第73話 ロア

 ◇◇◇◇

「お、おなかこわす、おなかこわすから……」


 あたしは体を揺すられ、サラの泣きそうな声を聞きながら目を覚ました。

 何か悲しい夢を見ていた気がするが、覚えていない。


「むにゅ? じょひひゃどした?」


 サラに尋ねるのと同時に、口の中の違和感に気づいた。

 あたしは、それを口から出す。


「これは……」


 それは昨日保護した赤い竜の子の尻尾だった。


「ねぞうがわるいのだなぁ」


 きっと、寝ている間に尻尾を動かして、あたしの口の中に突っ込んでしまったのだろう。

 仕方のない子だ。そんなところもかわいい。


「へんなのたべたら、おなかこわすの」


 泣きそうな顔で心配するサラの頭を撫でる。


「だいじょうぶ。たべない」


 そういうと、サラはほっとした様子で、にへらと笑った。

 ふと窓の外を見ると、激しく雨が降っていた。


「あの、ルリアちゃん、その子は?」

「えっとだな……」


 どう説明しようか迷っていると「……ゅぃ」と竜の子が鳴いた。


「あ、そうだ。ルリアちゃん、おきたらダーウのしっぽのしたに、その子が……」

「だいじょうぶ、この子はいい子だから」


 あたしは寝台の上に座ると、竜の子をひざのうえに抱き上げる。


「あ、おこしちゃったか?」

 竜の子は目を開けると、

「りゃぁ」

 あたしに甘えるように体を押しつける。


 そんな竜の子をあたしは優しく撫でた。


「まどからはいってきたの?」

「うーんっと」


 何と説明すれば良いだろうか。

 夜、外に出て、呪者になりかけていたところを助けたとは言えない。


 サラに心配させてしまう。

 それに、この後、母に対して、サラは嘘をつかねばならなくなる。


「うーん。たぶんそう?」

「たぶん?」

「えっと」


 少しあたしは考えた。


「そう! この子はまいご! 夜まよいこんできたから、ほごした」

「そうなんだ、かわいいね」


 サラが撫でると竜の子は嬉しそうに、尻尾を揺らした。

 竜の子は人懐こい子のようだ。


「ルリアちゃん。どうして服きてないの?」

「あ、そうだった。わすれてた」


 あたしは体を洗う場所に行って、干してあった兄の服を着る。


「ちょっとよごれちゃったから、脱いでた」

「そ、そっか」


 サラはあたしと竜の子を交互に見た。

 もしかしたら、あたしか竜の子のどちらかが、おしっこを漏らしたと思ったのかもしれない。


「ルリアちゃん、この子、トカゲの子?」

「……たぶんそう」


 竜は有名な存在だが、実際に見たことのある人はほとんどいない。

 あたしも、前世で数回しか出会っていない。


「羽はえているトカゲってめずらしいね?」

「ソウダネ。メズラシイネ」


 竜といったら、サラが怯えるかも知れないので羽の生えたトカゲで通すことにした。


 あたしは竜の子を撫でながら、昨夜のことを思い出す。

 眠る直前、クロが何か言っていたような。


 半分夢の中で、記憶が曖昧だ。

 だが、ロアと言っていた気がする。いや気のせいかもしれない。

 夢の中の話か、現実の話か、判断がつかない。


「クロ~おきておきて」

 近くで寝ているクロを揺り起こす。


『…………なぁにぃ?』

 クロは眠そうに返事をした。


「きのう、この子のなまえをロアっていった?」


 あたしがロアに語りかけるのを、サラは興味深そうに見つめている。


『いったのだ……ふぁあー』


 クロは猫っぽく、お尻をあげて、前足を伸ばし大きく伸びをする。

 羽が伸びに合わせて、バサッバサッと羽ばたいた。

 その羽が気になるらしくて、竜の子が手を伸ばす。


「クロ。この子のなまえがロアって、どういうこと?」

『うーんっと』


 クロが体を寄せると、竜の子は嬉しそうにクロの羽を両手で撫でた。


『なんといえばいいのか……』

「ゆっくりでいい」

『えっとね。精霊は転生するって言ったのだ。覚えている?』

「おぼえてる」


 死んだ精霊はいつか転生するから、もしかしたら会えるかもしれない。

 以前、ロアが崩御したことを教えてくれたとき、クロはあたしを慰めるようにそう言った。


「てんせいしたの?」

『そうなのだ。崩御なされたロア様が、転生を果たされたのだ』


 どうやら、竜の子は本当にロアということらしい。

 ロアに似ているから、クロが勝手にロアと呼んでたりするわけではないようだ。


「りゃあ~」


 ロアはあたしのお腹にくしくしと顔を押しつけて、甘えている。

 

「でも、せいれいじゃない?」

『ロアさまは、守護獣に転生したのだ』

「ほえー」

『精霊から守護獣に変わったせいで、記憶も失っているのだ』


 道理で赤ちゃんみたいだと思った。

 前世のロアはすごく知識があって、賢くてしっかりしていた。


 あたしの転生は人から人。種族が同じだったから記憶が残ったのだろう。


「そっかー。赤ちゃんかー。ロア。ルリアがちゃんとそだてるからな?」

「りゃっりゃ」

 ロアは嬉しそうに鳴く。


「あ、クロ。ロアのお母さんは?」

『お母さんはいないのだ。たぶん?』

「たぶん?」

『守護獣には、動物、守護獣、魔獣などの親から生まれた子と、自然から生まれる子がいるのだ』

「ふむ? ふしぎなはなしだな?」


 親がいないのに生まれるなんて。まるで、精霊みたい――


「あっ! つまり、せいれいとおなじ?」

『そういうことなのだ』

「ほぇー」


 クロはロアのことをペロペロとなめた。

 それはまるで母猫が、子猫にするかのようだった。


『竜は子煩悩だから、親竜がしっかり守るのだ。呪術師にさらわれたりしないのだ』

「え、さらわ……、どういうこと?」


 あたしはちらりとサラを見た。サラは首をかしげている。

 サラには昨夜ロアが迷い込んでいたと説明した。だから攫われたとかそういうことは言えない。


『えっと、昨日のロア様はまるで呪者みたいだったのだ』

「それはわかる」


 昨日のロアは水銀でできたような体をしていた。


『呪術師は、生き物を呪者にする技術をもっているっぽいのだ』

「こわい」


 それからクロは『僕もよくわからないのだけど』と前置きしてから説明してくれた。


 どうやら呪術師は生物や守護獣を呪者にする技術を持っているらしい。

 それはとても難しく、特に守護獣を呪者にするのはとても難度が高いらしかった。


「しんぱいだなぁ」

『必要な手間とか、素材とか、儀式とか沢山あるはずだし、そう何度もできることではないのだ』

「気を付けないとだなぁ」

『多分、昨日の精霊除けの結界は、ロア様の呪者化を滞りなく進めるためのものだと思うのだ』

「だいかんが、あやしい?」


 クロと話していると、ロアはあたしの手から離れパタパタ飛んで窓へと向かう。

 

「とんだ、すごいの!」


 サラがロアを追いかけたのであたしも追いかける。


『代官ごときができることではないのだ。きっとその背後にはもっと大きな組織があるのだ』

「きょうかい?」

『わからないのだ。でも、唯一神の教会が絡んでいる可能性はあるのだ』

「ふむ~。とうさまにそれとなくおしえないとな? てがみをかこ」


 組織と戦うのは、あたしには荷が重い。

 なにしろ、ただの五歳児だし、自由に外出できないし、よくわからないのだから。


「とりあえず、あたしにできることは、ロアを大切にそだてることだな!」


 敵対組織との戦いや、代官の背後関係の調査は父に任せればいい。


 あたしには親竜がいないロアをしっかり育てるという重大な役目を果たさなければ。


 窓まで移動したロアは「りゃありゃあ」鳴きながら、窓をかりかり爪でひっかいている。


「おそとは雨だからだめ」

「……りゃあ」


 ロアは湖を見つめながら、しょんぼりしている。

 そんなロアを撫でながら、サラが首をかしげた。


「ルリアちゃん、クロはなんていっていたの?」

「えっとね。この子はロアというなまえで、おやがいないんだって」


 呪術師とか呪者とか、あたしもよくわからないし、サラもよくわからないだろう。

 だから、大切なことだけ教えた。


「ママがいないと、さみしいね」


 サラは、母にしばらく会えていない自分とロアを重ねたのかもしれない。

 優しくロアのことを撫でる。


「ねえ、ルリアちゃん。ロアはクロのお友達なの?」

「そうっぽい」


 あたしとサラは、一緒にロアを撫でる。

 ロアは首をかしげて、あたしの指を舐めてくれた。


 その仕草は、前世のロアそっくりだった。

 それを見たとき、唐突にこの子は本当にロアなのだと理解し、実感した。


「……ロア」

「りゃ?」

「ルリアにあいにきてくれて、ありがとう」

「りゃ~?」

 ロアはきょとんとして、首をかしげる。


 あたしは心の中で

(ありがとう。ルイサはロアのおかげですくわれていたよ。ありがとう)

 ロアに感謝して、ぎゅっと抱きしめた。


 本当にロアに出会えて、嬉しい。ロアに記憶がなくたって、構わない。


「ルリアちゃん、ないてるの?」

「な、ないてない」

「うん。わかるの」


 なにかがわかったらしいサラが、うんうんと頷いている。


「サラもママにあえなくてさみしかったからわかるの」


 どうやら、サラは、ロアの親のいない境遇に涙したと思ったらしかった。

 あたしは否定をせずに、ロアを抱きしめた。


 ロアは「りゃっりゃ」と鳴いて喜んでいた。

 キャロはいつものようにヘッドボードで警戒しているし、コルコは部屋の中を巡回していた。


 一方、ダーウはずっとおへそを天井に向けて眠っている。

 それなりに大きな声で話していたのに、起きる気配がない。

 ダーウは赤ちゃんなので仕方がなかった。

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