飛べ、イスタンブール。

『すまんね、どうだったろうか、ウチの息子達は』

「エレン1択ですね」


『あぁ、やっぱりそうか』

「末っ子には未だギリギリ伸び代が有るかもなので、純真過ぎる部分を叩き直せば、まだ可能性は有るかと」


《ソコを、恋心も含めて、お願い出来無いかしら?》

「無理かと、完全に叩き折ってしまう可能性が高い。自分、不器用なので、少し相談させて下さい。エレンと」

『ふっふっふっふっ、流石、傾国を立て直す目を持つ美女だ』


《神々とアナタ様に感謝を、ありがとうローシュ》


 傾国〈を立て直す目を持つ〉美女。

 凄い単語の間の行間が多いことで。


 ココの神々も受け入れてくれたのは良いのだけれど、加護を与えるから王族の視察に行ってくれ、と。


 なのでまぁ、物語ならありがちだけれど、非常に貴重な体験をさせて頂いた。

 と言うか今も体験中では有る。


 と言うか、神託で転移者や転生者が来たかどうかバレるの、ズルい。

 いや、仕方無いか、危ない奴なら真っ先に知らせるべきなんだし。


『それで、どうして俺が呼び出されてるんだろうか?』

「エレン、はい勅命」


『四弟に諦めさせ、より王族としての自覚を与えよ?』

「だそうだ、協力して、な」


『マジで何なんだアンタは』

「単なる非処女ババァですわ」


『いやアンタがババァなら俺もオッサンだろうが』

「気持ちの問題ですわよ、ほれ、先ずは案を出せい」




 自称ババァは、俺らが手を出せる様な相手じゃなかった。


《長兄の嘘だって、信じてたのに》

「失礼ですが、何を根拠や論拠になさって、何を信じてらっしゃったんですか?」


 俺にだけ陛下から直接教えられたのは、とある国で教育を司るお偉いさん、と言う情報だけ。

 後はもう、自分で聞き出してみろ、と。


『ローシュさん、今弟は、今じゃないとダメですかね』

「いえ、ではエレン様にお任せ致しますね。では」


 ほら、コレだよコレ。

 もし仲裁に入れたら、そう入るだけで良いって、なのにコレで。


 でも投げっぱなじゃないんだよな。

 手紙に書いてくれって、言付けを後からちゃんと伝えさせに来てくれて、四弟の気持ちを整理させる方法をしっかり教えてくれて。


《ただ信じるだけなのも、相手に失礼だと、すみませんでした》

「いえ、コレは非常に難しい問題ですから、どうかお気になさらず」


 したかしてないか、一切否定も肯定もせず、四弟を納得させた。


 そして平和、和平に必要なのは、こうした教育だと。

 だが、外の国の女に蹂躙されるのを、当然重臣は嫌がり。


『その教育も侵略行為だって騒ぐのが居るが、まぁ、気にし』

「おいバカ息子、何故分からないのか、それを理解する為の道具が有るんだから考える事を放棄するな。何故どうして侵略行為だと思うのか聞き出せ、考査しろ、一緒に考えろ。そのまま放置はそのバカと同じだ、君は出来る子なんだから、引っ張り上げてやんなさい。国の為、親の為、国民の為に」


 言ってる事は至極真っ当で、けどまだまだ俺は反抗期で。

 彼女の弱味を握れないかと、部屋を覗いたりもしたのだが。


 後悔した、逆に、後悔した。




《本当に、見られるのが嫌なんですね》

『こんな怒ってるの初めて見たかも』


 私達が男に戻り、王宮で楽しく過ごしている所を、エレンと呼ばれる三男に見られていた。

 まぁ、気付いてはいたので、敢えて見せたとも言いますが。


「君らね、知ってて言わないのは本当にダメだ。それからお前、忘れろ、良いな」


『はい、すみませんでした』


「宜しい、では下がり給え」

『はぃ』


《弱みを握る為だけ、に。不埒だとの噂の女性の部屋を真夜中に覗く、だなんて、本当に思っているんですか?》


 本気で、自分には魅力が無いと信じ切っている。

 だからこそ、青天の霹靂だったのでしょうね、暫く目を見開いてから追い掛けて。


「お前、何で覗き見ましたか?弱味を握るだけ?」


 彼が、エレンが真っ赤になった事が、何よりの答え。

 流石に理解してくれましたかね、ご自分の魅力を。




『兄弟達よ、俺は今日、失恋よりも手酷い出来事に遭遇した』


《あらあら、それは親としても聞かなくてはなりませんね》

『そうだな、聞かせて貰おうか』


 才能に惚れたのか、人柄に惚れたのか、珍しいから惚れたのか。


 そもそも、惚れるとは何か。

 愛とは何なのか。


 のぼせ上った頭を冷ます為に、それこそ氷水にエレンはじっくりと漬け込まれた。

 友好国の才女、ローシュによって。


 学が無さ過ぎても、学を詰め込み過ぎてもいけない。

 そう流浪の転移者様に教えられた事を守っていたつもりだったのだけれど、親としての甘さは、どうにも抑え難い様で。


《教え過ぎも教えなさ過ぎも良くない、そう自分達を律してきたつもりなのだけれど、ごめんなさいねローシュ》

「あ、いえ、王妃様。頭を上げて下さい、凄く困ります」


《ごめんなさいね、ちょっと悔しくて。どうしてエレンもダメなのかしら?》

「あぁ、素直で助かります。より良い愛を既に知っているので、私にしてみたら未熟ですねと。断ってはいませんよ、考えてくれと言っただけだったんですが。まぁ、年が倍も違うのはちょっと、本気で無理ですね」


《もう、また冗談を》

「本当なんです、残念ですが」


《倍も?》

「倍近い、にしておいてください」


《ぁあ、そう、それじゃあ子供に思えても致し方無いわね》

「と言うか、弟ですね、弟に手を出すのは禁忌ですから」


《そう思っては下さるのね》

「良い子は良い子ですから」


《そう、ありがとう》

「いえ、では」


 全てを弁えるのは、実はとても難しい。


 年は関係無いとの甘言に流されず、己の立場を弁え、身を律する。

 立場を忘れず行動する、考える事は、意外にも難しい。


《彼女は国を代表して外遊を行っている。そんな彼女が、もし甘言を信じ、アナタ達のウチの誰かの子を妊娠してしまったら、アナタ達は愚かだとは思わないのかしら》


 愛が有れば構わない。

 それはただの平民なら、単なる流浪の民なら構いません。


 ですが、彼女は王侯貴族。

 国の金を使い、国の為になる様に外遊をしている。


 なのに、愛の為に本位を捨てるなど。


『お前達がソレを喜ぶなら、残念だが、この国は滅ぶだろう』


 立場、役目。

 それらを全うせず、愛を追い求めて良いのは平民だけ。


 何故なら、民の金、税金で私達は国の事を考える立場として育てられたのですから。


《愛の為、市井に降りても構わないわ。けれども今まで使われてきたお金の分、時間、機会。それらを返してから、市井に降りて頂戴ね》


『市井に降りる降りないに関わらず、先ずは算出方法を出しなさい、コレは愛に逃げようとした罰。互いに律する行為を疎かにした罰、連名、連座、連帯責任だ』


《低きに流れる者は平民だけでは無いの、生き物全ての宿命。ですが私達は王族、嫌なら王族としての立場を退くか、死です》

『愚かな王族は民によって滅ぼされ、果ては国が滅ぶ。真に民を思うのなら、誰よりも自分の立場を忘れてはならない、それこそが王族の役目なのだから』




 ですが、ご褒美も無いとね。


「素晴らしかったです、が」

《あら怖いわ》

『ふむ、足りなかったか』


「いえ、この先です」

『ほう』


「躓く手前で、市井での生活を体験してみるかどうか、選ばせましょう。それがご褒美となるか、ご褒美とするかはご両親次第、かと」


『成程』

《けれど、いきなりは、ねぇ》

「そうです、そこは皆さんで考えて下さい。最適な時期、最適な教え方、最適な環境。それらを皆さんで考え、より良い将来の為に使うのです」


『それは、平民にも応用出来るのだろうか』

「勿論、そのまま転用するだけでは難しいでしょうけれど、大事なのは応用ですから」

《ふふふ、使える様に改良する、のね》


「海を塩に変え、塩を金に変え、生きる糧に変えた。なら簡単かと」


『ふむ、全く、こう持ち上げるとは。相談させて貰うよ、ありがとう』

「いえ」

《さ、アナタはもう行って頂戴、まだ私達女には話が残っているの》


『やれやれ、では下がらせて貰うとするよ』

「はい」

《ふふふふ》


 何かと思えば、性教育の事で。


「何故、末っ子様を差し出す様な真似を」

《だって、身近な者に教えさせては偏りを生んでしまうかも知れない、かと言って溜め込んで暴走させるワケにもいかない。なら、アナタが最適じゃない?》


 最適。

 その単語を広めたのが間違いだったか。


 いや、コレは。


「彼を王に据える気ですか」

《最適を考えると、ソレも有りかも知れないわね》


 王が性に溺れない様に、ご自分で制御が出来る様にと。

 いや理屈は分かりますが。


「え?まだ何もご存知無いとか?」

《そうなのよ、精通はしているのだけれど、兄達がアレだから。だからこそ雛鳥の様に刷り込みが有っても、アナタなら大丈夫でしょう、そう会える事は暫くは無いのだから》


「アレだけ折って、まだ、ですか」

《さぁ、どうかしらね?》


「もー、話し合って確かめるしかないじゃないですかー」

《あら、嫌なら良いのよ、それこそお付き添いの方に教えさせても構わないわ。けれど、どうかしらね、正室を娶れなくなってはエレンを据えるしか無くなってしまう。かも知れないわね?》


 コレは破格の取引材料になる。

 重役予定のエレンに恩を売れるし、末っ子ちゃんの制御の一端を担える、かも知れない。


 友好国的には非常に美味しい。

 だが。


「迷うのは、私にも利点が有るからです」

《良かった、可愛いでしょ、ウチの子》


「まぁ、はい」

《ふふふ、大丈夫、流石にアナタの凶器を使えとは言わないわ。虜にされては困るもの》


「そんな、使いませんけど、マジで凶器でも何でも無いですからね」

《どうだか、あんなに素敵な彼らを虜にしてるんですものって、もっぱらの噂よ》


「もう、具合を聞き出して頂いて構いませんから、幻想を抱かないで下さい」

《あら良いの?》


「秘儀も何も無いですし、凶器でも無いので、どうぞ」

《でも、妬かないで頂戴ね?コレでも私、必死なの》


「あぁ、そんなに大好きですか」

《じゃなければ尽くし合えないわ》


「ご尤も、お困り事が有ればご相談に乗りますから」

《それはソレ、コレはコレ、あの子の事を宜しくね。私は私で聞かせて貰うわ、ふふふふ》


 自分は本来は平民、しかも特段に頭が良いワケでも無いので。

 だからこそ、こう利用されてしまう事も有るワケで。


 いや、良いんですけどね、ご褒美にすら思ってますけど。




『美味しかった?』

「アーリス、その聞き方は困る」


『好きになった?』

「それ、聞いてどうするの?」


『んーーー』

「どうだ、参ったか、それがどうしようも無い場合の嫉妬心です」


『僕が適当に初体験をしたって言った時、こんな気持ちだった?』

「燃焼速度や燃え方は違うけど、似てる」


『ごめんね』

「コチラこそごめんね、美味しく頂きました」


『んーーー』

「顔と反応は好きだけど、お付き合いする、長く居たいと思う程の好きでは無い」


『ちょっと好き?』

「外側と中身の一部だけね」


『全部好き』

「けど今日はしないぞ、絶対にルツが意地悪をしてくるんだから」


『あ、王妃様が様子を見に来て良いって、ルツもおいでって』

「つまりは来いって事か、ややこしいな」


『そうなの?』

「じゃないとルツが拗ねる、心配してくれないのか、妬いてくれないのかって」


『あぁ、そっか』

「では、行きますわよ」


『うん』


 女に囲まれてたルツが、ローシュが来た途端に凄く嬉しそうに笑ったから、少なくとも王妃様は凄く喜んだ。

 ルツがローシュを本当に好きなのか、ちょっと心配してくれていたから。


 他の女は、やっぱり自分の方が美しいと思ってるからか、ローシュが好かれる事を納得してない。

 国によって美の基準は違うし、良さも異なるのに、そうやって直ぐに自分を基準にする。


《本当に、メロメロね》

《はい》

「先ずは何を聞いたのかを聞きたいんですけど、良いですかね?」


《そうね、アナタ達は。そう、その席の子達は下がって良いわよ、お疲れ様》


 侍女達の半分以上を下げて、王妃様が相談したかった事は。


「あぁ、潤いが、成程」

《年を重ねるとそうみたいで、けど、ほら、バレたくは無いじゃない?》

《ココでは油だそうですから》


《あの人には良いのよ、けど、周りにね》


 王妃様が手で示したのは。


「あぁ、洗濯で」

《そうなの、それって何だか、悔しいじゃない?》

《アレなら、そうバレないかと》


「そうね、それこそ量を調節すれば、お盛んでしたねって位で済む程度のぬめりだし」

《あら、自分で洗ってみたのね?》

《彼女は何でも自分で試してみるので、だからこそ、心配になる事も多いんですよ》


《そう、そうして構って貰う手法も有るのね、流石だわ》

「いや手練手管とは違いますからね?」

《こう自覚が無い所も可愛いんですよ》


《成程、いじらしさね》

「意図せずですみませんでしたね」

《こう気位が高い所も好きなんです》


「もー、話が終わりならコレでしまいにして下さい、キリが無くなる」


《惜しいわぁ、お嫁様に来て欲しいのに》

《生憎と私と私の王の国のモノなので、偶にお貸しする程度で我慢なさって下さい》


《そうね、我慢するわ》

《では、品物を用意させてきますので、ご使用方法は彼女からお聞きになって下さい》


《あら、使い方が難しいのかしら》

「いえ、ただ、応用方法の事かと」


《あらあら、コレは詳しく聞かなくてはね》


 お仕置き用の使用方法。

 最高級の凄く柔らかい薄絹を浸して、男に使う方法で。


 女達はきゃあきゃあ言ってるけど、僕もルツも本当に苦手。


 痛いとかは別の苦痛、苦痛って言うか、快楽なんだけど。

 快楽を過ぎて苦痛、くすぐったいのともちょっと違って、凄く大変。


「浮気した時等、殴りたい時に良いかと。ただまぁ、相手によってはご褒美になってしまう者も居ますし、それこそ慣れたらご褒美になってしまう可能性が大きくなるかも知れないので、程々に。最終手段、奥義、奥の手で」


《誰かで、試してみたいわねぇ》

「それこそ拷問かと言われる位なので、適格者を選ぶべきかと」


《あら、なら最適な子が居るわ、ふふふふ》


 王妃様が選んだのは、長兄。


 分かる。

 僕も一緒に見てたけど、あんなのとローシュを同じ様な女だって思われたくないし、ローシュならもっと。




「私を抱いて無いと言う事が、コレで分かって頂けましたかね」


《あぁ、うん、すまない》

「と言うか、見てましたけど、あの程度の技量で抱こうとするとか逆に失礼ですよ。甘く見過ぎです、圧倒的に何もかもが足らない、コレ1滴分も濡れませんわよ下手クソ」


《だね、うん、お恥ずかしい限りです》

「では、指導係の教育に行きますので、コレで失礼致しますね」


 しないでも分かってしまう。

 これだけ完全にやり込められたら、嫌でも分かってしまう。


 そう、圧倒的な技量の差を。


《手だけで、うん、勝てる見込みが無いと分かった》

『怖っ』

『またまた、どうせ惚れた弱味、とかだろ』


《いや、私はほんの少し体験しただけ…いや…体験したと言うか、全く理解を超えていた……潤滑液を侮っていたにしてもだ》

《分かります、僕も少しですけど、はい》

『怖っ』

『あ、ありのまま、起こった事を話せよ』


《あぁ、良いよ。私の目の前には、彼女の手と薄絹、それと潤滑液だけ。それだけで、一瞬でもう、何を言ってるのか分からないと思うかも知れないけれど、私も何をされたのか分からなかった……頭が、どうにかなりそうだった……。催眠術だとか、惚れた弱味だとか、そんなものじゃない、断じて……。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったんだ……》


 凶器、とは。

 彼女の性器の事などでは無かった。


 彼女そのものが凶器。


 甘く見て握り込めば、その一瞬で指を落とす抜き身の両刃。

 彼女自身が使い手で、彼女こそが刀身。


『ど、どうせ取られたく無いだけだろ、そもそも俺は興味が無いん』

《そうじゃないんだ本当に、もう、私は本当に足元にも及ばないと理解したんだ》


『にしてもだ、そもそも長兄の鍛え方が甘いだけだろ、そう1人でするもんじゃないとか言ってたんだ』

《いや、だが。うん、君も味わってみたら良いさ、如何に侮っていたかが良く分かる筈だよ》

『怖っ』




 汝、侮る事なかれ。

 侮れば。

 侮った道を行けば、どうなるものか。


 侮るなかれ、侮れば道は無い。

 侮った先へと踏み出せば、その足が消え、その足の持ち主すらも消えてしまう。


 侮るなかれ、侮っていると言われる限り、決して踏み出す事なかれ。


 それでも踏み出したいのなら、行けば良い、行けば分かるさ。


『長兄、本当に、すまなかったと、思っている』

《良いんだよ、体感、体験してみなくては分からない事も有る。君はそう、そうしっかりと学んだのだから、それで良いんだよ》


『ありがとうございます』

《では、今までの失礼を謝罪に行かなくてはね》


『はい、行って参ります』

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