第70話 小さな赤竜
その赤い竜は、前世のロアよりも二回りぐらい小さかった。
体長はあたしのひじから指の先ぐらいの長さしかない。
だが、体の比率は、ロアそっくりだ。
背中に生えた二枚の羽は、広げれば体長ぐらいあるだろう。
尻尾は、ロアと同じく体の割に太かった。
そのロアそっくりの小さな赤い竜は傷だらけだ。
鱗が何枚も砕けていたり、剥がれ、鱗の内側の肉から血が流れていた。
羽が破れていて、骨も折れている。
あたしは、そのロアにそっくりの赤い竜の子を抱き上げた。
竜の子は、暴れるかと思ったが、暴れなかった。
「……ゅぃ」
赤い竜は力なく鳴いて、あたしの顔を見る。
傷だらけの体を動かし、あたしのお腹に顔をくっつけて、
「……ゅ」
かすかに甘えるように鳴いた後、目をつぶった。
まるで母竜に抱かれた子竜のように、安心した表情を浮かべている。
だが、まだ息が荒い。
あたしに抱かれる赤い竜に、ダーウが心配そうに鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
キャロもコルコも、ヤギたちもフクロウたちも、心配そうに、赤い竜を見守っている。
「……あんしんしろ。すぐ治すな」
『ま、まって、ルリア様。疲れているのに、いま治癒魔法を使ったら――』
ぼーっと、赤い竜を見つめていたクロが慌てたように言う。
「クロ。ルリアは、またない」
痛みに苦しんでいる赤い竜の子を前にして、待つことなどできない。
クロがあたしの体を労ってくれているのはわかる。
魔法を使って、背が伸びなくなるのも本当は嫌だ。
だが、この赤い竜が、痛くて苦しんでいるのはもっと嫌だ。
「クロ、心配してくれてありがとうな」
『この子はすぐに死んじゃうような状態じゃないのだ。いま無理したら、ルリア様が』
「しぬわけじゃなくても、いたいしつらい」
『でも!』
「クロ、ちからをかして?」
『…………』
「かしてくれなくても、ルリアはやるが?」
そういうと、クロはほんとうに困ったように、目をぎゅっとつぶった。
『し、しかたないのだ! でも、全部治さなくていいはずなのだ』
「ありがとうクロ」
あたしはクロから魔力を借りて、治癒魔法を発動する。
竜の子の怪我が瞬く間に癒えた。
呼吸が静かになって、安らかに眠り始めた。
「これでよしかな?」
『もう大丈夫なのだ』
クロもほっとして胸をなで下ろしている。
あたしはこれ以上雨にうたれないよう、竜の子を服の中に隠す。
服がもうびしょびしょなので、効果は低そうだ。急いで帰るべきだろう。
だが、その前にしなければならないことがある。
「みんなのけがもなおすな?」
『みんな、怪我はないのだ!』
「そんなわけない」
クロはあたしに治癒魔法を使わせないためにそんなことを言うのだ。
だが、あれだけの戦いがあって、怪我をしていないわけがない。
『ほんとなのだ! みんな並ぶのだ!』
「めええ~」「もお」「ぶぼぼ」「ほっほう」「きゅ」
ヤギたちが、大人しく並ぶ。ダーウ、コルコ、キャロも並んでいる。
『ほら、疑うなら怪我してるか診るといいのだ!』
「むう。わかった」
あたしは順番に全員の状態をじっくり調べていく。
真夜中だし、雨の中だが、確認は手を抜けない。
「…………ほんとだ。けがしてない」
『だからいったのだ!』
「みんな、つよいのだなぁ」
「めえ~」
ヤギたちは誇らしげだ。
「みんな、けがはなかったけど、あとでいたくなっら、ちゃんとルリアのへやにきてな?」
「めめぇ」「もぅ」「ぶぼぼ」「ほう」「きゅうきゅ」
最後に順番に全員を撫でてから、帰路につく。
あたしとキャロ、コルコを乗せて、激しい雨の中ダーウは静かに走った。
「あめのおかげで、音がまぎれていいね?」
「わふ」
服の中に入れた竜の子を右手でしっかりと抱えて、左手でダーウの毛をがっしり掴む。
「けんじゅつのくんれんが、やくにたったな?」
『そうなのだ。とくに握力が大事なのだ』
毎日剣を強く握って振り回しているので、握力も強化されている。
あたしの握力は並の五歳児の比ではないのだった。
「りゃあ~」
走っていると、服の中に入っている竜の子が湖に向かって手を伸ばした。
「……どした?」
「……りゃむ」
竜の子はじっと湖を見つめていた。
あたしも湖を見た。真っ暗な湖面に雨粒が落ちている。波はいつものように穏やかだ。
「ふおんな……けはい」
言葉にできないが、少し怖い気がした。嵐の前触れのような、そんな気配だ。
「はやくかえらないと」
天候があれるなら、早く帰らねばなるまい。
ダーウと一緒に急いで別邸に帰ると、そのまま部屋まで戻った。
部屋に戻ると、サラは静かに眠っていた。
「かわいい。あ、ダーウまだだめ」
「わふ?」
ダーウが寝台に入ろうとしたので止めた。
「あめでぐちゃぐちゃだからな? サラがぬれてかぜひく」
「ぁぅ」
あたしはサラの頭を優しく撫でると、兄の動きやすい服を脱ぐ。
次に寝ている竜の子の身体をしっかり拭いて、サラの横に入れた。
「サラはあったかいから、あっためてもらうといい」
それから、びしょびしょの服を乾かすために干しておく。
「ダーウ、キャロ、コルコ、おいで」
「ゎぅ」「きゅ」「こ」
あたしはダーウ、キャロ、コルコを、しっかりと拭いた。
みんなを拭き終えたあと、自分の髪と体も拭く。
「これでよしっと」
しっかり身体を拭いた後、あたしは下着一枚で、ダーウたちと一緒に寝台に潜り込む。
「ふわぁぁ。ねむい」
『ルリア様は眠るといいのだ』
布団の中に入ったせいで、一気に睡魔に襲われる。
寝台で横になると、クロに尋ねた。
「クロ。この子……おやは?」
『たぶん、いないのだ』
「さみしいな。…………なら、……この子がおきたらルリアが…………名前をつけてあげないとな」
ものすごく眠い。
あの解呪で、自分が思ったよりも魔力と体力を使っていたらしい。
まぶたが閉じそうになるが、なんとか踏ん張る。
だが睡魔が限界がちかい。名前は明日考えるしかないかもしれない。
半分夢の中で、どんな名前にしようかなと考えていると、
『名前をつける必要はないのだ』
クロの声が聞こえた。
「…………なん……で?」
もはや、夢か現実かよくわからない。
『その子の名前はロアだから――』
クロの言葉を全部聞く前に、あたしは夢の世界に落ちていった。
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