収穫祭。

 アレから何事も無かったかの様にネオスはクレタ島まで付いて来て、普通に収穫を手伝い、普通にブドウ踏みの手伝いをしくれている。

 そのままキャラバンと一緒に国へ向かってくれても良かったのに、女に慣れる為に付いて来たにしてもだ。


 もう少し、私が可愛いなり色気が有れば良いんだけど。


「はぁ、幾らデュオニソス様の指示にしても、このワインが美味しくなるとは思えないわ」

《大丈夫ですよぅ、ワインの神様の巫女様だってアポロン様の神殿も正式にお触れを出したんですし、どんな出来だって美味しく感じますよ。あ、絶対に美味しいとは思いますけどね。ね?ネオスさん》

『ぁあ、はい』


 マリッサも同行してくれているからこそ、あまりネオスを気にする事も無いのだけれど。


 いや、気にしないでおこう。

 青年の心もまた移ろい易いのだし。


「にしても、こう育ててるなんてね」

《風が強いですからねぇ、吹き飛ばない様に地面にトグロを撒かないとダメなんですよ》


 しかもかなり丈夫な根張り。

 葡萄の植生、根本が違い過ぎて応用もへったくれも無いんですけど。


『けど美味しいでしょ、ココのワイン』


 デュオニソス様が言う通り、他と違い、濃くて甘いワインですけど。


「あぁ、差別化を図れって事ですかね」

《差別化?》


「ただ他と同じ様な味、では無くて違いの有るモノって事」

《あぁ、ココのは他と違ってギリギリまで熟成させて、乾燥もさせますからね》


 水分を飛ばし、糖度を極限まで上げてから潰す。


《ウチの品物でも同じ様にさせてみましょう》

「そうね、宜しくルツ」


 伝書紙、マジで神。

 丁度、ウチの方も収穫が始まるのよね、再来年にはド甘いワインの完成かしら。


《あ、お夕飯は何が良いですかね?》

「やっぱり魚、どう足掻いてもお魚」


 魚の種類が多いの、マジで、沖縄で食べたブダイが食べられる。

 それにウナギ、目打ちされて内臓を抜いた塩焼き、最高だった。


 そしてマグロ、お腹が痛くなるのを承知で魚醬を付けて生で食べたけど、良かった。

 熟成されて無くてもマグロはマグロ、酒の肴に最高だった。


 ウチも黒海に面してるけど近隣諸国に遠慮して王族用って事で、ウチの海軍に訓練と警備とでやらせてるだけなのよね。


 しかも油漬けか干物、物流ルート的にね、他の調理法は現地に行った時だけ。

 殆ど地元民に食べられちゃうのよ、お魚さん。


《あー、やっぱり生で食べたいですか?》

「あぁ、何でもじゃ無いからね、それこそ採れたてで寄生虫が居ない子よ」


《お出ししますけど、本当に気を付けて下さいね》

「はいはい、ありがとう」


 そしてお夕飯には、素敵に薄切りされたお刺身が。

 だから魚は薄切りなのか、と改めて考えさせられた、塩で食べたけどマジで最高。


 なのにルツもアーリスも食べず、けど何故かネオスは食べて。

 普通に食べれるって驚いて。


『もっと臭いと思ってたんですけど』

「臭みの原因って大概が皮、その分旨味も有るけど、寄生虫も内臓や皮と身の間に居る事が多いから。良く噛むのが良いんだけれど、もうコレで当たったら神様に頼むしか無いわ、駆除が難しいんだもの」


『えっ』

「大丈夫よ、居なかったし、お腹を壊したら別の原因」


 肉でも牡蠣でも、当たって嫌な思いをすると脳が拒絶するのよね、それでもう幾ら大丈夫でもお腹を下す様になる。

 その原理を分かっててもなる、厄介な精神的アレルギー。


 対処法は、食べない、だって食べなくても死なないんだから食べなければ良いんだし。


《じゃあ、1枚だけ》

「いやマリッサ、無理しなっ」


《あら、意外と食べられる》

「はい、終わり」


《えー》

「他で食べれないのにココで味を知っちゃっても逆に損でしょうよ」


《もう食べちゃいましたし?採れたてなら良いんですよね?》

「本当に目の前で採れた物だけ、素早く内臓と皮を取って綺麗な海水で良く洗って、薄切り。それでも体に合わないと具合が悪くなるんだから、分かった?」


《はーぃ》

『あの、本当にお礼はアレだけで良かったんですか?』


 王族と神殿から何がお礼が良いのか聞かれたのだけど、魚醬ガルム一択だったのよね、生食したかったから信頼度の有るモノが欲しかったのよ。


 しかもココの魚醬って、発酵じゃなくて自己分解タイプだそうで。

 クサヤと同じは同じなのだけど、漬け汁はまさに魚醬、そして身はアンチョビ。


 小魚の頭を捥いで漬けてるから、最後まで雑味無しで旨味たっぷり、やっぱりウチでも加工させるしか。

 けど、その前にハーブを更に量産させないと、殆ど薬用なのよね。


「まぁ、表立ってはね」


 後は内々に様々な種や苗、そして生きたウナギ。

 コレはもう、養殖するしかないでしょう。




《ふふふ、昨晩はすっかり普通の方でしたね、エリスロース様》


 上機嫌に酔って、鼻歌を歌って、寝て。

 けど流石デュオニソス様の巫女様、二日酔い知らずなのか、翌朝にはお元気で。


『ぁあ、そうですね』

《あ、嫉妬ですか?》


『そ、エロスでもフィリアーでもありません、どちらかと言えばほぼ親愛の意味を込めてのアガペーやストルゲーが近いかどうか、で』


 お顔はアレですけど、表情って読み取れるんですよ。

 どう見ても、フィリアーからのエロスになりそうなんですけど、アガペーですかそうですか。


《フィリアーかと思ってたんですけどねぇ》

『アレは友情から恋愛になるかも知れないモノで、無理ですよ、この顔ですから』


 別に、それこそ心根を見る方ならネオスさんは優秀ですから、エリスロース様はお顔なんて気にし無さそうなんですけど。

 ネオスさんが嫌なんですかね、そのお顔が。


《なら治して頂いては?》


『そこまでは、別に』


《まぁ、エロスにもフィリアーにもならないと言うなら、それはそれでエリスロース様が心配や嫉妬せずに済みそうだから良いんですけど。本当に大丈夫なんですかね、次のお国、最近評判をとんと聞きませんけど》

『侍従ならば問題無いとは聞いてますけど、マリッサの方でも情報が入らないんですか』


《そうなんですよ、良い噂もですけど、それこそ悪い噂も聞けないので。逆に心配なんですよねぇ》

『ですけど、少なくとも不作では無いんですよね』


《はい、輸入品にも問題は有りませんし、船に不法侵入しての移民が来る事も無いそうで》

『まぁ、平和でも同じ現象が起こるそうですし』


《巫女様が行ける程度には安全なのでしょうけど、何か心配なんですよね》

『何もしませんてば』


《いやそこじゃなくて、何か不安だなって、何か心配なんですよ》


『どんなに言っても口添えはしませんよ、コレ以上の大所帯は悪目立ちしてしまいますし』

《ならネオスさんが辞退したら良いじゃないですかぁ、ルーマニアでお待ちしてれば良いんですよぉ、私だってイタリア語は出来るんですからぁ》


『読み書きだけでしょう』

《ぅう、ネオスさんの優秀さが憎い》


『数年は先に生まれてますからね、その分ですよ』

《お願いしますよ、私より力持ちなんですから》


 最悪は庇ってでもお守りして欲しいんですけど、でもそうするときっと、エリスロース様は悲しむでしょうし。

 あぁ、天の神様ヘルメス様、どうかエリスロース様をお守り下さい。




「竜の体液は凄いな、二日酔いも治すんだもの、便利過ぎ」

『でしょ、もっと舐めても良いよ』


「これ以上若返っても困るんだが」

『それはローシュがどう思うか、もっと若返りたいって思ったら、そうなるかもってだけだよ』


「んー、次の国でどの年齢が有利か、よね」

『エロい意味での話なんだけどなぁ』


「領地に帰っ。最悪は男でも良いのか、成程」

『じゃあ僕が女の子か、良いよ、気持ち良いし』


「アーリスの女性体こそ椿姫じゃんか、ダメ、追い払えないわショタの私じゃ無理」


『男装にしちゃう?』


「あぁ、アリね、魔道具のベストも頂いたし」

『冗談なのに、それこそ中性的なのは余計に目を引くって言われてたんだから、ダメ』


「情報が無いから一先ずは侍女服で行くけれど、どうなのかしらね、イタリア」

『美味しいらしいね、イタリア』


「いっぱい食べましょうね、美味しいモノ」

『有ればね、ローシュの料理が1番好き』


「刺し身は無理なクセに」

『だってお肉の生と一緒なんだもん、怖いもんお腹が痛くなるの』


「ならないんでしょ?」

『けどやだ、火は通したいの』


「女体盛りと言って、女性の体をお皿にして刺し身を載せて食べる習慣が有ってだな」

『うげー、流石にローシュのお願いでもそれはどっちも無理』


「ですよね、分かる」


《あぁ、交代して良いなら言って下さいよアーリス》

『ちょっと休憩してただけだもんねー?』

「ヤり貯めって初めて聞いたわよ」


《外洋は外洋ですし、状況によっては数日は出来無いかも知れませんから》

『寒くなってきたしね』

「ね、道路整備も止まるのよね、収穫で忙しくなるから」


《道路より飲食品が最優先ですからね》

「それから調味料も、贅沢品なのよね、ガルム」

『ガルムは好きだよ、ニンニクとタコの油炒めは好き』


《お酒に最高でしたからね》

『パスタでも、具無しなのに凄く美味しかったし』

「帰ったら港近くに暫く住もうかしら、やっぱり魚介は正義。保養地も作りましょう、寒い時期こそ血が固まり易いから、サラサラの血で居て頂かないと」


《ですね、お昼を作ってきますから、その時には交代ですよ》

『はーい』


「はぁ、アーリスの背中が懐かしい、あんなに移動が楽なんだもの。チートよチート、便利過ぎ、堕落しちゃう」

『イングランドにも居るんだってね、沢山』


「あぁ、もっと広まって、皆が飛べると良いのにね」

『浮気しないでね?他の竜はダメだからね?』


「死ぬか他の竜の背に乗るかでも?」

『運ばれるだけ、なら、死ぬよりは、仕方無いから』


「出きるだけ控えます」

『うん、そうして』


 ガルムよりローシュが美味しいって言ったら、喜ぶかな?怒るかな。




《ガルムより美味しい、ですか、ふふふふ》

「ほら、ルツだって笑ってるじゃない」

『褒めてるのにー、んー』


「はいはい、ありがとうありがとう」


 ローシュの難しい所は、稚拙な愛情表現は許しても幼稚さを許さない所。

 勿論、致命的では無い事に関しては非常に寛容で、それこそ寛容が過ぎる程で。


『あの、大丈夫でしょうか』

「あぁ、ネオス、大丈夫よ入って来ても」

『ねー、ガルムより美味しいは褒め言葉だよね?』


『そ、いや、ローシュさんが喜ぶなら、褒め言葉かと』

「面白い表現だから笑っただけ、馬鹿にしてないから大丈夫」


《そうですよ、素直に言える事は素晴らしい事ですし、ちゃんと1度は考えたんですよね》

『うん、喜ぶか怒るかなって、だってガルムの壺は臭いから。あ、ローシュは』

「こら、ごめんねネオス。アーリス、下ネタを聞きたく無い人も居るんだって教えたでしょうが」


『だって嫌じゃないでしょネオス』

『嫌、とは、はい。別に、そうは思いませんから、お気遣い無く』

「それでもダメ、オバさんの情報は嬉しくない者が殆どなの、分かった?」


『ローシュはオバさんじゃないのに』

「実年齢の話だ、分かった?」


『はーい』


 素直に何度も伝えても私はダメだったんですから、当然、ネオスの様に非常に分かり難い態度は伝わらないんですけど。

 まぁ、自覚も薄い様ですし、若いんですから気が変わる事も有るでしょうし。


《それで、何か?》

『あ、はい、出発の準備が整いましたので。明朝、迎えの馬車が来るそうですが』


《問題無いですよ》

「ネオス、ご両親にお手紙はちゃんと書いた?体調は?」

『書かせて頂きましたし、体調は大丈夫です、ご心配無く』

『いざとなったら特効薬も有るし、大丈夫だよローシュ』


「あぁ、にしてもマリッサがキャラバンに付いて行くなんて、何なのあの子」

《表立った国交は控えてますから、ですけど夫も付いて行くそうですし》

『行くってなって即結婚式だもんね、便利だね婚約者って』


《人によるんでしょう、ウチの人はコレですし》

「けどちゃんと巫女だってなったんだから良いじゃない、結婚してたらもっと大変だったのかも知れないのよ?」

『それかもっと楽だったかもよ?』


『そこは、難しいと思います、結局はサテュロスとマイナデスだ。とされる可能性も有ったので』

「そこよね、それでも結婚してたら、前ピュティア様が暴走しな」

《はいはいはい、そこは口を挟ませて貰うよ、アポロンとしてね》


 それこそ前ピュティアは本当にネオスの為でもあったそうで、ただ。


『権力や欲、噂話によって私と云う本質を見失っていた、その時点で巫女としては失格かと』

《そうそう、根は良い子だったんだけどね、学が無さ過ぎて捻じれたのも有る。けどそこも巫女の仕事をしながら真っ直ぐ生きれば、ネオスと添い遂げる未来も有ったんだけど、着飾る方向へ向いてしまったからね》


「言った?」

《言ったよぉ、己を磨けって。もう、睨まないでよぉ、だってほら、具体的に言い過ぎれば指示になるじゃない?そうなると介入になるんだもの、そこが限界だったんだ》


「慣れないなぁ、神様が居るのに介入に制限が有るって」

《君の所は本当に例外的だからね、すっかり破壊されて神の座が空白になってた、そして他の神が根付いた。その時点で例外的だし、全部が全部同じだと何かしらの危機に陥った時、凄く脆いし》


「ネオス、それこそが多様性、多様化の本質だからね」

『はい、麦だけなら冷夏で飢饉に陥り、果ては国が保てなくなっていたと教えられましたから』


「そうそう、流石、学がしっかりしてる子は違うわ」

《でしょ、だから大事にしてあげてね》


「勿論ですよアポロン様、最良の子を探してみせますわ」


 あぁ、アポロン神でも困る事が有るんですね、成程。




《お気を付けて行ってらして下さいね、エリスロース様》

「マリッサもね、決して無理をしたらダメよ、本当に簡単に死んでしまうんだから」


《もー、分かってますって。それに旦那様も居りますから、無理のしようが無いですよ》

「寧ろ、そこが心配と言う面も有るわね」


《安全日なんてモノは無い事位、私は知ってますから、無事に帰国するまではお預けです》

「ならさっさと帰ってあげなさい、男はどうしたって物理的に溜まるんですから」


《そこは父の紹介で男娼カタミテス高級娼婦ヘタイアに教えて頂きましたから、完璧です》

「えっ、1人で?」


《そんな、ちゃんと叔母と一緒ですよ、5人の子持ち様ですから。ソチラからも情報を仕入れながら、見て聞いて勉強しただけですから》

「あぁ、なら良いのよ、ビックリした」


《と言うか手出しは相当の額になるから無理ですよ、それこそ治療費分とお休みの分を出さないと致せないんですし》

「正に高級娼婦ね」


《はい、ですから嫌だったかも知れませんが、それだけエリスロース様は魅力的な方だって事ですからね?》

「はいはい、ありがとう。気を付けてね、何か有ったら冷静に、直ぐに逃げる」


《分かってますって、じゃあまた、次は向こうでお会い致しましょう》

「またね、元気でねマリッサ」

『お元気で』


 あのクヌピに、これだけの思い遣りや優しさが、本当に有ったんだろうか。

 確かに来た当初は控えめだった、それこそオドオドして、自信無さげで。


 でも直ぐに自分が強い立場だと分かると遠慮をしなくなり、ローシュの様な気遣いも直ぐにしなくなり。

 化粧を始め、次第に着飾る様になって。


 なら、ローシュが同じ立場になったら、同じ道を辿るのか。

 いや、既にピュティア以上の力を持っているのに、要求したのは苗や種、それとガルム。


「さ、行きますかね」

『はい』


「はぁ、心配だわ」

《そこはヘルメスを信じてよ、ねぇ?》

《私は寧ろ君のせいで心配していると思うのだけれどね。そもそも君が》

『はいはい、ヘルメス、アポロンもだけど僕にも責は有る。ごめんねローシュ、けれど大丈夫、今回のキャラバンは特に優秀だし、他の神々も居るから大丈夫。それこそ君達も』


「信じますからね、盲信的なまでに」

『うん、任せて、さぁ行って』


 私も同行する事は、寧ろ神々の計画通りなのではと。

 けれど、なら行かないのかとなれば、寧ろ是非にも行くワケで。


「ネオス、ちゃんと眠れた?」

『はい』


「よし、じゃあ乗り込みましょう」


 どの部屋も一律で2人部屋で。

 私はアーリスと、けれどもアーリスは隣のローシュの部屋へ入り浸りで。


 気兼ねなく勉強や睡眠を取れるのは良いのだけれど、とても静かで、逆に想像してしまう。

 どんなワインよりも美味しい、あの最も高級な調味料より美味しいローシュを味わっているのかと思うと、どうしても想像してしまう。


 赤い椿の蜜はどんな味なのだろうかと。

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