女の敵は女なのか。

《アレの解毒薬?そんなの存在するワケ無いじゃない、それこそお酒を飲まなければ良いんだし、具合が悪くなるだけなんだし》


「成程、そのキノコの事は、何処から?」

《海のキャラバンの人よ、アナタと同じでヤバいキノコに中って吐きまくったって。その事を他のお客に話したら、今度は凄く良く教えてくれて、その子も海のキャラバンの子。陸のキャラバンって、本当に存在するのかしらね、見た事が無いの》


「下のギリシャでは見ましたよ、陸沿いのキャラバンを」

《そう、じゃあ無理ね、ココから出して貰えないんだもの。この刺青が有る限り、ココからは出られない》


 大司教は若い頃にロキと接触しており、魔法陣を更に改良し、彼女達を街から出られない様に街と体に魔法陣を施していた。

 この事は彼だけが知り、紙媒体にも記録は無し、彼の脳にだけ。


「その、お子さんは」

《産んだら渡してあげてるけど、最近は全然なのよね、もう引退かしら》


 ミリツァが言っていたポトゴリツァ、そこで働く売春婦が元大司教の情婦だった。


 彼女を黒幕と呼ぶべきなのかどうか。


「病気を心配しないんですね」

《それこそ彼が分けてくれるの、私の上客なの》


「結婚を?」


《はっ、子供もあげたんだし、あんな老いぼれ、もう少し若い方が良いわ》

「そうですね、確かに、若い方が良い」


《そうそう、男と水は新鮮なのが1番、それこそ初物は病気の心配も無いし》

「成程、確かにそうですね」


《アナタ変わった見た目だし、どう?ココで働かない?女性の相手も出来るわよ》

「珍しさから入ってしまったのに、ありがとうございます、色々と教えて下さって」


《良いのよ、お話だけでお金が貰えるんだし、本当は病気だって怖いもの。こんな仕事はしない方が良いわよ》


「もしコレ以外なら、何がしたいですかね?」

《機織りね、アレは醜女がする事だって言われてるんだけど、好きなのよねあの音》


「異国では寧ろ美女が通り沿いで機織りをして、店に入らせて、買わせてるそうですよ」

《ふっ、良いわね、その人って天才だわ》


「ですよね、アナタにピッタリ」


《もう潮時よ、結局は女も若い子の方が客が付くし、ココは28まで。後は子供を分けた誰かの妾になるか、それこそ顔を焼いて機織りか。美しさは罪、その罪を贖う為に私達は美を分け与える。ごめんなさいね、楽しくお話するつもりだったのに》

「いえ、アナタはまだ若いし、綺麗で。私の国では罪では無いですよ、自慢し誇れば神に怒られますけど、罪では無い」


《キャラバンの子もそう言ってくれるけど、ココでは罪なのよ、醜い者にしか自由が無い場所なの》


「滅びると良いですね、こんな場所」

《ふふふふ、そうね、そしたら私は自由になれるものね》


「そう祈っておきますね」


《ありがとう、アナタは本当に珍しい巡礼者ね。今度はお金は要らないわ、一緒にお酒を飲みましょう》

「キノコ抜きで」


《そうね、キノコ抜きで、ふふふ》

「では、失礼しますね」


 向こうで言うアルバニア、ココではイリュリア。

 そしてモンテネグロは、ツルナ・ゴーラ。


 その両者が共有するシュコダル湖は海と繋がっており、アルバニアのポトゴリツァとモンテネグロのシュコダルで、品性下劣なキャラバンの売春街を開き荒稼ぎをしているらしい。


『すまないローシュ、こうした場所が有るとは』


「ウムトは品行方正って事ね」

『と言うか、海のキャラバンだとして、何処の所属なのかハッキリさせなきゃならない』


「それは後でね、あの街を滅ぼす約束をしたの、黒幕の彼女と」


『黒幕、と言うべきなのだろうか、彼女は』

「そう阿らない所が良い所よね、ウムトって」


『口説くのは今度にしておくよ、流石に気分が悪過ぎる』


「意外と繊細ね?」

『自分の愛する人がこんな目に遭うと思うと、無理だね、無理だ』


「彼女の願いなのよ、情報をくれたし、対価は支払わないと。シュコダル湖の開口部に船を集めておいて、それとドゥラスにも、直ぐにティラーナを攻め落とすから」


『そこの司教や領主はどうするんだい?』

「代わりにシュコダルにはトヴルトコ卿を、ティラーナはマルティンかしらね」


『お年寄りにも容赦ないね』

「使えるモノは親でも使う、祖父でも祖母でも、何でも」


『黒幕の為にかい?』

「国の為、人の為、私の為。さ、頑張りましょう」




 船が来るまでの間に、ローシュと僕でハプスブルク家のお婆さんの家へ。

 フニャ何とかの書簡を渡す事に。


『久し振りだね、戻ってたとは』

「お久し振りですエレオノーレ、実は早馬でお知らせに参ったんです、コチラをどうぞ」


『コレは、セルビア州のムルニャフチェヴィッチの印章じゃないか』

「戦に巻き込まれ心身を害し、大司教の職を辞する事になりました。ですのでハプスブルク家に、エレオノーレに後見人の承諾をお願い致したく」


『それじゃあハプスブルク家の者がムルニャフチェヴィッチ家を継ぐ事になりかねないじゃないか』

「トヴルトコ枢機卿、ブランコヴィッチ枢機卿からも既に承諾を得ていますわ」


『一体、どんなつもりで』

「和平、平定、平和の為。イリュリアのポトゴリツァとツルナ・ゴーラのシュコダルで売春街を開かれています、そこの女に元大司教様が関わっておわれたのです。イリュリアのシュコダル湖は海と繋がっており、嘗てのキャラバンの伝手と小舟を使い、そこの女に入れ揚げ協議も妻も疎かにしたのです」


『当主に他に女が居るかもとは聞いていたけれど、まさか、商売女の為に』

「いえ、結局はご自分の為、教皇を暗殺なされました」


『どうして、私に何もかも言ってしまうんだい』

「ハプスブルク家が関わってしまった以上、アナタにも知る権利が有る。そして彼はハプスブルク家の血筋、その3人の子供もハプスブルク家の血筋ですから」


『あの子は2人だけ、まさか妾の子が』

「スペインで代行者と名乗り、教義を利用し、人々と支配しておりました」


『そんな事が』

「遠い血縁、アナタに罪は無い、ですが責任は僅かにも存在しています。ですからその分だけ、責任を負って頂きます」


『コレに署名するだけかい』

「いえ、家名をもってして聖杯を教会へ贈与して頂きたいのです」


『ハプスブルク家の名で』

「ボスナ州のモスタール領の領主であり司教、ステファン・ムーセチへ、彼が更に適格者に譲渡します。クロアチア州のアルモス・アールパート領主へ、聖杯を渡させます」


『祖母は政略結婚でね、従兄弟の子が愛する者を見付け結婚する事を喜んだんだが。セルビア州なんぞに嫁がせず、目の届く場所で、政略結婚をさせるべきだったんだろうか』


「いえ、目の届かない事は出てしまう、その責任の殆どは彼らの親の責任。ただ貴女はこの事を知り、どうか生かして下さい。書簡の中には彼女からの手紙も有ります、どうかご自分を責めず、成すべき事を成して下さい」


『すまないね、ウチの尻拭いをさせてしまって』

「いえ、対価は印章の指輪1つでお願いします、それから例の彼女も私に下さいな」


『和平の為かい』

「はい」


『なら、あの男も付いてくるが、良いかい』

「優秀で、本当に彼女を愛しているなら」


『そこは間違い無い、ただ私の目の届く範囲だ、良いね』

「勿論、エレオノーレにはまだまだ元気に活躍して頂くつもりですから」


『あぁ、対価はキッチリ払わせて貰うよ、次代にまで借りを残すワケにはいかないからね』

「気張り過ぎずで、貴女は長く生きるべき人なのですから」


『良いんだか悪いんだか、さっさと隠居したかったんだがね』

「隠居し呆ける者は多い、体が元気なウチは隠居なさらない方が良いですよ」


『そうかい、善意の忠告として受け取らせて貰うよ』

「是非」


『少し休んでいくと良い、読んだら直ぐに署名させて貰うよ』

「ありがとうございます」


 こうしてオーストリアにも、秘密結社の支部が出来る事に。


『それと指輪も、どうするつもりなの?』

「念の為、何も無しに私を返すのは無理なのよ、事の重大さが分かってるからこそ何か渡さずにはいられない。じゃないとエレオノーレの心が平穏ではいられないし」


『指輪、好きでしょ』

「実はね、それにクーちゃんやあの子が喜ぶだろうし、何か有れば使えるし」


『自分の為の物は集めないの?』

「追々、それこそ真珠集めとか、向こうだと貝から自分で取り出すの。そうやって何個も開けて首飾りにしたり、耳飾りにしたり、庶民の観光でね」


『それで神様に捧げたら、それこそ巡礼みたいだよね、行って取って捧げる』


「アリね、成程、天才」

『そんなに作れると思う?』


「それこそ1回分が有るし、冥界渡りで叡智を授けて貰うのもアリよね」

『ルツに調べて貰ってからにしよう?キャラバンの情報もだし』


「追々ね」

『うん』


 ルツが焦ったのが良く分かる。

 贈る前に自分で何でも手にしちゃうかも知れない、だから冥界渡りまでしたのに。


「じゃあ次に行きましょう」


 そして今度はフニャ何とかの家に。


『ありがとうございます、ロッサ・フラウ、大伯母はお元気でしたか?』

「はい、そして貴女の事を心配してらっしゃいました、それこそ遡ってご両親の結婚を阻めば良かったかも知れない、と」


『それでも、きっとあの子は何処で生まれ育とうとも、愚鈍だったでしょう。弱く、常に誰かの後ろに居た、だからこそ彼女と結婚させたんですが』

「ですけど、逆に作用してしまったようで」


『躾とは、上手くいかないものですね』


「持って生まれたモノが有りますので、当主でなければ、大成なさったかも知れません」


『いっそ、滅びる方がマシ、確かに死は救いですね』

「どうぞ主のお導きです、既に起きた事を活かし、同じ間違いが起こらぬ様に民を導いて下さい」


『持って生まれたモノだけが、この家だけが、本当にダメだったのでしょうか』


「恋焦がれ愛すると言う事を既に知ってしまっていた、その事に恋焦がれ、追い求めてしまったのです。自分が望む愛しか認めない、愛には様々な形が有る事を認められない程、恋焦がれたかったのかと」


『両親の愛を、最良としてしまった。あれだけ苦労した事を伝えたのに、どれだけ苦労した事か』

「平穏の中に生きていると、どうにも夢物語だと思ってしまうのでしょう」


『この世の地獄へ送り出してやりたいわ』


「なら、お預け下さいますか?」


『それは、何処へ?』

「新興一神教団が行くとされる新天地、理想郷ユートピア


『どの様なモノか分かりませんが、あの子に味あわせてやれるのなら、お願い致します』

「承りました」


 ローシュが言うには身内だからこそ、可愛さ余って憎さ数千倍。

 なんだって。




《お帰りなさい、ローシュ》

「ただいまルツ、あの子の家にドアを設置してきたから、明朝に話し合う予定よ」

『男の方も付いてくるって』


「話し合い次第、エレオノーレは推してたけれど、情愛を優先する人だし」

『ローレンスに立ち会わせるから、僕とルツで制圧ね』


《どう言う事でしょう》

「何でか忘れてたのだけど、性別を変えられる魔道具が有るじゃない?」

『アレでルツがローシュの代わりに動いて、ローシュはローレンスと秘密結社の説明、って事になった』


「嫌?」

《嫌と言うか、構いませんが》

『じゃ、また明日ね』


 そして本当に私がローシュに成り代わり、領主を脅す事に。


《降伏か自害か、どちらかお選びになって下さい》


 こう言う側としては、やはり面倒は避けたいモノで。


『我々は天の』

《降伏か自害か選べと言っているんです、理由だの言い訳だのは結構、どちらかを選んで下さい》


『我々は』

《降伏か、自害か》


『自決などと』

《では降伏を、既にトヴルトコ枢機卿とブランコヴィッチ枢機卿らに知られているのですから、さっさと降伏なさって下さい》


『そんな』

《どうぞ、彼らの書簡です》


 宗派的にも自害は有り得ない、なら戦うか降伏するか。

 それしか彼らは選べないと言うのに。


『こんな』

《いっそ死んで頂けた方が楽ですね、コレ》




 赤毛の美青年を連れていた伯母の知り合いのローシュが、今度はまた違った毛色の男性を連れて来た。

 凄く上品で、ローシュを凄く大切にする男の子。


 彼は一体。


『ローレンス・カサノヴァです、どうぞ宜しくお願い致します』

「まぁ、甥みたいなモノなの」

『ぁあ、フランソワ・ブルボンと申します』


『フランク王国的な可愛らしいお名前ですね』

『父が、フランク王国出身ですので、はい』


「それで、お仕事の事をお願いしたいのだけれど」

『はい、ただ、内容を全くお伺いしていないのですが?』


「好きでは無い事を承知で、敢えてお仕事で、社交をして頂きたいの」


『はぁ』

「王宮でも良くやってらっしゃったでしょう?情報収集」


『あ、違うんですよ、生憎と私は本当に単なる侍女でして。そうした事は別の者に、させていたので、私は本当にお世話だけでして』


「そう言うしかないでしょうね、ですが苦手だろうと何だろうと社交のお仕事をお願い致します」

『えーっと、それだけですか?』


「では、世の流行りの報告や先導、宣伝もお願いしますね」


 余計な事を言ってしまった。


『あの、そうなるとお相手が必要かと』

「彼か、例の方か、どちらが宜しいですかね?」


 もう少し、顔の質が低いと言うか。

 こう、普通の容貌の人に知り合いが居れば。


『ごめんなさい、知り合いの方が楽なので』

「ですよね、では彼に他の事に関しての説明を任せますから、貴女のお相手を貸して頂くわね」


 他の事って、何かしら。


『はぃ』




 ローシュは、どうやら人では無いのかも知れない。

 船が指定された場所に着いた頃、領主や司祭を連れ船着き場に現れた。


『一夜にして2つの街を落とすなんて、流石だねローシュ』

「コレでも普通の人間なのよねぇ」


『いや、それは流石に無理が無いかい?』

「本当だから困るのよ、所詮は凡人だから、こんな方法しか思い付かないんだし」


『ルツも賛成しての事だろう?』

「私に阿っての事じゃないの」


『未だに信用が無いんだね?』


「弱いからね、強い人は直ぐに信じる、私は弱いから直ぐに信用出来無いのよ」


 人なのか神なのか。

 それとも実は精霊?

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