第49話 湖畔の別邸

「ルリア? その棒は何?」

「かっこいいぼう」

「……虫の卵がついているとかではないわよね?」

「ついてない」

「ならいいわ」


 母に棒を所持する許可を貰ったので、あたしは棒を持ったまま、別邸の中に入る。

 別邸を使うのは数年ぶりという話だったが、非常に綺麗だった。


「まいにち掃除してくれていたの?」

「そうよ。管理人は、赤痘がうつらないように、今はいないのだけれど」

「そっかー」

「さて、ルリア、サラ。こちらにいらっしゃい」

「わかった」「……」


 母が侍女と一緒にどんどん進む。

 その後ろをあたしとサラ、ダーウがついていく。キャロはあたしの肩の上だ。


 しばらく歩くと、母と侍女は部屋に入った。

 追いかけて中に入ると、そこは書斎兼談話室のようなところだった。


 壁には本棚があり、たくさんの本があった。

 机や椅子、長椅子などもある。


「お茶を淹れますね」

「ありがとう。お願いね」


 侍女はすぐ隣の部屋へと移動していく。

 談話室の隣にはお茶を淹れる設備もあるらしい。


「ルリア。棒は床においておきなさい。行儀が悪いわ」

「あい」


 逆らって没収されたら困るので、格好良い棒を大人しく椅子に立てかける。


「さてさて、ルリア、サラ。何も心配することはありません」

「してないよ」「はい」

「ですが、いつもとは勝手が違います。従者たちは護衛や本邸との連絡で忙しいので、身の回りの世話をしてくれるのは侍女が一人だけです」


 そういって、母はあたしとサラを優しく見つめた。

 

「そだなー。自分でいろいろしないとだな?」

「その通りです。とはいえ、私もルリアも、そしてサラも不慣れですからね」

「ルリア、できるよ?」

「それはすごいわね。……心がけるべきは、侍女の負担を減らすということ。わかるわよね」

「わかる」「はい」


 ダーウとキャロも真剣な表情で聞いている。


「とはいえ、あなたたちは子供だから、あまり難しく考えなくて良いわ」

「わかった!」「はい」「ばうばう!」「きゃう」


 ダーウとキャロは「任せろ」と言っていた。


「そんなご配慮していただかなくても……」


 お茶を淹れた侍女が戻ってくる。


「お嬢様方、お菓子もどうぞ」

「ありがと! サラもたべるといい」

「ありがと」


 サラは両手でお菓子を持って、もそもそ食べる。

 まるで小鳥のように、少しずつだ。


「ふんふん」


 ダーウは机の上に大きな顎を乗せる。

 自分もお菓子を食べたいというアピールだ。


「ぴー」

 ダーウは哀れっぽく鼻を鳴らす。


「しかたないなぁ」


 あたしは自分の分のお菓子を半分に割って、ダーウにわけた。

「わふ」


 ダーウは一瞬で食べて、嬉しそうに尻尾を揺らす。


「…………きゅぅ」


 キャロはあたしの肩から机の上に降りて、こちらを見ている。

 目で「当然くれるよね?」と訴えていた。


「しかたないなぁ」

 あたしはキャロにもお菓子を分け与えた。


「きゅうきゅう」

 キャロは両手で持ってお菓子を食べる。

 その姿はサラに少し似ていた。 


「おいしいな?」

「わふ」「きゃう!」

「おいしいの。えへ、えへへ」


 どうやら、サラはうれしいと変な声で可愛く笑うらしい。


 お菓子を美味しく頂いていると、侍女が張り切って言う。


「お任せください。本邸の支援もありますし、私一人でも不便は感じさせないようにします!」

「あら、無理をしてはいけないわ」


 侍女には侍女のプライドがあるのだろう。

 だが、おもちゃを片付けたり、着替えたりなど、自分でやれることはやるべきだろう。


 足をぶらぶらさせると、椅子に立てかけた棒に足が当たった。


「あ、サラ! たんけんしよう!」


 棒が探検家が使う杖のように見えたのだ。


「たんけん?」

「そう。どこになにがあるのかしらべる! かあさま、いい?」

「屋敷の外に出たらダメよ?」

「もちろん」

「当然、窓から出てもダメなのよ?」

「と、とうぜんしない」


 先ほど窓から出入りしたので、少し驚いた。

 母には見られていないはずなので、たまたまだろう。


「それと、入ってはいけない場所が、色々あって……」

「はいったらダメなばしょとは……?」


 すごく気になる。


「そうね。それも口で説明するより見た方が早いでしょう」

「むむ?」

「従者の方々にダメと言われた場所には入ったらダメよ?」

「わかった!」

「それならばいいわ。ダーウ。キャロ。ルリアとサラをお願いね」

「わふわふ!」「きゅる~」


 母の許可を貰ったので、

「サラ、いこ」

「あい」

 あたしは右手で棒をもち、左手でサラの手を取って部屋を出る。

 サラは左手に棒の人形を持っている。


「サラ。ここがきちだ」


 部屋を出たところで、母がいる談話室を棒でさして言う。


「きち?」

「うむ。はぐれたり何かあったら、もどってくる場所だ」

「わかったの」


 探検の最初に基地を作るのは大切だ。

 そう本に書いてあった。


「うむ! では出発する。サラたいいん」

「たいいん?」

「たんけんたいだからなー。たいちょうはルリア」

「わかった」


 真面目な顔でサラは頷く。


「ダーウとキャロもたいいんだ」

「わふ」「きゃう!」


 隊員に選抜されたダーウとキャロは誇らしげだ。


 あたしが先頭になって、別邸の中を歩いて行く。

 別邸は二階建てで、全体的に長方形の形をしているようだ。

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