見極め合いと娼婦と。

 こう、連日、酷使されるとは。


『コチラの方は豊満な体は勿論、今にも動き出しそうな柔らかさ、滑らかさ。艶めかしさが特に評価されています』


「成程。はい、次はあの女性」

『まだ、ですか』


「そう、やっと貰い過ぎを気にしなくなりましたか?」

『と言うか喋り疲れました』


「それ以外、痛みや不快感は?」

『いえ、有りませんが』


「なら、次はあの女性を評価して」


『分かりました』


 私が悪い、と言うか、お互いに何が悪いでもないんですが。

 こう、実際に、遠慮無しに連れ回されるとは思わず。


「疲れたなら疲れたと言ってね、所詮は余計な事をするしか能の無い異国の愚か者ですから」


 あぁ、怒らせてしまっていたとは。


『その様なつも』

「では、どういうつもりで?」


『労いだとは充分に理解しています、ですがマリッサはアナタを慕っている、だからこそ貰い過ぎだと』

「ではアナタは毛嫌いしていると、なら足りなかったでしょうね、幾ら必要ですかしら」


『いえ、私は独り身で、家も有りますので』

「では何も欲しい物が無い、と」


『はい』

「嫁も子も家族も、友人も、ですか」


 何を知られているんだろうか。

 私の何を、知ろうと。


『この身なりですので』


「そう。まぁ良いわ、休憩しましょう」


 この方の場合、単なる休憩が休憩では無くなる。

 娼婦だと思い声を掛けて来る者が多く、それこそ薄絹のベールを付けさせても寄って来てしまい、追い払うのが大変な事に。


『申し訳無いのですが、もう少し仕草の品位を落として頂けませんか』


「何故」

『高級娼婦と間違われているのです、先程から』


「あぁ、高級娼婦とは?」


『私に説明させますか』

「利用した事が無いの?」


『無いですよ、利用する意味が無いですから』

「ほう?」


 本当に分からない、知らない様子ですが。


『分かりました、ですが後で、詳しく説明させて頂きます』

「ココでは話せないの?」


『長くなりますし、本気で疲れたんです』

「分かったわ、なら休憩したら買い物をして帰りましょう」


 そこでやっと、公式サロン巡りから買い物へ。


《スパイスが豊富ですね》

「シナモンとアニスにグローブ、それからレモンとリンゴと蜂蜜、蜂蜜酒もね」

『あぁ、アレね』


「そうそう、屋台も美味しそうなモノばかりなんだし。ネオス、香辛料が殆ど使われて無いわよね、屋台料理って」

『はい、腸詰め以外は。高級品ですし、金持ちは自分で後から掛けますから』


「ならネオスが好きな物を選んでて頂戴、それからマリッサのも、私達は私達で買っているから」

『はい』


 この買い物も、後になって私の為なのだと知る事に。

 どうして私は、あんな軽口を言ってしまったのだろうか。




「先程の香辛料で、具合が悪くなった事は?」

『いえ、ありませんが』

《私も無いですー》


「では、はい、酔わない様にしてあるから寝酒にどうぞ。マリッサも、じゃあね、おやすみなさい」

『あ、はい、おやすみなさいませ』

《ありがとうございます、おやすみなさい》


『はぁ』

《あ、飲まないなら私に下さい、黙ってて差し上げますから》


『いえ、そうでは無くて』

《じゃあ何が嫌なんですか?》


『いえ、コレは、私が喋り疲れたと言ったので、お気遣い頂いてしまったのかと』

《だから、それが嫌なら私が飲みますってば》


『困るのです、こう、怒ってらっしゃったのに優しくされて。分からないんです、どうすべきなのか』


 おバカでらっしゃるんですね、ピュティア様のお遣いの方って。

 それともアレ、謝ったら負けって教えられてるのでしょうか。


《受け取ってしまいましたし、それこそ目一杯喜んで、感謝をお伝えすれば良いだけでは?》


『それだけで、良いんでしょうか』

《まぁ、先日の失言を謝る事もですけど。警戒と素直さを両立は難しいのでしょうかね?》


 あぁ、悩んでらっしゃると言う事は、難しいと思ってらっしゃるんですね。

 お顔の事で苦労してらっしゃるとは思いますが、そう穿った見方をして、何が楽しいのでしょうね。


 いや、そこまでおバカさんでは無いなら、意味が有っての事だとして。


 なら、何が問題なんでしょうか。




『昨夜はありがとうございました』

「口に合った?」


『はい、凄く温まりましたし、マリッサもまた飲みたいと言ってました』

「この前買ってたスパイスを少し入れて煮立たせたら良いだけで、でも疲れたなら今日は休んでも構わないわよ、話し慣れないと疲れるのは分かるし」


『いえ、一晩休ませて頂いたので大丈夫です』


「良いけど、もし声が枯れ始めたら、私が高級娼婦の居る場所に行くわよ?」


『念の為に、休ませて頂きます』

「宜しい、ルツを手伝ってあげて」


『はい』


 どうしてこうもまぁ、頑固と言うか融通が利かないのかしら。


「はぁ、どうしてあんなに生真面目なのかしらね」


『ローシュが怠けないからだよ?』

「うっ」


『一応、ただの旅行なのに、あんまり目立ち過ぎたら大変な事になるんじゃない?』


「大変な事、とは?」

『それこそ異国人は優秀だ、東洋人は真面目だってなったら、後の人が大変だろうし。東洋人は真面目だから奴隷にしよう、とか、それこそバレたら火種にもなるんだし。ちゃんと普通か自堕落にしないとだよ?』


「だって、自分の家じゃないし」

『家だと思って、僕もルツも居るんだから、ね?』


「アーリスは暇な時は、性行為以外で何をしてた?」

『こうやってゴロゴロしてたか、水浴び』


「あぁ、ビカズ渓谷とか?」

『ううん、ティサ川の所、ヴィシェウルイ渓谷とか』


「おま、お隣さん目の前じゃないの」

『ちょっと行けばヴィチキムって街が有るんだし、コッチまでは来ないし、会った事も無いもん』


「ウチはほぼ川が国境線だからなぁ、楽だわ本当」

『じゃないと無理矢理にでも魔王に地面を引き裂かれてたかもなんだよね、凄いなぁ』


「君とどっちが強いんだろ」

『何かが半分位になってるって聞くけど、死なないんだって、何しても』


「転生者や転移者が居て死なないとか、マジ不老不死か」

『遺体を探してたけど全然違う場所に現れた、とか、増えるとか』


「何処まで本当だか、いや、全部が本当だから最強なのか?」

『なら、それこそ世界征服したら良いのにね、意外と平和になりそう』


「いや無理だろう、何処もウチ並みなら兎も角、あの王族さんでもアレだったのよ?」

『ある程度のバカは殴らないと分からないって、クーリナが言ってたし、丁度良いんじゃない?』


「何か、当初とは違う位に変わってしまった気がするんだが」

『強くなるのは嫌?』


「強くなれたのかしら、あの子」

『王様より強い時が有ったし、強くなったんだよ、大丈夫』


「はぁ、トントンしてくれ」

『うん』


 元気かしら。

 もう結婚してるとか。


 それか、今やっと、本名を知った位かな。




《アーリス、交代ですか?》

『ううん、お昼寝してる』


《あぁ》

『夏で暇な時はどう過ごすか、とか、クーリナの話をしてた』


《泣いてませんでしたか?》

『うん、でも溜息はついてた、心配してた』


《そうですか。じゃあ、休憩しましょうネオス》

『はい』


 ネオスの違和感の正体は掴めたのですが。

 どうにも問い詰める間も、理由も無いので放置をしているんですが。


 彼を指名した理由が、逆に分からない。


『違和感、分かったの?』

《あぁ、まぁ、何となくですけどね》


『危ない気はしないんだけど、気を付けた方が良い?』


《軽めで大丈夫かと》

『んー、分かんないなぁ』


《アーリスには少し難しいかも知れませんが、ローシュなら分かるかと》


『もう、起こさないでよね、怠惰に過ごさせるんだから』

《なら私達もそうしましょう、今日は良い風が吹いてますし》


『ね、寝よう寝よう』


 馴染んでしまうと、アーリスにすらも違和感を感じなくなってしまう。

 恐ろしいですね慣れとは、誰とも同衾する気にもならなかったと云うのに。




「高級娼婦は体を売るワケじゃなくて、それこそお出掛け様の飾りなのは分かったが」

『それこそ手ほどきのみ、若い男性や女性の教育係でも有るんですが。椿姫をご存知ですかね、高級娼婦の話です』


 ローシュが反応したって事は、ローシュが居た世界にも有るお話。

 驚いた顔はしてないけど、困惑してる。


「それが?」

『美しい黒髪に黒い瞳、それが椿姫の姿とされているんです。しかもココでの椿の花は、日出する国、日の本の花として知られているんです』


「あちゃー」

《ですが、ベールを付け肌も隠していましたよね》

『先ずはその年で婚姻している証が無いのと』

『証って?』


『指輪です、対となる指輪をもアナタ方が付けて無いので』


「えー」

『勿論、巫女様ですから難しいとは思いますが、それこそ花冠ステファナの様な飾りも無いとなれば。優美さや優雅さから、どうしても、集まるのではと』


『なら僕が花冠を与えたら、どうなると思う?』


 デュオニソス様。

 何か、困った顔。


『それは』

『それこそ、テュルソスでも同じ、エリスロースがサテュロスかマイナデスと思われてしまう』


 巫女と信者じゃ全然違うのは僕でも分かる、格も位も扱いも、全然変わるんだし。


「おや、詰んでる?」

『君達が頑張って追い払うか、利用するか、それは任せるよルツ。念の為に、渡しておくね』


 ブドウの葉で編まれた花冠には、赤い椿。

 それに杖にも花。


 綺麗だけど。


『だからこそ、エリスロースでローシュ、なのでしょうか』


「あ、いや、全く意図しておりません」

『だよね、僕と会う前からローシュはローシュだったんだもの、僕も凄く運が良かったと思う』

『花の色に意味が有るの?』

『赤色は月経、付けている間は休業中。白は、営業中なのだそうですが』


「そこまでは本当に知らなかった、名と高級娼婦絡みってだけよ」

《ネオス、君が何を心配しているのかは、まだ言えませんか》


『申し訳御座いません、悪しき心で疑うワケでは無いのですが』

『僕が本物のディオニュソスかどうか、アポロンは何も言わないのかな?』


『そう、伺ってもおります』


『そう。少し時間が掛かるみたいだ、ごめんねローシュ』

「あぁ、うん、いえいえ。そう落ち込まないで下さい、美味しいですよ、ワイン」


『ふふふふ、ありがとうローシュ、またね』

「はい」


 ケンカしてるのかな、神様同士で。

 けど、仲は悪くないってルツには言ってたのに、何が有ったんだろ。

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