親戚のオバさん。

「そうなんです、良い男なんですよ。伯母の孫なんですの」


 情報収集と私の縁談探しを兼ねる、とは。


《ローシュ》

「似て無いから良く誤解されるんですけど、どなたかいらっしゃいません?」


《いえ、私は》

「見た目とは違って純ですから大丈夫、意外に良い子ですよ」

『ならどうして近場で探さないんだい?』


「真面目過ぎて愛想が悪いもんですから、でも最近ようやっと考える様になってくれて。けどもう周りは貰い手が決まってて、ウチは小さい所なので、思い切って余所でと」


『そう小さい所から来たなら、それこそお姑さんとか』

「生憎と姉も彼の母も亡くなってまして、旦那さん達は他の方とご結婚していて既に疎遠で、久し振りに会ったら結婚してなくてもう慌てて探しに出たんですよ。今までほっといてごめんなさいね、良い子だからてっきり結婚してるとばかり」


 実はローシュは、向こうの世界では詐欺師だったのかと思う程、滑らかに嘘が良く出る。


『成程、確かに気難しそうな顔付きだけどね。そう、アンタは困って無いのかい』

「私にはもう夫が居ますから、ほら、あの人です。身内の事だからと気を遣ってくれて、優しい人なんです」


『成程ね、なら少し話をさせておくれ。そうだね、通りに良い店が有るからウチの者に案内させる、夫婦で行っておいで』

「ありがとうございます、では」


 そうして、何を聞かれるのか、何を話すべきかと考えていると。


『アンタ、あの人が好きなんだろ、そら困った状態だろうね』


《はい、すみません、ご迷惑を》

『いや、けどアンタもアンタだ、遠い親戚にせよ良い女だと思ったら言わないとダメだよ。じっくり考えろとも言うが、結局は直感だ、それとも打算だったのかい?』


《最初は、本当に最初の1日だけ、後はもう彼女しか居ないと思ったんですが》


『政略結婚かい』

《はい》


『バカだねぇ、政略結婚でアレだけ仲が良いなら、もう入る余地が無いだろうに。彼女の言う通り、他をお探しよ』


《無理なんです、彼女より賢い人は居ません、賢く優しい人はこの世には居ないんです》

『ならどうして政略結婚の前に、いや、何か事情が有るんだろうけど。アンタの身内なんだろう、安心させてやる事も愛情じゃないのかい』


《他の女性を抱くなら死んだ方がマシなので、無理ですね》


『アンタ』

《彼女にその時の記憶は無いので、それこそ私のせいで、こうなっているんです》


『事故にせよ病気にせよ、そう言う事かい、成程ね。ただ初めてに固執するのは良くないね、何事にも初めては付き物、情愛と執着を履き違えたらいけないよ』


《情愛と執着、それら全て、私の全てなんです》

『アンタ、他に相手が居ても良いって言うのかい』


《独占するのは寧ろ勿体無い程の女性ですから》


『成程ね、アンタに利が有り過ぎて腰が引けたんだね』


 ローシュが探し当てた女性は巫女なのかと思う程、私の気持ちを言い当てた。

 知ると理解との違い、そして経験の差はこうも卓越するものなのだろうか。




「何故、私の話になっちゃってるのかしら?」

『いやね、この子の目がどんだけ肥えてるかって話からね。生半可な子を紹介したんじゃ不幸になるだけ、だからしっかり見定めないといけないからねぇ』


 人の事なら幾らでも嘘が言えるけど、自分のってちょと難しいのよね、嘘と真実の混ぜ具合が特に。


「私、彼が思う程は有能では無いので」

『離縁した事も有るんだろ、しかもその後に元旦那も身内も亡くした、大変だったねぇ』


「いえ」

『良いんだよ、魔女狩りに遭ったんだろ、最近のワケ有りって言ったら殆どソレだからね』


 成程。

 神様にご案内頂いた大奥様は流石だわ。


「ですけど明確にお返事は難しいですわね、至らぬ点が有ったと言えば有ったかも知れませんし、他にもう生きて証言出来る者も居りませんから」


『良い言い回しだね、それで政略結婚だろう。でもまぁ仲が良さそうだし、逃げた先が良かったんだろうね』


「いえ、寧ろ、それで外に探しに出ているんです」

『何だい、そこもワケ有りかい』


「彼の住んでいる国が近々、閉じる、と」


 魔女と呼ばれる者を囲い、鎖国しようとしている国がある。

 ココの鳩が広めたのはココまで、ココでは国名までは不明だとしているのだけれど。


『ぁあ、黒海の、前回の魔女狩り撃退で目立ったからねぇ』


 黒海に面する国は何ヶ国か存在している、けれども魔女狩りを撃退した、と知られているのはウチだけ。

 そもそも発生させた時点で他国は恥だとしており、ウチの様に大っぴらにはしていない、要は内々に処理しているらしい。


 と言う噂を流して貰って、敵も味方もウチに来るように仕向けている。


「なのでお嫁様に来て貰うのは難しいですし、彼をキャラバンに入れるか、何処かに定住させようかと」


『ほう、キャラバンに入れるだけの能力を持っているのに、国が手放すのかい』

「彼は若いですし、人材は揃っていますから」


『そう名の通らぬ国なのに随分と人に恵まれているね』

「だからこそ、狙われる部分も有るかと」


『随分と詳しいね』

「キャラバンから紹介され、私も一時は居りましたので」


『となると、負けそうなのかい』

「いえ、ただ国を封鎖するとなれば魔王すらも入れぬ結界を張るそうで。そうなればもう、入る事も出る事も暫くは叶わない、と。いつ落ち着くか分かりませんし、最後の身内ですから」


『アンタは何処に住んでるんだい』

「デンマークの更に北の地で、何も無いですが、人も居なくて静かな所なんですよ」


『はー、それで駆け付けたのかい、身内の為に』

「意外と船は楽ですよ、夏場ならデッキで水浴びすれば良いですし」


『成程。そうだね、ウチの1番に会せてやるよ。今夜だ、今夜、夜会が有るから招待してやるよ』

「その、私、夜会は不慣れでして」


『大丈夫だよ、私も呼ばれているからウチで準備していきなさい』

「あの、そこまでのご恩に酬いる事が、難しいかも知れないのですが?」


『いや、アンタは情報をくれただろう、それにコチラも少しアンタ達を利用させて貰う。それでも釣り合いが取れなさそうなら、そうだね、北の方のベリーでも船便で届けて貰おうかね』


「分かりました、では、お言葉に甘えさせて頂きます」




 綺麗にお辞儀カーテシーをするし、ハンドキスの流儀まで心得てるんだ。

 些末な貴族とはワケが違うとは思ったけれど、言葉も複数使いこなし、言葉にもしっかり気を配って。

 コレを国から出せるルーマニアってのは、凄いのが揃ってるって事だろうね。


『アレだよ、1番群がられてるのが居るだろ、アレだ』


「意外と、お若いと言うワケでは」

『仕事を優先してね、王妃様の侍女だったんで少し社交の場に出るのが遅れたんだ』


「その、ご婚約者様とかは」

『居たんだが、本来は互いにお飾りだと。けれども向こうから評判が良いからと結婚を正式に申し込まれ、キッパリ断ったんだ。まぁ贈り物が酷過ぎて心無い者に笑われるわ、馬鹿の方は他に女が居ると噂されていたのだし、無理も無いさ』


「因みに、その男性は?」

『そら廃嫡だよ、破棄の際に証拠品としてプレゼントを全て送り返し、如何に似合わないかを相手方のご両親の前で見せたからね。アレは本当に酷かった、どう考えてももう1人の女に似合う品でね、そのまま破談と廃嫡だよ』


「結構、厳しい措置を取ったのですね」

『男伊達らにもう若いのが継いでたし、家名を守るにはその位はしないとね。そうかい、アンタ本当に知らなかったんだね』


「奥様の見極められるだろう目に惹かれたので」

『嫌だね全く、単に年を取ってるだけだよ』


「いえいえ、ルツが心を開くのは相当でないと難しいですから」


『そのルツだけど、ほれ見なさい、全く助ける素振りが無い。もうこの時点でダメなんだよ、アレも賢い子だからね、自分より愚かな者には興味が無いんだ。合うウブさ、愛しいと思えるかどうかは人其々、アレに合う子はそうは居ないよ』


「あの」

『試しにアンタが行って引き合わせてやんなさいな、如何に無理か分かる筈だよ、賢いアンタならね』


 ほれ見た事か。

 こんなにも嬉しそうにしてるって言うのに、他を宛てがうなんて無理なんだよ。


 まぁ、いつもなら一夫一妻制を進めるけど、彼女の場合は難しいだろうね。

 下手に独占させれば争いになる、賢い子なら分かる筈なんだけど、こうして拗れているのは覚えていない事も関係しているのかも知れないね。




「仮にもお嫁様を探しに来たんだから、私で喜ばないで」

《無理ですね、アナタより素敵な女性は居ないので》


「なら我慢なさい、私の様に一緒に動かないで、家で家を守る奥様を探しなさい。じゃないと不器用なんだから、あんな事を聞かれたらいつか刺されるわよ」


《いっそ、刺してくれたら良かったんですよ》

「私だけに良い顔をしなかったのが嫌だったみたい、ごめんなさいね、心が狭くて」


《もう同じ過ちは犯しません、どうか》

「なら試しに色目を使わずに誤解されぬ様に彼女を助けて、制御出来るなら簡単でしょ、じゃあ待ってるわね」


 相変わらずルツは可哀想なんだけど、確かにローシュが言う事にも一理ある。

 こうやって突発的な、偶発的な状態でも、本当に同じ失敗を繰り返さないのかどうかの確認は必要だし。


『ローシュは慎重だものね』

「仕事の事なら許すけど、アレは凄く個人的な事も絡むから、失敗が許せないのよね」


『分かったって言って、似た様な問題を何度も起こされて嫌だったんだし、仕方無いよ』


「そんな人じゃないと分かってると言えば分かってるんだけど、情愛の扱いが不得手らしいし、どうにも」

『大丈夫、僕が見てようか?』


「いえ、コレで嫌な思いをすれば完全に断ち切る言い訳にも使えるし、彼女に迷惑を掛けそうなら助けないとだし」

『もし上手く立ち回ったら?』


「まぐれって事にして、後2回は試すわね」

『2回成功してもダメなんだ』


「それだけ私の信用を消し飛ばしたし、嫌なら諦めれば良いの。さっさと早く諦めてくれないかしら、ルツの時間だって無限じゃないでしょうに」




 綺麗な色の赤髪に、綺麗な緑色の瞳。


《失礼します、ハプスブルク家のエレオノーレ様をご存知でしょうか》

『はい』


《私の叔母がお世話になっていまして、少しお話させて頂いても》


 遠縁で、破談の際に証人にはなって頂いたけれど。


『はい』


 私、何も知らないのよね、結婚と離縁にお強いってだけしか。


《失礼ですが意中の方は居られましたか?》

『へ?』


《いえ、後で誤解を解かせて頂こうかと、アナタには興味が無いので》

『ぁあ、居ないです』


《そうですか、因みに目の前の黒髪に黒いドレスの女性が私の叔母です》

『随分とお若い』


《祖母の妹ですから》

『それにしても、殆ど同じか、寧ろ叔母様の方が若いのでは?』


《はい、アレでも私と同じ年頃なんです、東洋の血のお陰だそうです》

『アナタにも入ってるんですか?』


《いえ、少し家系が複雑なので》

『ぁあ、失礼しました』


 見た目が良過ぎる方って、どうにも苦手なんですけど。

 ぁあ、平気な理由は多分コレ、私に全く気が無いから。


「どうも、伯母様にお世話になっているローシュと申します、余計な事をしてしまいましたかしら」

『いえ、助かりました』


「お連れ様は?」

『それが急に用事が出来たと、出てしまって、直ぐに戻ると聞いてたのですが』

《あの方でしょうかね》


 少し怖い顔をしながら、真っ直ぐにコチラへ。


『ぁあ、大丈夫ですから、寧ろ助けて頂いたんです』

『すみませんでした、ありがとうございます、では』


『あ、待って、伯母の知り合いなのよ』

「構いませんよ、では」


『すみません、ありがとうございました、伯母にお礼を伝えておきますので。では』


 女性や既婚者なら軽くいなせるんですけど、どうにも私に好意を持つ、見た目の良い方が苦手で。

 この方も、私に気が有るのか無いのか、何か苦手なんですよね。


『もう少し賢く抜け出せませんでしたかね』

『は、見てたんですか?』


『アナタの伯母様から言われたんです、甘やかすだけではダメだと』


『アナタ、私を甘やかした事が?』

『王族の方々は上品ですけど、ココはどちらかと言えば下品なんです、もっと露骨で直接的な猥談に慣れて貰っても良いんですよ?』


『ぁあ、それはどうも、ご丁寧に。出来れば今までのままで、暫くお願い出来ませんかね?』


『ダメですね、甘やかされていると分かって頂けてなかったですし、他の男性に付いて行ってしまったので』


 コレは。

 誂われる予感、逃げなくては。


『あ、本当に伯母に呼ばれたかも知れないので、確認に行ってきますね。では』

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