思わず同時に呟いた。
「王様に、王ちゃんっていうようなものだものね?」
父に大公ちゃんというようなものでもある。
「そうなのである。サラは賢いのである」
「すいりゅうこうは、名前あるの?」
「ないのである。名前も考えて欲しいのである」
難しい問題だ。
「うーん。りゅうっぽいなまえがいいか?」
「かわいい名前がいいよね?」
あたしたちは、水竜公の名前について相談した。
「みずっぽいのがいいか?」
「かわいいのがいい」
「我もかわいいのがいい」
「わふわふ」「こっこ」「きゅ~」「りゃあ~」
ダーウ達も一生懸命考えていた。
「ばう!」
「バウちゃんはちょっと、イメージがちがう」「ちがうとおもう」
「こぅここ?」
「こうここちゃんは、いいかんじかもしれない」
「いや、それはどうかとおもうのである」
「レオナルドはどうかな?」
「それはかあさまがすきなやつ。べつにかわいくはない」
みんなで五分ほど考えた。あたしは思いついたことをどんどん口にしていく。
「すい、すいりゅうこう、りゅう……こう? うーん。スイちゃん!」
スイちゃんというのがしっくりきた。水竜公の水でスイちゃんだ。
「あ、かわいいかも」
「かわいいのである! 気に入ったのである!」
「わふ?」「こ?」「きゅきゅ」「りゃむ」
水竜公が気に入ったスイという名前に決まった。
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