第82話 ロアのご飯 その2

 あたしはポケットに卵を詰めて、ロアの元に戻る。


「たまごをわるのは、むずかしいからなー」


 だが、あたしは立派な五歳児なので、卵を割ることができるのだ。

 寝台の硬いところに卵の尖った部分をコンコンとぶつけていると、ダーウがやってくる。


「わふ~?」


 ダーウは失敗したら任せろと言ってくれている。

 失敗して、床に生卵が落ちたら、素早く舐めて証拠隠滅してくれるつもりらしい。


「うん。まんいちのときは、たのむな?」

「わふう」


 ダーウは張り切っている。よだれが口からこぼれているほどだ。


「……ダーウもたべたい?」

「わ、わふ?」


 ダーウは「そんなことない」と言っているが、どう見ても食べたそうだ。


「うむ? うまくわれたかな?」

「……わふう」


 卵の尖った部分だけ割ることができた。ダーウは少し残念そうにみえた。


「ダーウもいっこたべる?」

「わわう」


 ロアにあげてと言っている。ダーウもまだ幼いのに優しい犬である。


「じゃあ、あとであまったらな?」


 あたしはロアの元へと戻って、殻を割った卵をロアの口に近づける。


「ロア、たまごだよー」

「りゃ? りゃむりゃむりゃむ」


 ロアは卵を自分でしっかりと両手で抱えた。

 そして、顔を半分ぐらい卵の中に入れて舐め始める。


「たまごは好きみたいだね?」


 ロアを抱っこしているサラが言う。


「うん。くいつきがいい」


 勢いよく卵を食べていたロアが、突然固まった。


「どした?」

「りゃむ?」


 ロアは卵をダーウに差し出した。

 ロアは「おいしいから食べて」と言っているようだ。


「わ、わふ」

 ダーウが驚くの無理はない。


 ロアは飢えた赤ちゃんで、卵は特に好きな食べ物なのだ。

 それなのに、ダーウに「食べて」と言えるとは。


 先ほどのダーウの動きを見て、ダーウも卵好きだと気付いたのだろう。


「ロア、だいじょうぶ。たまごはまだある」

「りゃぁ?」

「な?」


 あたしは卵をポケットから出す。


「あとみっつある。それはロアがたべて」

「りゃむ~」

「ダーウはこれをたべるといい。ダーウもたべないと、ロアもたべにくいからな」

「わふ!」


 嬉しそうにダーウは卵を口に咥えると、殻ごとかみ砕いて食べた。


「うわぁ。ダーウ、からもたべるの?」

 サラが少し引いている。


「わふ?」

 ダーウは「からもうまいけど?」と言っているようだった。



 その後もロアはご飯をバクバク沢山食べた。

 食べ終わるとロアは「けふっ」とげっぷをして、パタパタと移動し、じっと湖を見つめた。


「きのうから……ロアはみずうみがきになるの?」


 ロアが窓に移動して外に出たそうにするとき、大体いつも湖を見つめているのだ。

 あたしも窓まで移動して、ロアを抱っこする。


「りゃあぁ」


 ロアは湖を見て悲しそうに鳴いたあと、あたしにぎゅっと抱きついた。

 やっぱり湖からは不穏な気配を感じる。


「やっぱり、みずうみから、なにか、かんじる」

「ルリアちゃん、なにかって、なに?」『何かって、なんなのだ?』

「わかんない。ことばにするのがむずかしい」

『一応、あとでヤギたちに聞いておくけど……』

「おねがい。きになるからな?」


 しばらく鳴いた後、ロアは、すやすや眠り始めた。


「おなかいっぱいになって、ねむくなったのかな?」

「うん、かわいいね。えへ、へへへ」


 ロアを寝台に寝かせて、布団をかける。


 残った食料はタンスの中にしまっておく。

 芋虫もまだ半分ぐらい残っている。お昼ご飯分もまかなえるだろう。


 ロアが寝ると、鳥たちは安心した様子で飛びたっていった。

 そして、あたしとサラ、ダーウ、キャロ、コルコ、クロは寝台の上でゴロゴロした。


 ゴロゴロしているうちに、眠くなる。きっと、沢山動いたせいだろう。


 恐らく数十分後。あたしは、部屋の外から聞こえる侍女の声で目を覚ました。

「お嬢様方、朝ご飯のご用意ができました」

「む? むむ! すぐ起きる!」


 あたしは寝台から飛び出した。


「すぐにサラを起していくから、さきいってて」

「わかりました」


 侍女が去っていくのを確認してから、みんなを起こす。


「ロア。ルリアたちはご飯をたべにいく」

「りゃむ」

「おるすばんできる?」

「りゃぁ~」

「だいじょうぶ。かならず戻る。クロ、たのめる?」


 クロにもロアの説得を依頼する。


『任せるのだ。ロア様。ルリア様は少し出かけるけど、すぐ戻るから安心するのだ』

「りゃむ~?」

『ルリア様はご飯を食べに行くのだ。ご飯を食べられないとお腹が空いてしまうのだ』

「りゃ!」

『おるすばんできるのだ?』

「りゃ~」

『できるっていっているのだ』


 クロはロアを優しく撫でている。


「ロア、少しだけ待っててね」

「りゃ」

「クロ、コルコ、キャロ……、ロアをたのむのだ」


 クロだけに、ロアの子守を任せるのは不安だ。

 クロはしっかりしているが、物理的な体を持たないからだ。


「こっこ」「きゅい!」

「コルコとキャロのご飯は、ルリアがちゃんと運んでくるからな」

「こ」「きゅ」

「だれかがきたら、ロアはタンスの中にかくれるといい」

「りゃ」「こ」「きゅっきゅ」


 あたしはタンスを少し開けて、ロアが入れるようにした。

 ロアが隠れたら、キャロとコルコが閉めてくれるだろう。


「まどは開けたままにしておこう」


 窓を開けておけば、いざというときフクロウたちが助けてくれるだろう。

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