ワインの神様。
夜になっても嬌声が聞こえる事は1度も無く、かと言って暴れる気配も無く。
『おはようございます』
「おはようございます、ワインも食事も最高でした」
『気に入ってい頂けて何よりです』
「今日は神殿に伺っても大丈夫ですかね?」
『はい、では直ぐに馬車の手配を』
「はい、ありがとうございます」
私の外見に嫌悪を示す事は無い。
寧ろ同情的。
けれど、こうなった本当の原因を伝えたら、どう反応されるのか。
『お待たせしました、どうぞ』
「どうも」
そして神殿では、遠目から巫女と軽くご挨拶を済ませる程度で、王宮へと案内する事に。
あの忌まわしい肖像画を案内する事が無いと良いんですが。
『ソチラが気になりますか?』
歴史を知るに際し、お亡くなりになった王族の方々の姿絵を見て回らせて貰っていたんですが。
とびきりの美少年が、そら気になりますよ、色んな意味で。
「若くして亡くなってるなと」
『お体が弱かったそうで、その肖像画の完成後直後に、お亡くなりになったそうです』
「可愛らしいのに勿体無い」
『美少年がお好きでらっしゃいますか』
「それもですけど、羨ましいなと、私は容姿が良い方では無いので」
『財も美も、溢れる程に持てば嫉妬を生みますから、何事も程々が宜しいかと』
「でしょうけれど、持たな過ぎても苦労するのでは?」
『まぁ、ココでは特にそうですね、美こそ正義との考えは今でも残っているので』
「美、とは、黄金比が完璧である事のみなんですかね」
『昨今では完璧こそ美、正義と言うのはあまりにも狭量、アシンメトリーの美しさも認められてきてはいますが。整っている事が、美、ですから』
であれば、アシンメトリーなスタイルでガンガンいきますかね。
「成程、では謁見前に少し装いを整えたいのですが」
『はい、ではご案内致します』
東洋の美、とは。
ココとは相容れないのでは、とも噂されていたのだが。
「あら、変、美とはかけ離れていますかね?」
《あぁ、いや、物珍しさが先んじてしまいまして。どうかお許しを、お名前は》
「エリスロース、デュオニソス様の
そしてコルセット、完璧な西洋式の
不安定さとはまた違う、そう、アンバランスでは無いのに目を留めてしまう。
容姿の良さでは無く、スタイルに美しさを感じ、目を引く。
《流石、デュオニソス神の巫女だ》
「褒めて頂いてるんでしょうかね?」
《あぁ、勿論。では、歓迎会を始めよう》
仕草は上流、けれども気遣いは良い意味で平民的。
給仕に気軽に話し掛けるが、大臣が近付くとしっかりと距離を取る。
食事は遠慮も忌避も無く、喜んで食べている。
そしてエスコート役の付き添いをしっかりと制御し、微笑み、親しみ易いが決して気軽では無いと示している。
「宜しいでしょうか?」
《あぁ、何か不備が有っただろうか?》
「いえ、振る舞いが気になりまして。何か問題行動をしてはいませんか?」
《いや、問題が有るとするなら寧ろ我々の方だろう。物珍しさから君に近寄ろうとする者が多いが、決して害そうとしているワケでは無いのだと、そう弁解させて欲しい》
「顔が整ってはいないのに、そんなに魅力的に見えますかね?」
《アンバランス、アシンメトリーの美、だろうね。最先端だからこそ、戸惑い、心が躍る。目を離さずにはいられず、困惑しているのだろう》
「目立ち過ぎ、と言う事ですね。大変失礼しました、以降は控えさせて頂きます、申し訳御座いませんでした」
《いや、本当に、謙遜しないでくれないだろうか。慣れだよ、慣れさえすればだ、それまでどうか耐えてくれないだろうか?》
「では、お言葉に甘えて堂々とさせて頂きますね」
《あぁ、是非、そうしていてくれ》
流石、デュオニソス神の巫女ですね、ローシュは。
ココでも見事に魅力を発揮なさいました。
《見ているだけで、酒に酔った様な感覚に陥る美を体現した巫、だそうで》
「超ヤバいですわね、ちょっと意表を突こうと思ったら、こうなるとは」
《ですね》
目の前には、招待状の束。
内容としては、自分達のお気に入りの作品や作家に対する評価を求めるモノ、裏の狙いとしては。
《あの、この方は少し、女癖が悪いとの評判なので》
通訳としてココの指名制の王から賜った侍女は、どの様な意図なのかは不明だが、ココの美の基準からは外れた外見。
栗色の髪の毛に緩やかな巻き毛、そばかす、片方は二重、もう片方は三重。
名はマリッサ、意味はハチミツ、ハチミツ色の髪の子が生まれる様にと。
金髪碧眼が美しいとされ、希少さも相まって金髪碧眼で色白な者には直ぐ婚約者が決まるのだとか。
そしてパトロンも。
「成程、実際は?」
《ド派手かと》
「あぁ、なら評判と実際の評価を以降は付け加えて下さると助かるんですが」
《不明な場合は?》
「不明、で結構ですわ」
《はい、では……》
このギリシャでは国家規模で芸術家を生み出すべく、貴族は地域住民を代表し、芸術家の卵へと投資する。
そうして旅行者や商人に芸術作品を売り、儲けが出なければ手放すか、買い手が無ければ王都の労働力となる。
「ルツ、メモ出来た?」
《はい》
「ありがとうマリッサ、休憩のついでにネオスを呼んで来て」
《はい、では失礼致します》
ネオス、意味は新しい。
ココでは幼名のままか、成人の際に名を変えるかを保護者が決める、そしてパトロンが居れば名付けに介入も可能だそうで。
「マリッサの顔が誰かに似てた?」
《あぁ、いえ、ココの美からは外れる人ですから。何故なのだろう、と》
「あぁ、お願いしたのよ、同じ位の顔の基準の人を寄越してくれって」
《嫉妬させない為、では無さそうですね》
「基準点を知りたいからね」
《意外と難しいですね、アナタを嫉妬させるのは》
『僕を忘れないでくれる?』
《勿論覚えてますよ、君のお陰で痕が付け放題なんですし》
「本当にもう最初は焦ったわ」
『ローシュは少し肌が弱いからなんだけど、まぁ、良いか』
「まぁ良いかで済ますな」
『“失礼致します”』
「あぁ、ネオス、ワザと分からないフリは面倒だからヤメて。聞き取れてるでしょう」
『失礼しました、王命とは言えど害を成す為では無いと、ご理解下さい』
《あぁ、私達の為、だけですかね》
『この様な外見ですので、私への配慮も含んでおります、どうかご容赦を』
「まぁ、ルーマニアとは直接の外交は無いのだし、言語を理解してるとなれば悪目立ちをする」
《若しくは間者紛いの事をさせられかねない》
『はい、ですので、どうかご内密にお願い致します』
「何故、怪我をしたのか、どうしてそのままにしたのか答えてくれたら良いわよ」
『そこは、まだ、ご容赦を』
「信頼が足りませんか」
『いえ、話す覚悟の問題、私自身の問題ですので。どうか、お時間を頂ければと』
「宜しい、では評判と実際の評価をして、不明なら不明で結構。出席するかどうか考えるので、嘘無し、誤魔化し無しで」
『はい、承りました』
身内びいきだとは百も承知ですが、万が一にも、彼がローシュに惚れないと良いんですけれどね。
「代筆をお願いするには」
『マリッサが適任かと、私も確認させて頂きますので』
「じゃあソレで、ルツ」
《コチラでお願い致します》
『コチラでもご用意はしてありますが、コチラで宜しいのでしょうか』
「ほう」
『上等過ぎる品物は誤解を招く恐れが有るので、コレでは特別だ、と思わせる事になってしまうかと』
「あぁ、成程」
人が多い場所程、面倒な約束事が有る。
しかもお金持ちの国なら尚更、僕らの国が如何に楽なのかが良く分かる、面倒だな。
《女性に、同性に出す場合はどうなるんでしょうね》
『稀に同性愛者だと誤解されるかも知れませんが、それは決して批判を受ける様な事では無いので。友人に、と書き添えれば問題無いかと』
「そうなるのかぁ、では一律でお出ししましょう、正し友人にとは書かずに。招待に対するお礼も込めての送付とします」
『分かりました、では、失礼致します』
『大変だね』
「1番大変なのは彼らでしょう、珍しい国の人間に対してマナー違反を気を付けねばいかんのだから。管理、教える事についての責任、それとお世話も含まれる。労うべきだと思うのだけれど、どうだろう」
《仰る通り、では、アーリスにお任せしましょうかね。私の髪色は珍し過ぎて引かれてしまっているので》
「だそうだ」
『えー、ヤキモチを妬かれたくないんだけど?』
《贅沢を言わないで下さい、私は妬かれなくて腹立たしさすら感じそうになっているんですから》
『苛立っては無いでしょ』
《まぁ、安心感を与えられる位置については満足はしていますね》
「お願い」
『じゃあ食べさせてくれたら良いよ』
《では少し散歩に行って、そのまま読書でもしていますから、ごゆっくりどうぞ》
取り合うより共有する方が楽だって気付いてからは、ルツは僕には殆ど妬かなくなった。
それこそ不毛だからって、頭が良いと楽になれる。
そう王妃様を説得してた。
「君は、飽きるかも知れないとは思わないの?」
『飽きるって、慣れ過ぎる事でしょ?なら無いよ、だってローシュは色々知ってるって聞いてるし、男同士だって良いんだし』
「美味しくは無いって言ってたじゃない」
『不味いとは言って無いもん、異性で比べたら美味しくないだけで、他と比べたら美味しいし。もしかしたら慣れて美味しく感じるかもだし、ほら、野菜が食べれる様になる感じ?みたいな?』
「それでも程々にして、食べ飽きる事だって有るんだから」
『綺麗で美味しいお水は飲み飽きないから大丈夫、それよりもローシュは美味しいもの、暑い時の氷とか、寒い時のお湯。飽きないから大丈夫』
長く愛されたいって思って心配してるの、凄く可愛い。
《私の好物、ですか》
『うん、マリッサの好きな食べ物、好きな物。それから周りで人気なのとかも知りたい』
《やっぱりハチミツですかねぇ、甘いお菓子に目が無くて》
『高い?』
《まぁ、そこそこですね、私のお給金では毎日好きなだけ食べられる物では無いので》
『書いてくれる?ココの言葉と僕らのと』
《お手紙が終わってからでも良いですかね?》
『あぁ、じゃあ、ネオスに書かせて、足りなかったら書き足してくれれば良いから』
《はい、畏まりました》
『うん、じゃあね』
《はい》
何ですかね、あの美青年は。
白い肌に真っ直ぐサラサラな黒い髪、なのに青色の瞳で、細マッチョ。
穏やかな話し方に見合った声色。
ルーマニアは確かに様々な血が混ざって美しい方が多いと聞いてますけど、ココと混ざり方が違うのか。
何ですか、あの歩く芸術品は。
しかももう1方は嫋やかな巻き毛の赤毛、緑色の瞳、青白いまでの肌色。
繊細なお顔立ちなのに、アーリス様より筋肉質で背が高くて、程よい低音イケボ。
羨ましい、羨まけしからんですよ、エリスロース様。
流石です、デュオニソス神の巫女様。
なのに。
私と同じ様な顔立ちだから、と王命でココへ来た時は、騙されたと思いましたね。
確かに人種は違いますが、それこそソバカスやシミ1つ無い健康的な肌色。
豊かで美しい髪、そしてお胸、コルセットで3倍に見えてるだけだと言われてましたけど。
にしてもですよ、胸が有るのにお尻はキュッとしまってて、そうスタイルが良い。
真逆ですよ、私と真逆、胸が無いのに超安産型の大きいお尻持ちなだけで。
お顔は見慣れぬ人種だとは思いますけど、控えめなお鼻が逆に可愛らしいと思うんですよ、無駄に高いだけの私より全然良い。
それに小さいお口ですけど厚みはしっかり有りますし、真っ黒な睫毛に瞳、超男性受けが良いのに。
こんな私と同じ、だなんて。
あ、私、もうココで幸運を使い果たしてしまったんでしょうかね。
こんなお美しい方々に仕える機会は無いと思っていたので、大丈夫ですかね本当に、こんな私で。
もしかして、ただルーマニア語と文字を知ってる中から選ばれただけで、相当レアなのでしょうかルーマニア語。
いや、ワインの有名な国とは交易自体はしてますし、そうレアでは無い筈。
となると、本当に同じだと思ってらっしゃるんでしょうか。
あぁ、なら、どうにか誤解を解かないと。
『大丈夫ですか、マリッサ』
《あぁ、ネオスさん、急いで誤解を解くべきかと》
『どう、何を、でしょうか』
《エリスロース様が私と同じだと思ってるだなんて、誤解にしても過ぎるのでは、と》
『アナタの方が上、と言う』
《いやいやいやいや、私が下ですよ下、良い所と言うか自慢は尻以外は無いです。どう見ても圧勝じゃないですかエリスロース様の方が、バカですか?目まで歪んでらっしゃるんですか?王に言って変えて貰いますよ?》
『あぁ、いえ、試しただけですよ。それに私はピュティア様からの命令ですので、王命でも変更は不可ですから』
《だとしても何ですか試すって》
『デュオニソス神の巫女ともなれば淫乱、酒や性、暴力に溺れる者。と誤解する方が多いでしょうから、お守りする為ですよ、ご容赦を』
《昨晩は静かでしたけど?》
『ええ、その前も静かでしたが。もし、買い物や休憩を言い付けられたら長めに、その合間に楽しんでらっしゃるかも知れませんから』
《あぁ、お気遣い頂いての事なんですね。それこそ王侯貴族の家は嬌声で溢れかえってるとお聞きしてましたし、今の季節は何処からでも聞こえるのに、逆に静か過ぎて心配だったんですが。成程、お優しいと言うか、もしかして恥ずかしがり屋さんなのでは?》
『信者では無い方のサテュロスと呼ばれる精霊は、意外にも恥ずかしがり屋だそうですよ』
《けど、酔わせると、ですよね》
『ですが先日お酒を大量にお渡ししましたけど、大変静かでらっしゃいましたし、酒量も適量を守ってらっしゃるみたいですから。単に恥ずかしがり屋の巫女様達なのかも知れませんね』
《成程、ではご容姿について言及しても、逆に謙遜されてしまうかも知れませんね》
『仰る通り、エリスロース様は東洋の血の入ったお方だそうですから、文化的には控え目な方なのかも知れませんし』
《あぁ、なら暫くは私は様子見しますが、ネオスさんはちゃんと言ってあげて下さいね。男性は男性なのですから》
『この見た目に褒められても、嬉しくは無いでしょう』
《エリスロース様を醜いと思わないのなら別に私は構いませんし、そも見目が悪い事と審美眼は別ですし、ご病気や怪我をされた者を醜いと思うのは最も下劣な人間のする事です。ウチの家は平民だからこそかも知れませんが、そう思っていて何か問題でも?》
『いえ、流石貴族院議員の娘さんかと、ご立派ですが。王侯貴族には、未だに、そう思う方は多いんですよ』
《エリスロース様がそう言う方だ、と言う事ですか?》
『ご心配はして下さいましたが、そうで有るかどうかはまだ、分かりませんから』
《なら聞いて差し上げますよ、私も気になりますし、もし間違いが有れば諫言を呈するのも下の者の務めですからね》
『それで排除されても私は何も出来ませんよ』
《それで排除されるなら構いません、父にルーマニアの者はクソだと伝えるだけで、また勉学の道に戻るだけですし。婚約者もしっかり者ですからご心配無く》
お仕えするとはどう言った事なのか。
それこそスパルタでしたからね、ウチは。
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