第50話 別邸探検隊

「きっちんはこっちにあるっぽい」

「お嬢様方! ダメです! ここから先は立ち入り禁止です」


 キッチンの中に入ろうとしたら、慌てた様子の従者に、大声で止められた。


「びっくりした」「…………」


 サラはびっくりして固まっている。


「驚かせて申し訳ありません。お嬢様方がキッチンに入りそうで慌ててしまいました」

「むむ? ルリアはぬすみぐいとかしないのだが?」

「そうではありません。本邸から運ばれてきた食料が――」


 本邸から運ばれてきた食料を、本邸の使用人がキッチンに入れてくれるらしい。

 だから、本邸の使用人が出入りする場所と、あたし達が使う場所を分けるようだ。


「なるほどなー?」

「時間を分けて、最少人数が出入りすることで、万一の際に備えているのです」

「そだね。とーさまたちにうつったら大変だ」


 本当は赤痘ではないので、うつらない。

 だが、真面目に対策を講じているみんなを邪魔してはいけない。


「立ち入り禁止の場所を、この紐で塞ぐので、くれぐれも通り抜けないでくださいね」

「わかった。サラもわかった?」

「…………」


 サラはまだ固まっていた。


「どした? サラ」

 あたしが揺すると、はっと気づいたように動き出す。


「うん、わかったの」

「わうわう」「きゅー」


 サラだけでなくダーウとキャロもわかってくれたらしい。


「じゃあ、じゆうにうごける場所のたんけんをつづける! サラついてきて!」

「うん!」


 あたしたちは別邸の中の探検を続けた。

 格好いい棒で床をペシペシ叩きながら進む。


「ルリア様、どうしてゆかをたたくの?」

「……わなを……みつけるためだ」

「えぇ……わながあるの?」

「かのうせいは、ひくい。だが、探検において、しんちょうすぎるということはない」

「……そうなんだ」


 探検家の本にそんなことが書いてあった。

 あたしの凄腕探検家ぶりを、サラも尊敬しているようだ。


 立ち入り禁止の場所は、使用人の居住空間やキッチンや洗濯室などの作業場所のようだ。

 そこで本邸からの応援部隊が、作業するに違いない。


「このあたりは、じゆうにたんけんできるっぽい?」

「うん。どの部屋もきれい」


 使用人エリアは立ち入り禁止だが、主人の家族エリアは自由に動いて良いようだ。


 一階を見てまわった後、あたしたちは二階へと上がる。

 二階は寝泊まりするエリアらしい。


「ここがしんしつかー!」


 あたしはサラたちと一緒にいくつもある寝室の一つに入る。


「やわらかいの」

「そだな。ふとんもかわいている!」


 数年使われていないのに、全くカビ臭くない。

 定期的に管理人が手入れをしてくれていたのだろう。


「サラはどのへやがいい?」

「どのへや?」

「へやは、どれもほとんど同じだけどびみょうにちがう。ひあたりとか?」

「うーん」

「ルリアは……大きいへやがいいな。ダーウとキャロもいっしょにねるからなー?」

「わふ」「きゅっ」


 嬉しそうに尻尾を振るダーウと肩の上のキャロを、サラと一緒に撫でる。


「……もふもふ」

「サラもいっしょに寝よう」

「いいの?」

「もちろん、いい」

「えへ、へへ……ありがと」


 サラは嬉しそうに微笑んだ。


 その後あたしたちはどの部屋がいいか検討した。


「このへやからは、みずうみが見える!」

「きれい。ひあたりもよさそう!」

「このへやにする?」

「うん!」「わふわふ!」「きゅう~」


 サラとダーウ、キャロの同意を得られたので、あとで母にお願いしてこの部屋にして貰おう。

 寝台もダーウが充分乗れるぐらい大きいので安心だ。


「へやのなかもたんけんしよう!」

「うん!」「わふ」「きゅっ」


 寝台の下、タンスの中、水回りも確認する。

 部屋の隣には、本邸のあたしの部屋と同じように体を洗える場所があった。


「サラ、こっちにくるといい」

「うん」「わふ!」


 あたしが、体を洗う場所にサラを呼ぶと、一緒にダーウが走ってくる。


 ダーウは背中が平らになるようにして、

「わーう」

 あたしに乗れとアピールしてきた。


「ダーウ。いまはのらない。水はつめたいからな?」


 今は体を洗う必要はない。

 サラに使い方を説明するだけなのだから。


「きゅーん」


 寂しそうにするダーウの頭を撫でて、サラに向き合う。


「サラ。あれをひねると、あそこから、みずがでる。つめたい」

「うん」


 サラは神妙な顔で頷いた。


「よごれたら、あらわないといけないから」


 サラはまるで悲しいことのように言う。

 もしかしたら、サラは体を洗うのが嫌いなのかもしれなかった。


「ルリアはキャロをあらうためにお湯をだそうとして、つめたいみずを頭からあびたことがある」

「わふ~」「きゅる~」


 その時のことを思い出して、ダーウは嬉しそうに尻尾を振り、キャロはぶるりと身を震わせた。

 もしかしたら、ダーウは、みんなで冷たい水を浴びたことが楽しかったのかもしれない。


「もちろん。それはルリアがおさないころのはなしだ」


 今は大丈夫だとアピールしておく。姉としての沽券に関わるからだ。


「あのときは、マリオンにたすけてもらった」

「ママに?」

「そう。だから、サラがもしそうなったら、ルリアがたすける」

「ありがと。えへへへ」


 サラはにへらと笑った。


「うむ!」

 そんなサラの笑顔が可愛くて、あたしは頭をなでた。


「とはいえ、ルリアでも、ちょうせつはむずかしいからな。サラもいじったらダメだ」

「わかった!」

 サラは真剣な表情で頷いた。


「わふ~」

 その後ろで、ダーウが前足を壁につけ、後ろ足で立ち上がってレバーを口に咥えた。


「ま、まって、ダーウ!」

「わふ?」

「ダーウも、レバーをいじったらダメ」

「わふぅ?」


 ダーウはきょとんとして首をかしげて「なんで? 水で遊ぼうよ」と目で訴えてくる。

 あたしがサラにした話を、まったく聞いていなかったらしい。


「ダーウ、つめたい水をあびたら、かぜをひく」

「わふ」

「あそびでいじったら、おこられる」

「……わふぅ」

「みずあそびは、またこんどだ」

「わふ!」


 また今度という言葉が嬉しかったのか、ダーウは尻尾を振って大きな頭を押しつけてくる。


「ダーウはほんとうにお子さまだなぁ」


 あたしとサラはそんなダーウをわしわしと撫でた。


 そのとき、あたしはふと窓の外を見た。

「む?」

「なにか、たててるの?」

「たててるみたいだ」


 別邸の外に小屋というには、立派すぎる建物が建てられつつあった。


「とりごやかな?」

「人がすむいえだとおもうの。とびらとかが、人むけなの」

「そうかもしれない。サラはするどい」


 あたしがサラの頭を撫でると、サラは照れて頬を赤く染めた。


「うむ? あれはしつじなのだ」


 建物の建築指揮を執っているのは大公爵家の執事だった。

 執事とは従者たちの上司である。


「なにをたてているのか、ききみみをたてるから、しずかにな?」

「うん」


 あたしは窓を開けて、特技の聴覚強化をしながら、耳をそばだてる。

 もちろん、特技なので背は伸びる。


 サラは可愛い獣耳を動かした。ダーウとキャロも真剣な表情で耳を動かした。


「ごえいのいえ?」

「お、サラきこえたのだな?」

「うん。サラ、みみがいいから」

「すごい!」


 どうやら、護衛が一緒に隔離される従者五人だけだと不安だと、父が考えたらしい。

 だから、十人ぐらいの護衛が寝起きできる建物を大急ぎで建てているようだ。


 一緒に隔離されている五人の従者は屋敷の中を警護し、外を十人の従者が固めてくれるらしい。


「今日じゅうにたてるよていなのかー」

「すごいの」


 日没までに建てろというのが父の指示らしい。


 大工さんたちが、無茶な工期に怒ってないか心配になったのだが、

「急な納期も、これだけもらえれば文句ねーよ」

「ああ、うちの娘の結婚衣装をつくってあげられるってもんだ!」

「大公殿下さまさまだな!」

 みたいな話を、大工さんたちがしている。


 相場よりかなり高い給金が支払われているらしいので、あたしは安心した。


「あ、たいせつなことをわすれていた。トイレがない」

「こっちにあるの」

「うむ、ルリアとサラのトイレはあるのだが……ダーウとキャロのトイレがない」

「あ、そっか」

「このままでは、ダーウとキャロがトイレにいけない」

「わふっ?」「きゃうっ?」


 由々しき事態だとダーウとキャロも気づいたようだ。


「かあさまにたのんでこよう。きちにいく!」


 あたしとサラはダーウの背中に乗って、基地、つまり談話室へと向かった。



「かあさま!」

「どうしたの?」


 談話室では、母は書き物をしていた。

 大量の書類を机に載せて、ものすごい勢いでペンを走らせている。


「ダーウのトイレがない!」

「そうね」


 母はペンを動かす手を止めない。余程忙しいらしい。

 だが、こちらも非常事態である。


「キャロは小さいから、ルリアが抱っこしてルリアのトイレでさせられるけど……ダーウは……」

「わふぅ……」

「このままだと、ダーウがトイレできなくて、病気になる!」

「わゎぅ……きゅーん」


 病気になると聞いてダーウは心配そうだ。尻尾もしょんぼりしている。


「安心しなさい。ダーウとキャロのトイレはすぐに届くわ」


 母は手を止めて、あたしを見るとにこりと微笑んだ。

 母は既にトイレを持ってくるように、指示してくれていたらしい。


「ありがと、かあさま! よかったな、ダーウ」

「わふぅ」


 ダーウもトイレができる安心に尻尾を元気に振った。


「ダーウは散歩もした方が良いわね。あなた、お願いできるかしら」

「お任せください」


 母が従者の一人にダーウの散歩の指示をする。


「わふぅ」


 いつもならはしゃぐダーウが、心配そうにあたしの顔を見た。

 慣れない場所で、自分が離れて良いのか、不安なのだろう。


「ダーウ。そとの探検はまかせた」

「わふ!」

「思うぞんぶん、なわばりをしゅちょうしてくるといい」

「わふ!」


 縄張りの主張という大切な仕事を思い出したらしくダーウは張り切って尻尾を揺らしたのだった。

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