第94話 親子
水竜公が去った後、あたしたちは朝ご飯を食べた。
「うまいうまい!」
体を動かしたおかげで、とても空腹だった。だからとてもおいしかった。
「おいしいね! ルリアちゃん」「わぁぅわぁぅ」
サラとダーウもおいしそうにバクバクご飯を食べていた。
キャロとコルコは静かに、それでいて勢いよく食べている。
「はい、ロアもたべてな?」
「りゃむりゃむ」
ロアにも食べさせながら、あたしはご飯を食べた。
朝ご飯を食べ終わった後、みんなで書斎に行こうとしていると玄関が騒がしくなった。
「む? らいきゃくかな? だれだろ。りょうみんとか?」
そんなことを考えていると、従者たちの制止する声と
「ルリアー。来たのであるー。友達であるからなー」
という水竜公の声が聞こえた。
「お、さっそくきたのかー」
さすが水竜公だ。もう穢れを払う作業を終えたらしい。
あたしはロアを抱っこして、サラ、ダーウたちと一緒に玄関へと走る。
「あ、ルリア、きちゃったのである」
玄関には、従者に止められている青い目と青いふわふわの髪をした小さな子がいた。
耳が尖っていて、角と太い尻尾が生えている以外はただの人間と同じにみえる。
性別はよくわからない。可愛い男の子にも女の子にもみえた。
「おお、すごいなぁ。すいりゅうこうはにんげんになれたの?」
「うん! 教えてもらったのである。これでいつでも遊びにこれるのである!」
そういって、水竜公は近くに浮いているクロを見た。
どうやらクロは人に変化する方法を知っていたらしい。さすがは精霊王だ。
「みんなだいじょうぶ。その子はすいりゅうこうだからな?」
「本当でございますか?」
「うん。ひとっぽくてもドラゴンだから、赤痘にならなし、だいじょうぶ」
あたしがそういうと、従者は水竜公の制止をやめた。
すると水竜公は走ってきて、あたしに抱きついた。
「ルリア、サラ。あそぼ?」
「そだなー。なにしてあそぼっか。サラちゃんなにがいいかな?」
「ええっと…………っ!」
そのとき、突然、サラが勢いよく駆けだした。
「サラちゃん?」「むむ?」
あたしもロアを抱っこしたまま、サラを追う。
相変わらずサラは足が速かった。
「わははははは」「わふわふ~」
遊びが始まったと思っている水竜公とダーウの尻尾が激しく揺れている。
サラは玄関から外へと走っていく。ちょうど到着した馬車に向かって駆けていく。
馬車が止まるとすぐに扉が開き、
「ママァァ!」
「サラ!」
マリオンが降りて来る。
サラは勢いよくマリオンの胸に飛び込んだ。
「ママ、ママ!」
「私の可愛いサラ!」
あたしもマリオンに抱き着きたかったが、サラが優先だ。
玄関から飛びだしかけたところで、中に戻り、扉の陰から二人の様子を眺めた。
「すいりゅうこう、ダーウまって」
「むむ?」「ぁぅ?」
玄関から飛び出そうとする水竜公とダーウを止める。
「いまはサラのためのじかんだからな?」
マリオンとサラは泣いていた。でも、二人ともすごく嬉しそうだった。
「サラのママは病気で、ずっとあえなかったの」
「そっかー」「……」
抱き合うサラとマリオンを、水竜公はじっと見つめる。
「……ぎゅっとして?」
泣きそうな顔で水竜公が呟いた。
「ん? いいよ」
あたしは水竜公をぎゅっと抱きしめた。
きっと、水竜公も母のことを思い出しているのだろう。
後ろから母がやってきた。
「かあさま。サラちゃん、よかったなぁ」
「そうね。本当によかったわ」
あたしに抱きしめられた水竜公は、サラとマリオンをじっと見つめて泣いていた。
母は後ろから見ていたのか、水竜公を見ても何も言わなかった。
しばらくそうしていると、馬車からもう一人、若い女性が降りてきて、こちらにやってきた。
「……あなたは、マリオンの主治医ね?」
「はい。はじめてお目にかかります。私は――」
女性は赤痘の専門治癒術師だと自己紹介した後、マリオンの経過の説明をしてくれた。
あたしたちが屋敷を訪れた日の夜にはもう症状は消えていたという。
(のろいだものなー)
病気ではなく呪いなので、そういうこともあるだろう。
呪いではない本物の赤痘の場合でも、症状が消えたときには、もうほぼうつらないらしい。
そして、二日か三日、症状が再び現れなかったら完治と診断されるようだ。
感染初期は、症状が出なくともうつるのに、不思議な病気もあるものだ。
「三日、ぶり返すことが無かったので、完治と判断しました」
「マリオンをありがとうございます」「ありがと」「よかったなぁ」
「もったいなきお言葉。私は私のすべき仕事をしただけにございます」
深々と頭を下げたあと、治癒術師は言う。
「奥方様とお嬢様、そして皆さまの診察をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。こちらにいらして」
母はマリオンに声をかけずに、治癒術師を連れて、屋敷の中へと入っていく。
母が声をかけたら、いや、玄関から出て姿を見せたら、マリオンは母にお礼を言うだろう。
そうなれば、サラとの再会を邪魔することになる。
だからあたしも、声をかけないし、玄関から外にも出ない。
「やっとだきしめることができた。サラ、サラ。私の宝物」
「ママ、だいすき」
サラの尻尾が勢いよく揺れている。
(サラ、マリオン、よかったなぁ)
本当に良かった。二人を眺めていると温かい気持ちになる。
「……かあさまのとこ、いこ。すいりゅうこうもいこ」
「いく」
あたしは水竜公の手を引いて、母のもとに走った。
母の部屋に入ると、母の診察は終わり、侍女が診察を受けているところだった。
「奥方様に感染の兆候が無くてよかったです。本当にほっとしました」
診察を受けながら、侍女は自分のことのように喜んでいる。
「ルリアも診ていただきなさい」
「うん」
なんとなく、あたしは母にぎゅっと抱きついた。
「あらあら、どうしたのかしら? 寂しくなっちゃったの?」
「なんとなく」
「今日は甘えん坊ね」
そういって、母はあたしのことをぎゅっと抱きしめてくれた。
母は温かくて、柔らかかった。
※※ここで二章は終わりです。三章がはじまるまでしばらくお待ちください。
本作の2巻が1月に発売になりました。そちらもよろしくお願いします。
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