第83話 朝ご飯
あたしとサラ、そしてダーウは食堂へと向かうことにする。
サラは部屋を出る前に、寝台に寝かせた木の棒の人形に布団をかけ直していた。
ダーウを連れていくのは、ご飯を運ぶのが大変だからだ。
体が大きいダーウは、当然食べるご飯も大量なのだ。
廊下の窓から外を見ると、雨が一層激しくなっていた。
「あめ……。ヤギたちと鳥たち、だいじょうぶかな?」
サラが心配そうに雨雲を見つめる。
「きっとだいじょうぶだよ。毛とか羽がみずをはじくし」
「うん。そうだね」
食堂に到着すると、すでに母と侍女が待っていた。
母の正面に、サラと並んで座って「いただきます」をする。
「きょうは、くろわっさんだ!」
「くろわっさん?」
「みかづきみたいなかたちのパン! おいしいよ」
クロワッサンと、目玉焼きやウインナーなどがある。
いつもの朝食より品数も少ないし、作るのに手間がかからないメニューだ。
今の湖畔の別邸に料理人はいないし、配膳する侍女も一人だけなのだから当然である。
「うまいうまい! な、サラちゃん」
「おいしい! サラ、くろわっさんすき!」
お腹が空いていたので、とても美味しく感じる。
真夜中にロアを助け出したり、早朝にキッチンに忍び込んだりしたからだ。
「うまいうまい」
「ルリア」
ふと気づくと母がじっとあたしを見つめていた。
そのときはじめて気づいたのだが、母は朝ご飯を一口も食べていない。
「ん? かあさま。どうしたの?」
「キャロとコルコはどうしたのかしら?」
「キャロとコルコはおひるねだ」
「ご飯も食べずに?」
キャロもコルコも、いつもご飯を楽しみにしているから、不思議に思ったのだろう。
「うむ。だからあとでルリアが、キャロとコルコのご飯をはこぶ」
母はあたしをじっと見つめている。何か疑われているのだろうか。
いや、違う。
昨日の夕ご飯の時、ご飯を床に落とさないようにした方がいいと言われた。
落ちたご飯を食べてくれるキャロとコルコがいないから、母も気になるに違いない。
「……あまり、ゆかにご飯を、おとさないようにしないとな?」
あたしがそういうと、母も食事を始めた。
やはり、あたしがちゃんと食べられるか気になっていたようだ。
何も疑われていないのならば、早速竜の可愛さをアピールする作戦に入りたい。
「かあさまって、どんなどうぶつがすき?」
「どうしたの急に?」
「ん、なんとなく」
かあさまに竜を飼いたいと思わせることができれば、作戦成功だ。
「そうねえ。犬も猫も好きよ。サラは?」
「サラもいぬもねこもすき。あ、プレーリードッグとにわとりもすき」
「そうね、キャロとコルコも可愛いわね」
「うん。えへ、えへへ」
サラは嬉しそうに笑う。あたしはそんなサラの口についたジャムをナプキンで拭いた。
「……それでルリアは、ダーウたち以外でどんな生き物が好きなの?」
「ダーウたち、いがいでかー」
「そう。フクロウや鷹みたいな鳥小屋のみんなと昨日のヤギたちも除いて」
「うーん、むずかしいけど」
「…………とても大きな虫かしら?」
じっと母はあたしの目を見つめている。
「むしは、とくべつにすきではないなー」
「そう。…………じゃあ蛇かしら?」
「へびも、とくべつすきというわけじゃないなー」
あたしがそう言うと、母は、どこかほっとしたように見えた。
理由はわからないが、母がほっとしている今が竜の可愛さをアピールするチャンスだ。
「ダーウたち以外だと、ルリアはどらごんがすき」
「え? ドラゴン?」
母はなぜかぎょっとした。
「な、サラちゃんもドラゴンすきだよね?」
「うん。サラもドラゴンすき。えへ、かわいい」
「ドラゴンはなー。こうはねがパタパタしてかわいいし、しっぽもかわいい」
「…………」
竜の可愛さをアピールしているのに、母は無言でじっとあたしを見ている。
「……まさか」
母は食べ終わってもいないのに突然立ち上がると、食堂の外に向けて歩き出す。
「奥方様?」
「ルリアの部屋に行くわ。まさかとは思うけど、竜をかくまっていないわよね?」
「えっ?」「ぃっ!」「わふっ」
あたしとサラ、そしてダーウが驚きの声が重なった。
サラとダーウの尻尾がびくりとした。
「か、かあさま、とと、とつぜんいったいなにを」
驚きのあまり舌が回らない。
「食事はそのままで。まだ片づけなくていいわ」
侍女にそういうと、母は早歩きであたしの部屋に向けて歩き出す。
あたしとサラ、ダーウは母の後を追いかけた。
「かあさま? ごはんたべよ?」
「ルリア。キッチンに入ったわね?」
「え? ええっと」
「食料の受け渡しは屋外で行われているから大事はなかったけど」
どうやら本邸の使用人は、別邸の前まで食糧や物資を運ぶと、別邸には入らず帰るらしい。
物資を別邸に入れるのは、一緒に隔離されている従者たちだ。
「ルリア。立ち入り禁止の場所には入ったらダメって言ったわよね?」
「ごめんなさい」
謝るしかない。
今回は大丈夫だったが、本邸の使用人が中に入っていたら一緒に隔離されるところだった。
もし、本邸の使用人が気づかずに帰っていたら、それこそ大惨事だ。
もしかしたら、あたしがやらかすことも考えて、念のために屋内に入らなかったのかもしれない。
「とても許されないことをしたわ。あとで罰を覚悟しなさい」
「あい」
「あ、あの、ルリアちゃんがわるいんじゃなくて、サラがわるいの」「わわう!」
サラとダーウがかばってくれる。
ダーウは早歩きの母の前で仰向けになって、一瞬踏まれそうになりながら、お腹を見せる。
母は、ダーウの手前で足を止め、あたしを見る。
「そうなの? ルリア」
「ちがう。サラちゃんもダーウもわるくない。ルリアがわるい」
「サラとダーウは手伝っただけよね?」
母を足止めしたこともばれていたようだ。
母はダーウを避けて歩き始める。
「ち、ちがう。サラがおなかがすいて……」「わふわふ!」
「生卵とパンとウインナーとナッツ類を、サラが食べたのかしら?」
「えっ?」「ぃっ?」「わふぅ!?」
キッチンからとってきた食糧の種類まで把握されていた。
「食料は全て数まで管理されているのよ。知らなかった?」
「……し、しらなかった」
「パンとウインナー、ナッツ類ならまだしも、生卵四つはルリアもサラも食べないわよね」
「えっと……」
ダーウなら食べると言いかけたが、罪を擦り付けることになるのでやめた。
いくらロアを隠すためでも、それはよくない。
「肉食系の大きな虫の魔物か、蛇かと思ったのだけど」
確かにそれらは生卵を食べるだろう。
「まさか竜だったとはね……」
「…………」
あたしの部屋の前の扉が見えた。
扉から上半身だけ出していたクロが慌てて、部屋の中へと引っ込んだ。
『かあさまがきたのだ! 急いで隠れるのだ!』
部屋の中から、クロとキャロとコルコが慌てる音が聞こえた。
あたしは耳が鋭くなる特技があるので聞こえるが、母には聞こえていないだろう。
「ルリア。約束したわよね? なにかを拾ってきたら必ず報告するって」
「……ごめんなさい」
部屋の前につくと、母はすぐに扉を開けた。
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