刺青と刺繡。

 事の発端は、精神を操る魔法を防ぐ為の魔法についての講習を、ルツから受けている時だった。


「刺青」

《痛みは消して下さるそうですが、感染症が不安ですか?》


「いや、そこは大丈夫なんだが」


 男子は頭皮に、女性は前面の正中線に見える様に施すんだそうで。


《では、何が?》

「頭にやりたいんだが?」


《丸刈りになる気ですか?》

「うん」


《手入れが面倒なら私がしますから》

「いや安全面でよ」


《ですが、それこそ見えている方が良いんですよ女性は、既に対策がなされている事が安全に繋がりますから》

「あぁ、成程」


《しかも誰かのモノだと分かる印が有れば、尚、ですし》


 印章、それこそ既に指輪型の印鑑的な物が王侯貴族には普及していて。

 その家紋を新規で作るかどうかの思案中でもあって。


『ふふふ、凝ったモノが本当に好きね』

「アリアドネさん、本当もう、困っちゃう」


『それで、良い案を持って来たのだけれど。多分、アナタは気に食わないかもなのよね』


「逆に、凄く、気になるんですが?」


『印章は凝ったモノにって、そうなると指輪より腕輪の方がより細かく出来るし、他の魔法も載せられるわよねって』

「良いじゃないですか」


『特別、になっちゃうのよね、ソレだと』

「いえ、もう、外見がコレですし。特別で結構ですわよ」


『あら、そう、ならこんな感じで考えてるのだけれど』


 この時に先ず、1回、気付くチャンスは有った。

 けれど印章を見まくってたのと、実はデザイン画が反対だった事も有り、見抜けなかった。


 薔薇だ棘だ、トライバル柄で素敵やん。

 とか思って許可した時の自分に言いたい。


 それ、罠やで、と。


「素敵」

『あぁ、それと除毛剤の事なのだけど、私のを先に試してみても良いかしら』


「是非」


 そうして、入浴剤に浸かると、すっかりツルツルに。


『どうかしら?』


「出来たら、コレが人の手で出来たら良いんですけどね」

『痛みも無しには、アナタの居た時代でも無理でしょ?』


「そうなんですよねぇ」


『じゃあ、次は刺青ね、このまま横になって』

「うん?はい」


 そう、ココでも気付けたかも知れないのに。

 ぬかった、迂闊だった。


『はい、おしまい』


「ちょ、コレは」

『そう、知っているのね』


「淫、紋」


『効果はもう、知っているのでしょ?』


 そう、この時も。

 単にカマかけに引っ掛かってただけで。


「ぅう、何となく」

『そう、例えば?』


 あまりの動揺に、ポロポロと言ってしまったのだが。

 実際には殆ど知らなかったそうで、避妊の効果さえ発現すれば良かったらしく。


 本当に、迂闊だった。


「とか、まぁ、はい」

『素晴らしい魔法の効果だわね、さ、効果はどうかしら』


 そう効果が出てしまう、そう思い込んでしまっていた。

 プラセボから魔法へと昇華され、アリアドネさんの手で覆われていた刺青が、鮮やかに発色していった。


「ひぃ」

『はいはい、大丈夫大丈夫、避妊効果は完璧よ』


 いや、そうしたらもう、断れないですやん。


 詰んだ。




《綺麗に発色するモノなんですね》

「知識が有る自分が恨めしいと初めて思ったわ」


 アリアドネ様とデュオニソス様の魔法、それからダイダロス神の魔道具が融合された刺青。

 魔法印。


 欲情すれば鮮やかな赤紫色に発色し、対となる印の無い者が見れば、最も嫌悪する黒い柄に見えるらしく。


《王が蜘蛛嫌いとは、初めて知りましたよ》

「髑髏に蜘蛛ってカッコイイと思うけどね」

『何で王には恥ずかしくないの?』


「そらお互いに仕方無く見るんだし、奥様方も居たんだもの、仕事よ仕事」


《発色されるかと思ったんですけど、杞憂でしたね》

「いい加減に信じてくれませんかね?」

『僕らには魅力的だもの』


《ですね、妬くのは仕方無い事ですから我慢して下さい》

『じゃあ僕は先に寝ててあげる、おやすみ』

「おやすみ」


《どうして眠ろうとしているんでしょうか》

「寄る年波に勝てないのです」


《なら直ぐに済ませすから、何もせず横になってて大丈夫ですよ》

「ちょ」




 最近、若返った若返ったと五月蠅く言われる。

 特に王妃様や侍女達に。


 最初は煽ててるんだか社交辞令なんだか、それこそルツやアーリスとの事を誂いたいのかと思っていたのだけれど。

 本当に、マジで張りが戻って来たと言うか、何と言うか。


『あら、気のせいじゃないわよ?』

「アリアドネさん?」


『それこそ竜の加護、不老長寿』


「いや、けど、体を既に」

『あぁ、あの時はアナタが若返りを強く否定していたから、体の不調を取り除いただけ。けれど竜の番なのだから、ね、体が最も良い時期へと変化しているのよ』


「良い時期て」

『だって、年だ年だって逃げ回るから、アーリスの魔力が与えられているの。あの子の精を受け続けていれば、同じ年まで生きられるわ』


「そこまで長生きはちょっと」

『ふふふ、そこまでは大丈夫、次の手を考えてあるわ』


「それを、今聞くには?」

『ダメね、お楽しみは取っておいた方が良いし、その手を頼って適当に生きて貰っても困るもの』


「あぁ、はい」

『良い子良い子、ふふふ』


「こうして、サキュバスの伝説が作られていくんでしょうかね」

『かも知れないわね、ふふふふ』


 若いだ何だと言われるが。

 無いわぁ、コレがサキュバスは無いわぁ。




《はい、お礼だ姉上》


「何の」

《あの魔法印が女性達にも好評なんだ。貞操の証明もだが、言わずに誘えるわ断れるわで、便利なのだとさ》


「あぁ、それこそクッションにお返事でも刺繡しておけば良いのでは」

《ほう》


「こう、片面に良い時、悪い時と。それこそ蕾と満開の花を刺繡されたクッションをベッドに、どちらかを表にして、置いておく。とか」

《ほうほう》


「あまり断ってもアレですし、いざって時用って事で、日頃はソファーにでも置いておくとか。後は花の種類で趣向を変えるとか、とか?」


《天才か》

「向こうの知識の流用です」


《でもだ、ココで応用や転用可能な技術かどうかもだが、姉上が居なければ技術の出所が怪しまれる。うん、やっぱり視察に行ってくれ》


「あぁ、やっぱり、そうなりますよね」

《悪目立ちしたくないなら、こそだ》


「外遊で様々な知識を得て帰って来たかどうかで、周りの目が変わる」

《間も無く印章も出来上がるんだし、頼む、マジで》


「目立たない為、はぁ」

《それか、また見合いしまくるか》


「外遊しますぅ」


 どうしても姉上を排除しようとする輩を減らすには、時間が掛かる。


 王妃がコチラ側になった事で、かなり勢力図は変わったが。

 姉上が勤勉であればある程、怠け者には脅威として映る。


 今回、排除派には旅行に見える様に、敢えてそう手配をする。

 トルコ、ギリシア、そしてローマへ。


 アレだよアレ、真の目的は新婚旅行な。

 クーリナにお願いされてたんだよ、コレ。




『うん、食べ易くなって良い感じ』

「本当に、もう、無邪気さを含んだ感想は凄くキツい」


『前も前で嫌じゃないよ?』

「ぅう」


『長生きは嫌?』


「生かして貰ってるだけでも有り難いのに、貰い過ぎてる気がする」

『僕も気持ち良いし美味しいのに?』


「ぅう」

『お互いに利益が有るのはダメなの?』


「ダメでは無いけど、羨ましがられる様な事が、怖いんだと思う」


『竜の竜を咥え込んでるローシュは化物並みなのか、って言われてるけど』

「凄い言い草をされてるのね」


『そう羨ましがられない様にしてあるから、だから大丈夫だよ』


「ほう?」

『他の人には、こうだ、って見せた』


「どうしたら勃起したのを見せる事になるの?」

『敢えて、医者の卵達に』


「あぁ、そら化物並みかとも思われるわな」

『キモぃ、って小声で言われた』


「あぁ、よしよし」

『シロサイとかフォッサみたい、とかも言われた』


「シロサイは分かるが、フォッサが分からん」

『シュッとしたオオヤマネコみたいなんだって』


「へー」


『試す?』

「試したいの?」


『だって10人居たら3人位しか満足出来無いんでしょ?』

「雑なら10人に試したって0でしょうね」


『満足してくれてる?』

「経験者なら分かるだろ?」


『もっと上が有るかもだし』

「向上心だけ頂いておきます」


『キモぃ?』

「いや、凄いなとは思うけど、そもコレ幻惑とかじゃないの?」


『触ってみたら分かるかもよ?』


「触って欲しいの?」


『嫌ならいい』

「嫌では無いけど」


『本当に?どこまでなら平気?』


「君、足りなかった?」

『嫌ならいい』


「分かった分かった、嫌じゃないからそんな顔をするな」


 少し心配してたんだけど、ローシュは本当に嫌がらなかった。

 優しいとはちょっと違うけど、優しい、しかも悲しそうな顔をすると我儘でも聞いてくれる。


 けど、ちゃんと線引きが有るから、超えると凄く怒る。

 怒ると触らせてもくれないから、怒らせない様にしてる。


 それから悲しませない様にも。


 だからちょっと恥ずかしかったけど、誰も羨ましく思わない様に、敢えて見せた。

 コレは王妃様の案。


 不器用だけど、ちゃんと優しい王様の奥さん。

 流石にコレ見せた時はドン引きしてたけどね、別に平気。


 ローシュにドン引きされたり、嫌われる方が嫌、って言うか想像するだけで死んじゃいそうになる。

 無理、本当に無理。


『どうだった?嫌ならちゃんと言ってね』

「嫌じゃないよ、大丈夫」


『じゃあ好き?コレ』

「慣れるまで人間のと同じので暫くお願いします、体力は直ぐに付かないんだから」


『分かった』


 良かったって事なんだ、良かった。

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