領主。

『プロチェの領主はね、元はヴルゴルスコの生まれなんだよ。獣と米と魚のお陰で丈夫に育ってね、しかも聖なる書物の教えをしっかり守る良い子だと評判で、だから領主に選ばれたんだよ』


 良い事の為に、大義の為に、最悪は良い領主を殺す事になる。

 私は殺さないけれど、ルツかアーリスが殺す。


 殺す手助けをする。


《様子見をしたのが間違いかも知れませんね、どうか絆されないで下さい》


「そうよね、犯罪者だ、って顔に書いてある犯罪者なんて居ない。最初は殆ど誰もが無垢で、罪の犯し方を知って、罪を犯すのだし」

『寧ろ話し合いに期待出来るかもだよ?書物の道理を分かってるなら、話の道理も分かるかもだし』


「そうね、行って確認してみましょう」


 山間の平地には水田、地図上には果樹園と書かれている場所も水田。

 教会派にも柔軟な者が居るのかも知れない。


《ローシュ》

「プロチェの領主に会ってみましょう」


 セレッサの手の中、ヴルゴルスコからグラダッツへ。

 そしてプロチェへは馬車で。




『スプリトとオミシュが落ちましたか』

「はい」


 オミシュからの知らせで、私達の街プロチェにも直ぐに来るかと思っていたんですが。

 何を企んでなのか、ココに直ぐには現れず。


『では、Vodiceヴォディツェやイモツキも』

「いえ、まだです、ザダルが最優先だったので」


『ザダル』

「開港の準備をさせています」


『この国を乗っ取るおつもりですか』


「何に乗っ取られるとお思いですか」


『目の前の国か、下か』

「それとも他の、他宗教に乗っ取られるのが嫌ですか?」


 何を恐れているのかを、女神かも知れぬ者に見抜かれている。

 返り血に染まった様な、葡萄踏みの様な赤き衣を纏う。


 彼女は、敵を滅ぼされる方の。


『どうか聖なる地を、罪無き民をお救い下さいますよう』

「奪いに来たのでも、踏み躙る気も無いんですが……何故、ココには天使除けが有るのでしょう」


『天使除け?』

「この場所に天使除けが施されていますが、ご存知無いのですか?」


 天使除けなる言葉も単語も、聞いた事が無い。

 彼女は一体。


『何の事でしょう?』


「アナタも民も害するつもりは有りません、その事を信じてくれるなら、一先ずは外に出てみ貰えませんかね」


『分かりました』

「では湖畔にでも参りましょうか」


 そして彼女は、私が警戒していた様な異教の侵略者では無かった。

 何故なら伝令の天使と共に現れたのだから。


『偏見を持ち、噂に惑わされてしまった事を、どうかお許し下さい』


「そう天使を見ただけで信じるのはどうかと、悪魔かも知れませんよ?」

『だとしても、どうして私に見抜けましょうか。本来ならば疑うより信じる事の方が大切、だと言うのに疑いを持ってしてアナタを見て、異教の侵略者だとしてしまった。暴く方法が無いからこそ、アナタの言葉を信じ、私の目を信じます』


「疑って欲しい場合、どうすれば良いのかしら」

『では今直ぐに民を傷付けてみて下さい、私でも構いませんよ、さぁどうぞ』


 神の居られない場では誰を、何を信じるべきか。

 それは私自身に他ならない。




「あっけない」


 天使の姿が見えたから、信じた。

 説得も何も必要無しに、しかも同盟の書類にサインをしてくれた。


《信仰心のお陰ですね》

『僕らに見えないのは、そこ?』


「いえ、敢えて、だそうよ」

『心配させない為?』


「みたい」


 僕らの想像以上に、天使は言葉数が少ないみたい。


《そう多くは語らないのですね》

「表情は豊かよ、それにジェスチャーも」

『何かしてたの?』


「ダブルサムズアップ、こんな感じ」


『何か、愉快な感じ?』

「まぁ、そうね」

《気が抜けて眠そうですね、何か有れば起こしますから、少し眠って下さい》


「助かるわ」


 プロチェからは船で。

 領主のコンスタンティヌスと行くと、今さっきまで使ってた帆船を貸してくれる事に。


 そうやってNeumネウムを通り過ぎて、Stonストンへ。


『変な州境だよね』

《海、塩は貴重ですからね、生命線を絶たれるとなれば荒れるでしょうから。緩衝地帯、追い詰めない為に敢えて、かも知れませんね》


『それで船移動って不便そうだけど、穏やかだからアリなのかな、揺れないし』

《穏やかで海も綺麗ですからね》


 夏はもっと綺麗なんだって。

 だから観光地化についても領主は知ってて、分かってた。


 いつか異教徒すらもココに訪れる、だから綺麗なままでずっと残したい。

 色んな国の人間に、良い場所だって知って欲しいって。


『でも人が大勢来たら、汚されちゃうかもだよね』


《だからこその律法、統一された教えの流布が必要なのでしょう》


 国として広めるか、宗教を使うか、両方か。

 ココは確かに宗教を使ってルールを広めた方が楽かも。




《ぐっすりでしたね、このままストンに滞在しますか?》


 揺り起こしたローシュは、珍しく周囲を見回し。


「いえ、ううん、休憩してから考えるわ」


 この時間からの移動は不適格。

 もう直ぐ日暮れになると言うのに。


『まだ寝ぼけてる』

「見慣れない景色だからつい」


『綺麗で穏やかな海だもんね』

「本当、熟睡したわ。さ、行きましょう」


 そしてローシュはプロチェの領主の書簡を持ち、教会へ。


『天使除け、ですか』

「プロチェの教会を調べてみましたが、封印された地下に存在していました」


『地下』

「記録には存在していませんが、ココにも存在しているかと」


『ですが教会を壊すワケには』

「ぁあ、壊しませんよ。試しにお見せしますね、どう探して見付けたのか」


『はぁ』


 プロチェの教会でもしたように、石積の繋ぎ目を魔道具でなぞり、隙間を作る。

 そして。


『よいしょっ』


 一気に奥へと押し込むと。


『空間が』

「先へ進みましょう」


 粗く細い石階段を降りると、小さな空間が。


『その魔法陣が』

「はい、天使除けです」


『何故』

「全ての神性への目隠し、魔王からも守られる魔法陣だそうです」


『なら寧ろ、何故、我々に黙っている必要が』

「天使、神にも聞かれたく無い事を話すには最適ですから」


『私は誓ってその様な』

「アナタでは無い誰かの策略かも知れませんね」


『そんな、誰が一体』

「ココを作ったのは誰か、ご存知ですか?」


 まさか、と思う者が黒幕だ、とローシュが言っていましたが。


『まさか、いや、いえ』


「誰がどの様なつもりでしたかは分かりませんが、コレでは会わせたい方には会わせられませんので、少し海辺へ行きませんか?」




 疑うべきなのは、誰なのか、何を疑うべきなのか。


『アナタ様は』

『私は私、私や主を疑うも信じるも、アナタ次第です』


 悪魔とは時に天使の容貌をしている、と。


『私は、悪魔と呼ばれる者の姿を実際に見た事が無いのですが。ロッサ・フラウ、アナタは、悪魔とはどの様な姿なのだと思われますか?』


「人と良く似た顔をしてるいかと」

『では、人と悪魔を見分ける方法をご存知でしょうか』


「関わらなければ、一目では無理かと」


『では、アナタも』

「私もアナタも、誰かにしてみたら悪魔になる可能性は有る、ですけどどうなりたいかが問題かと」


『アナタはどちらなのですか?』

「人々の味方のつもりです」

『アナタもでは?』


『私は、私を、私の行いを常に疑っております。良かれと思いした事でも、その場では良くても、後になって、いつ悪い方向へと向かうか。そう常に不安なのです、不安で堪らないからこそ、お声を聞きたいと思っていたのです。ですから、コレは、私の生み出した幻想、欲望が生み出した悪魔なのではと』


『葡萄であり友である、繋がり愛し合う限り、愛が失われる事はありません』


『友の為、民の為、命を捧げさせて頂きます』




 天使の姿さえ見せれば解決してしまう。

 それは、本当に良い事なのでしょうか。


《ココでも、血を流さずに解決してしまいましたね》

「例の、まさか、と思う方が悪かも知れないらしいわ。教え導いてくれる者を良いとし、隠し教えない者が悪、そう言われると確かにって思うけど」

『意味が有って隠してる場合も有るし、話を聞いてみないと、だよね』


「ドゥブロブニクを落としたら一気にベリグラードまで行きましょう、観光地化の話し合いもしないとだし」


《ドゥブロブニクでの反応次第、ですね》

『だね』


 そして翌日、ドゥブロブニクでは更に2人の領主の書簡により、事が簡単に済んでしまい。


《私、もう年ですが体だけは丈夫でして、どうかお供させて下さいませんか?》


「その、別に、人質を欲しているワケでは」

《近隣のツァヴタットの領主は古い知り合いですし、隣の湖の街Bilećaビレチャにも顔馴染みが居ます。それにココら辺は年功序列で代替わりが難しく、どうかこの街の為にも、お願い出来ませんでしょうか》


「そう、隣の州に侵攻すつつもりは」

《天使様がベリグラードへ行かれる予定だ、と》


 不安や懸念点はココだったのか、と。

 天使すらもローシュを使おうとする。


 それに対しローシュは。


「人質でも何でも無く、単なる同行者だと」

《それで構いません、ありがとうございますロッサ・フラウ》


「それで、今日は準備もあるでしょうから、ココに滞在させて貰おうと思うのだけれど」

《お時間を頂けるのですね、ありがとうございます、コレでスッキリと旅立てます》


「いえ」

《ですが直ぐに済ませますので、ツァヴタットへご案内致しますから、暫しお待ち下さい》


「ぁあ、はい」


 こうして天使に利用される事を、簡単に承諾してしまうのはどうなのでしょうか。


《ローシュ、あの者や今回の事は天使との交渉材料に使うべきでは?》

「既に信頼を得ると言う対価を貰ってると思うと、ちょっと」


《天使に利用される事には寛容なのですね》


「心配してくれてるのね?」

《はい》


「まさか、天使に限っては対価を貰い過ぎる事は無い筈、ましてや天使さんは期待を裏切る事は絶対にしない筈だから大丈夫」


 天使に、期待と言う名の圧力を掛けるとは。


《余計な心配でしたね、失礼しました》

「いえいえ、言われて少し考えての事だし。神性とのお付き合いは一筋縄ではいかないのは確かだし、ありがとうルツ」


《いえ》

《あの、お邪魔しても宜しいでしょうか?》

「あぁ、はい、何か?」


《書類をお先にお渡ししておこうかと、コレは次の領主のサインも入れておいたのですが》


「次代の方も了承なさったのですか?」

《はい、この地方の、大司教様と候補者を決めるのですが。緊急事態には、最終的な決定権は私に発生しますので、はい》


「大司教様が推す方では無い、と」

《今回の件を受け疑問が生じてしまいましたので、この地方を任せるべきは地元の者に、させて頂きました》


「今回の事だけ、でしょうか」


《我々の上、大司教様はマリア信仰に疑問をお持ちなのです、その事に私は疑問を持っていた。ですがアナタが訪れた事で、何故あの方が懐疑的なのかが分かった気がしたのです、それが大きな要因ですね》


「ベリグラードには」

《大司教様の更に上、枢機卿が居られます、そして内陸部では教皇争いを続けておられる》


「お詳しいのですね」

《顔もですが、年ですかね、戦で無ければ年老いている者は信頼を得易い。同時に支持者を動かすにも最適ですから、支持してくれと、良くお話をお伺い出来るのですよ》


 もしかすれば、天使は対価を必要とはしないのかも知れない。

 若しくは、対価を得ると同時に支払える事だけを叶えるのか。

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