第77話 キッチンへの侵入
ロアをサラとダーウに託した後、あたしはクロと一緒にキッチンへと向かう。
『うん、誰もいないのだ』『いないー』『きゃっきゃ』
クロが先行してくれるので、堂々と進める。
クロの隣には、いつのまにか現れた幼い精霊たちがふわふわ飛んでいる。
幼い精霊たちはあたしとクロが遊びを始めたと思っているのかもしれない。
クロと同じく精霊たちも、あたしとサラ以外の人に感知すらされない。
物理的な存在でもないので、壁も天井も扉も自由自在に通り抜けられるのだ。
精霊は最強の斥候と言っていいだろう。
『うん。大丈夫。走るのだ』『はしってはしって~』『きゃっきゃ』
クロたちの指示に従うだけで、あっさりとキッチンに侵入することができた。
精霊たちがいなければ、確認しながらゆっくりと進まなければならない。
そんなことをしていたら、三倍いや十倍ぐらい時間がかかったに違いなかった。
「ありがと、クロ、みんな。たすかった」
『まだ安心するのは早いのだ』『いそいでいそいでー』『きゃっきゃ』
クロはキッチンの外を飛び回って、偵察を継続してくれている。
「ルリアもはやく仕事をすまさなければ」
キッチンに先に到着していたキャロと協力してご飯を確保していく。
キャロは部屋を飛び出す直前に掴んだハンカチを広げて、その中にナッツ類を並べていた。
「やっぱり、キャロはかしこいな?」
キャロはどや顔して、そのハンカチでナッツを包んで背負った。
「キャロをみならって、ルリアももってきた」
あたしもタオルを広げて、食べ物を並べていく。
かさばらず栄養のあり、べちゃべちゃにならず、生でも食べられるものがいい。
「やはり、ウインナーとパンだな?」
ウインナーは生でも食べられるらしい。それにびちゃびちゃにならない。
そして、パンはうまい。
キャロは無言であたしのタオルに、クルミなどのナッツ類を入れて手伝ってくれた。
「ナッツもうまいものな? きっとロアもすきだ」
キャロはこくりと頷いた。
「これでいいかな? あまりいれすぎて、あふれるものな?」
キャロは何も話さず、ただ頷くことで同意を示す。
きっと、自分の鳴き声が遠くまで響くことをしっているのだ。
あたしはタオルで食べ物を包むと、背負って首のところで結ぶ。
「あ、たまごももっていこ」
卵はタオルにくるんで運ぶと割れかねない。
だからポケットに詰め込む。卵を四個入れるともうポケットはパンパンだ。
「もっと、おおきなポケットが、たくさんついてる服がいいな?」
ポケットの付いた服と、ご飯をつめられる鞄を今度おねだりしよう。
そんなことを考えていると、クロの叫び声が聞こえた。
『ルリア様! かあさまが、ルリア様の部屋に向かっているのだ!』『まずいまずい』
「まず」「!?」
急いで、部屋に戻らねばならない。
「いそぐよ、キャロ!」
あたしは、キャロと一緒に窓から、雨が降る外に飛び出した。
体が濡れるが、音が紛れる。幸運だったかもしれない。
母は一つしかない廊下を通って、あたしの部屋にに向かっている。
つまり室内から戻ろうとするならば、母に鉢合わせしてしまうのだ。
『従者たちは、こちらを見てないのだ。でもいつ気配を察知するかわからないのだ』
クロは従者用の宿舎を覗いて、屋外を走るあたしとキャロに教えてくれる。
『あ、じじょは、キッチンにむかってるよー』『がんばってー』
小さな精霊たちが、別邸内の様子を教えてくれる。
だから、あたしとキャロは全力で走ることができた。
あたしは気合を入れるとよく聞こえるようになる特技で、サラたちの様子を窺った。
「おはよう。サラ。ダーウ。あら? ルリアは?」
「まだねてるの」「ばあぅ!」
時間を稼ぐために、サラは廊下に出て母に話しかけに行ってくれたようだ。
「そうなのね。あら、ダーウ今日は甘えてくれないの?」
いつもダーウはかあさまを見かけると、甘えて頭をこすりつけに行くのだ。
「わぁぅ?」
ダーウはとぼけることにしたらしい。
鳴き声を聞くだけで、ダーウが首をかしげて、とぼけていることがわかる。
『ロアはダーウの首元に隠れてるのだ、危ないのだ!』『もふもふだねぇ』
クロと精霊が教えてくれる。
なぜロアがそんなところに隠れているのだろうか。見つかる危険が高くなる。
ロアはタンスの中に隠しておくべきだったかもしれない。
いや、それだと、ロアが不安になって泣いてしまうというサラの判断だ。
そのサラの判断は、恐らく正しい。
「ばう!」
「ダーウはトイレなの」
「ああ、そうなのね」
どうやら、ダーウは走って屋外に向かったらしい。
屋外といっても、あたしとは別邸を挟んで逆側の屋外だ。
あたしが自室に戻りやすいように、注目を集めるために走り出したのかもしれなかった。
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