第72話 ロアとサラとルリアの夢

 ロアは悪夢を見ていた。


 悪い奴に捕まり、拘束され、呪いをかけられて、蝕まれた。

 痛くて辛くて、苦しかった。

 どうしてこんな酷いことをするの?

 何も悪くないのに「りゃありゃあ」謝って、泣いて許しを乞うても、許して貰えなかった。


 それは実際にロアが体験したことだ。


「……りゃ」

 うなされたロアが目を覚ます。真夜中だから真っ暗だ。


「きゅ?」

 なぜか起きていたキャロが優しく頭を撫でてくれた。

 そして、ルリアの頭の横に運んでくれた。


 どうやら、うなされている間にルリアから離れてしまっていたらしい。


「りゅぅ」

 ロアはルリアの髪に頭を埋める。温かくていい匂いがする。

 とても安心できる。


「…………りゃぅ」


 ロアは安心してうとうとする。

 そのとき、自分と同じように苦しんでいる誰かの気配を感じた。


 それは、呪われている間、ずっと近くに感じていた誰かの気配だ。

 その誰かも救われますように。ロアは祈りながら、眠りに落ちた。


  ◇◇◇◇

 サラは夢を見ていた。

 大好きなママ、マリオンに抱きしめられている夢だ。


 ママは優しい言葉をかけてくれて、頭を撫でてくれて、ぎゅっと抱きしめてくれる。


 サラは嬉しくていっぱい話した。

 それをママは優しくうんうんと聞いてくれた。


  ◇


 幸せな気持ちで目を覚ましたサラが目にしたのは、

「うへ……へへ」

 自分に抱きついて、寝言を呟くルリアだった。


「……ルリアちゃん」

 ルリアはとても温かかった。


 これほど、ゆっくり、心安らかに熟睡できたのはいつぶりだろう。

 きっと、ルリアのおかげだ。


 ママの夢を見ることができたのも、ルリアがずっと抱っこしてくれていたからだ。

 サラは、そんな気がしてならなかった。


 感謝を込めてサラはルリアの頭を撫でた。

「え?」

 なぜか、ルリアは下着一枚だった。


 昨日、お風呂に入って、寝間着に着替えてすぐに寝た。

 なぜ、ルリアが、下着一枚なのか、サラには理解できなかった。


「ねぼけて、服をぬいじゃったの?」


 気にしないようにして、サラはルリアの頭を撫でながら、

「キャロ、おはよ」

「きゅ」

 ヘッドボードの上に立つキャロに挨拶し、

「コルコもおはよ」

「こ」

 部屋の中を巡回しているコルコにも挨拶した。


「クロもおはよ」

 ひときわ強い光を放っているポワポワした精霊クロを撫でる。

 

「みんなもおはよ」


 近くで浮いている精霊たちにも挨拶する。

 挨拶すると精霊たちは宙に八の字を描いて飛び回る。


 精霊たちの声は聞えないが、きっと「おはよう」と言ってくれているに違いなかった。


「……ダーウは」

「……すぅ……すぅ……ぁぅ」

 ルリアの横で、ダーウは気持ちよさそうに眠っていた。


 ダーウは、布団からはみ出て、上下が逆になっていた。

 頭をルリアの足の方に、お尻をルリアの顔の近くに置いている。


「……ダーウ、ねながら、あばれたのかな?」


 そうサラが呟いたとき、ダーウは「ぁぅ」と呟いて、四本の足を結構速く動かした。

 まるで夢の中で走っているかのようだ。


 ダーウに布団が掛かっていないのは、この動きのせいだ。

 足を動かして、布団をはねとばしたに違いない。


「かぜ、ひいちゃう」

 サラはダーウのお腹に布団を掛ける。


「……え?」

 その時、サラはダーウの尻尾の下、ルリアの顔の横に、赤いものを見つけた。


「た、たいへん、ルリアちゃん、ルリアちゃん」


 サラは慌ててルリアを揺り起こそうとした。


「むにゅ……にゅ」


 ルリアは目をつぶったまま、赤い何かの尻尾を掴むと、ぱくっと口に咥えた。


「お、おなかこわすの!」


 サラは慌てたが、ルリアは、眠ったまま、もきゅもきゅと尻尾をしゃぶった。


 ◇◇◇◇


 ルリアは幸せな夢を見ていた。

 目の前に大量のごちそうがあった。


 クッキーや美味しいパン、ケーキにステーキ、シチューもあった。


「これぜんぶたべていいのか?」


 ――たべていいのだ


 どこからか声が聞こえた。

 その声が誰の声かなど、ルリアは気にしなかった。

 なぜなら、夢だからだ。


「美味しい美味しい、ロア、おいしいな?」

『おいしいね! おいしいね!』


 なぜかルリアの横には前世の時代の精霊王、小さな赤い竜のロアがいた。

 そのことにルリアは疑問を覚えなかった。なぜなら夢だからだ。


「ダーウもたべるといい」

「わふぅ」


 いつの間にか皆がいた。

 夢なのでルリアはいつ現われたのだろうと疑問に思うことはなかった。


「キャロとコルコもたべるといい」

「きゅっ」「こぅ~」

「サラちゃん、おにくがあるよ! サラちゃんはおにくがすきだものな?」

「うん! おいしい!」


 夢の中で、ルリアはバクバクとごちそうを食べ続けた。

 みんなもたくさん食べて嬉しそうだ。


 そんな皆の姿を見て、ルリアもとても幸せな気分になった。


 ルリアはいつもよりもお腹が空いていたのだ。だからごちそうの夢を見た。


 なぜいつもよりルリアはお腹が空いているかというと、眠る前、魔法を使ったからだ。


 ルリアも、そして当代の精霊王クロも知らないことだが、魔法を使うとお腹が空くのだ。

 特にルリアはただの人ではなく、肉の体を持った精霊、ほぼ守護獣に近い特殊な精霊王でもある。


 人の体を動かすための食事の他に、精霊の魔力回路を動かすための食事もルリアには必要だった。

 魔法を使わなくても、お腹が空くし、魔法を使えばもっと減る。

 だからこそ、燃費がわるく、いつもルリアは普通の五歳児の何倍も食べていたのだった。


 ◇◇◇◇

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