第47話 帰路

 主にサラが日々あったことを、一方的に話している。

 それをマリオンはうんうんと聞いている。


 虐められていたサラには、いいことなんてほとんど無かったはずなのに、いいことばかり話していた。


「それでね。まどをあけたらね。きれいな葉っぱがはいってきたの」

「そうよかったわね」

「それでね、その葉っぱをね――」


 しばらく話した後、母がサラに言う。


「そろそろ、帰りましょうか。マリオンが疲れてしまうわ」

「……あい」


 サラは少し寂しそうな顔をしたあと、素直に頷いた。


 マリオンの体力のことを考えれば、本来、話などさせるべきではない。

 だが、気力を考えれば、サラとの会話は必要なのだ。


「マリオン、しっかり体を休めて。食事はちゃんと手配するから安心して」

「ありがとうございます。奥方様。旦那様にもどうかよろしくお伝えください」



 そして、あたしたちは持ってきた消化に良さそうなお菓子を家の前に置いてから、馬車へと向かった。

 馬車の扉を開けると「ばう」と鳴いてダーウが一番に乗ろうとする。


「……ダーウ。じぶんの大きさをかんがえるといい」

「きゅーん」


 ダーウは巨大なので、馬車の中に入れるわけがなかった。


「ダーウは、はしってついてこれるな?」

「ぴぃぃ」

「あまえてもダメ」


 あたしたちがダーウを残して馬車に乗ると早速動き出す。

 馬に乗って馬車を護衛してくれる従者は四人だ。



「ひとりすくないな?」

「なにか仕事があるのでしょう」


 母はサラを膝のうえに乗せて、抱きしめながら、頭を優しく撫でていた。

 サラの耳がピクピク動く。


「ダーウは元気だなぁ」


 馬車に乗れないと聞いたとき、悲しそうな顔をしていたダーウは、今は楽しそうにはしゃいでいる。

 馬車と並走して、たまに先行し、すぐに戻ってきたり、右に行ったり左に行ったり楽しそうだ。


 馬車の通行の邪魔にみえるのだが、御者は慣れた様子で、馬たちに指示を出している。

 従者たちと、従者が乗る馬たちもはしゃぐダーウをあまり気にしていないようだ。


「それにしても、うまはダーウをこわがらないのだな?」

「いつも散歩のときに遊んでいるから仲が良いのよ。馬もきっと変わった姿の仲間だと思っているに違いないわ」

「……そ、そうだったのか」 


 ダーウの知られざる一面だった。

 たしかに、ダーウは馬ぐらい大きい。馬が仲間だと思ってもおかしくないのかもしれない。


 ――ぐきゅるる

 そのとき、あたしのお腹がなった。


 あたしがお腹が空いているということは、サラもお腹が空いているに違いない。


「サラ、お菓子をたべるといい」

「おかし……」

「えっと。たしか……」

「お嬢様、少しお待ちを」


 あたしががさごそ荷物の中からお菓子を探そうとしたら、侍女がすぐに取り出してくれた。

 マリオン用の消化に良いお菓子以外も持ってきたのだ。


 侍女がお菓子の箱をあけて、サラの前に差し出す。

 美味しそうなクッキーがたくさん入った箱だ。


「えっと……」


 サラは不安そうにあたしの顔を見て、それから母の顔を見た。

 本当に食べて良いのか、不安なのだ。


 きっとお菓子関係の嫌がらせもされていたに違いない。

 前世のあたしも、三日絶食させられているさなか、目の前でお菓子を食べる等の嫌がらせを何度もされたものだ。


「美味しいわよ? どうぞ食べて」

「はい!」


 サラは嬉しそうにクッキーを手に取って食べ始めた。

 とても可愛い。


「いっぱいたべるといい。ぜんぶたべていい」

「ルリアさまは、たべないの?」

「るりあは、あさごはんを、たくさんたべたからなー」


 恰好つけてそう言ったのだが、

 ――ぎゅるるるる

 再び盛大にお腹が鳴った。


「……ルリアも食べなさい」

「あまり、お腹がすいてないからな?」

「いいから、みんなで食べた方が美味しいわ。たくさんあるのだし」


 そういって、母もクッキーを一つとって、口に入れる。


「美味しいわよ。あなたも食べて」

「ありがとうございます」


 侍女もクッキーを食べて「あら、美味しいですね」と驚いている。


「ル、ルリアもたべる」

「どうぞ」

「……うまい! いつもよりうまい」


 解呪したからか治癒魔法を使ったからか、その両方のせいか。

 あたしはとてもお腹が空いていた。




 マリオンの呪いは無事解くことができた。

 呪いにむしばまれていた体には治癒魔法をかけることができた。


 今は体力が落ちているが、食べて寝れば、マリオンは絶対元気になる。

 元気になれば、サラもマリオンと一緒に暮らせる。


「サラ。マリオンが元気になるのが楽しみだなぁ」

「うん。楽しみ」


 母の膝のうえにいるサラは棒の人形をぎゅっと抱きしめた。


 クロにあとでどうして、マリオンの病が呪いだと教えてくれなかったのか聞いてみたい。

 きっとそれは、どんな呪いだったのかに関わっているに違いない。


「ふむ~」


 あたしは馬車の天井を見る。二本の尻尾が揺れていた。

 どうやら、クロは天井にいるらしい。

 話したいが、今は母と侍女がいるので難しい。


 家に帰ったら、お風呂に入ってご飯を食べて、サラを寝かしつけよう。

 一緒の布団でぎゅっとサラを抱っこして一緒に眠ろう。


 あたしはお姉さんなのだから。

 その後、クロとお話ししよう。クロは色んなことを教えてくれるに違いない。


 ◇◇


 みんなでクッキーを食べていると、馬に乗った従者の一人が追いかけてきた。


「……む?」


 従者の一人は馬車に並走し、窓をノックした。

 どうやら火急の用があるらしい。


「どうしたのかしら?」

 小窓を開けて母が尋ねると、

「男爵が赤痘を発症しました」

「……っ」


 母は表情を変えて、息を飲む。


「本邸には戻りません。湖畔の別邸に向かいます」

「御意」

「あなたたちも、本邸の者に接触してはいけません」

「御意」

「手紙を出しましょう。馬車を止めて。いましたためるわ」


 馬車を止めると、母はサラを膝のうえからあたしの横に移動させて、携帯用の文机を取り出し、二通の手紙を認める。

 母は文字を書くのが速かった。


「かあさま、じをかくのがはやいのだなぁ」

「母は、普段から、たくさん書かないといけないことがあるのよ」


 とても速いのに、書かれた文字はものすごく綺麗だった。


「これをグラーフに。もちろん――」

「接触しない方法で届けます」


 特別な護衛なので、軍事的な作戦を伝える際に使う手段など、色々とあるのだろう。


「お願いね。こちらは別邸の管理人に」

「畏まりました」


 従者の一人が走り去ると、窓を開けて残った従者と御者に向かって母は言う。


「男爵が赤痘を発症したと言うことは、私たちにうつった可能性があります」

「なんと……」「わふぅ!?」


 侍女は顔を真っ青にして、窓から鼻だけ突っ込んでいたダーウが不安そうに鳴いた。


「グラーフやギルベルト、リディア、それに皆にうつすわけにはいかないわ。しばらく、本邸の近くにある別邸で過します」

「かしこまりました」


 侍女は思い詰めた表情で頷いた。


「せんぷくきかんはどのくらいなのだ?」

「五日ね。潜伏期間なんて、ルリアは難しい言葉を知っているわね」

「いつかかー。いがいとみじかいのだなー」

「そうね。たった五日。発症しなければすぐに本邸に戻れるわ。安心して。あなたたちには特別な手当が出るから」

「それは楽しみです」


 従者の一人が強がるように、笑顔で言った。


 そのとき、

『返事はしなくていいのだ』

 馬車の天井から逆さまになったクロが上半身だけだした。


『さっきも言ったけど、男爵は赤痘じゃなくて、赤痘にみえる呪いだから安心するのだ』

「……そっかー」

『マリオンにかけた呪いが、男爵にかえっただけ。ルリア様たちにはうつらないから安心なのだ』

「ふむう」

『とりいそぎ、ご報告まで! なのだ!』


 それだけ言うとクロは頭を引っ込めた。

 うつらないなら、安心だ。


 とはいえ、大丈夫とあたしが言っても信じて貰えないだろう。


 それにあたしは湖畔の別邸には行ったことがない。

 楽しみだ。


「サラ、だいじょうぶだよ」

「……うん」


 それからあたしたちはいつもの屋敷に戻らずに、大公爵家の別邸へと向かうことになった。

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