新章開幕
柊が上空に向けて指を差した。
俺は彼女の指先に視線を向けると、其処には黒い物体が宙を浮いていた。
巨大で、大きな島の様なもの、雲を覆う程に大きなそれは、月が落下でもしてきたのかと思ってしまう程に大きい。
「なんだ、ありゃあ」
ぐちゃりと、腐った果実の皮が剥ける様な音が響いたかと思えば。
眩い光が、その開かれた球体の中から光を放ち出して…俺はそれが危険なものだと察する事しか出来なかった。
「ちィ!」
俺は身を覆い隠す。
ついでに、傍に居た柊を庇ったと共に。
甲高い音と共に、周囲のあらゆるもの、全てが光に包まれた。
その後、訪れるは音すら焼き尽くされた空間。
熱が我が身を焼き焦がす、その痛みを覚えた俺は、強く柊を抱き締めた。
俺はまだ、耐えられるかもしれないが…柊は耐える事は難しい筈。
そうして、この体が光によって焼き尽くされる前に、暴風が体を攫った。
それは、爆風だった。瓦礫や、破片が体に突き刺さりながら、俺は風に吹き飛ばされてしまう。
「ぐ、おおおおッ」
そうして、意識が一瞬だけ途切れる。
いや、それは、俺にとっての一瞬だと思ったが、世界的な時間からして見れば、一時間、半日であったかも知れない。
ともかく、俺が目を覚ました時。
其処には、暗闇だった。
重くて、苦しくて、息がし辛い。
俺はどうやら、瓦礫に埋め尽くされているらしい。
身動きが取れない状態だが、それは普通の人間であれば、だ。
今の俺は、常人よりも強力、さらに加えて牛革すら着込んでいる。
どれ程瓦礫が積まれようとも、俺の力の前で、瓦礫を押し出す事など簡単だ。
「ぐ。ふうううッ」
俺は息を吐いて、体を起こした。
周囲を見回して、俺は眉を顰めた。
何もない、何も残されていない、周りは瓦礫だけで、人らしい影も、化物らしい影も、存在しなかった。
「なん、だよ…何が起こったんだよ」
俺が、そう思いながら体を触る。
肩に背負っていた黒刀は…無事だった。
しかし、俺が抱き締めていた筈の、柊は何処にも居ない。
「クソ…柊、何処だ…千幸ッ」
あれは、爆発だったのだろうか。
もしかすれば…ゾンビが蔓延る自国に対して脅威を感じた他国が、病原菌を封じる為に、核弾頭を発射したのだろうか…。
そんな筈は無い、とは思わない。
だが、だとすれば、あの黒い球体は、一体なんだと言うのだろうか。
…ナノマシンが出来る時代だ、あれが兵器だったとしても、驚く事も無い。
「誰か、誰でもいい、居ないのか?」
この爆風で、知性ある人間が死んだなんて。
俺一人で一体、どうしろって言うんだ…。
瓦礫の山を掻き分けて、俺は柊が居ないかを探す。
「クソ、邪魔だ瓦礫、『
黒刀を抜き放つと共に磁力操作能力を使役。
これによって、周囲の瓦礫に繋がっている鉄筋や地中に眠る鉄分を無理やり押し上げて瓦礫を掻き分ける。
「おい、何処だ!」
俺がそうして探して、人間の体を見つけた。
白い肌が砂で汚れてはいるが、胎児の様に身を包んで身を守っている柊の姿を確認する。
「おい、柊ッ!」
俺がそう叫んで、柊を瓦礫の中から取り出した。
彼女は無事だった、いや、無事と言えるのかどうか分からない状態だ。
俺は肉体をスーツで覆っているから、辛うじて爆撃にも耐える事が出来たが、彼女の体はケロイドの様に体の半分が溶けていた。
それでも、千幸の機械細胞を摂取した事もあるのか、彼女の傷口は時間が経過する毎に修復されている。
「…脈はある、生きてるな、良かった」
彼女の安否、生きていると分かっただけでも良かった。
だが、これからどうすれば良いのだろうか。
「千幸、…」
あの爆撃、中心が学校から離れていたとは言え、かなりの距離まで吹き飛ばされた。
学校の建物、その周辺に居たゾンビや人間の命は、亡くなっている可能性が大きい。
「いや、探すぞ、俺は」
千幸が死んでいる筈がない。
俺には無い医療用のナノマシンを持っているんだ。
あれがあれば、千幸だけなら爆撃にも耐えてくれた、と。そう願いたい。
いや、きっとそうだ。だから、探しに行かないと。
「おい、柊、動けるか?」
俺の言葉に柊は何も言わない。
まだ意識を落としているらしいが、どうするか。
「…どうする、じゃねぇだろうよ」
俺は柊を掴んで背中に背負う。
此処まで一緒だった、だったら最後までは面倒は見てやる。
そう思いながら、俺は柊を連れて、右も左も分からぬまま、千幸が居た学校を探す事にしたが。
「はッ…はッ」
声が聞こえてくる。
遥か向こう、人の影が米粒になるまでに小さく見える遠い位置。
其処から、何かが走って来るのが見えた。
器官能力が向上している俺の眼球が、カメラのズーム機能を素で行う様に、その人間を確認した。
「…ゾンビかよ、しかも走ってやがる」
それはゾンビだった。
顔面は灰色で、血管が浮き彫りとなり、その浮彫となった血管には琥珀色に光り、そして心臓部も光っていた。
その手は最早人間とは呼べぬ程に、獣の如き爪が生えており、その姿は人間では無く獲物を狙う獣のようだった。
「ゾンビが進化したのか?あれは」
ただ一体だけじゃない。
複数、まるで監獄が壊れて逃げ出した脱獄囚の様に、大勢、走るゾンビが迫って来ていた。
「耐久性はどの程度か調べてやる」
俺は鉄分を含んだ瓦礫を操作すると、複数の瓦礫が浮かび上がる。
その瓦礫を操り、鳥の集合体の様に羽搏かせると、こちらへと向かって来るゾンビに向けて放つ。
奔るゾンビはその攻撃を受けて体を半壊させた。
耐久性は普通のゾンビよりも脆いと、俺は思った。
だが、その機動性は普通のゾンビとは違う、俺が遭遇した殆どのゾンビは、ただ歩く事しか出来なかったが、このゾンビたちは走る事が出来る。
下位互換な所はあるが、上位互換な所もある、一長一短と言った所か。
「ヴぉおおおお!!」
大声でまき散らして俺の方へと向かって来る。
上等だ、全員ぶっ殺して経験値にしてやる。
俺が黒刀を使ってゾンビを切り裂いた。
そして黒刀の能力、磁力を帯びたナノマシンをゾンビの肉体へと流し込んで磁力を帯びさせる。その状態で俺が磁力操作を行い、反発力を利用してゾンビの肉体を四散させた。
「ん…」
そうして俺が片手で戦っている時、柊がゆっくりと目を覚ました。
俺の背中の上で体を動かしている柊に、俺は声を掛ける。
「動くんじゃねぇぞ、柊、全員俺が倒してやるから」
折角助けた命だからな、出来る限り、守ってやりたいと思うのが常だ。
接近してくるゾンビに向けて瓦礫を弾き飛ばす。
噛み付こうとしてくるゾンビには瓦礫を盾にして噛み付きを回避する。
急に、背中が重たくなった。
ゆっくりと、柊が俺の首に手を回してきて強く抱き締めてくる。
「そんなに…わたしの事…」
「あ?」
口調が何時もと違ったので、俺は柊の方に顔を向けようとした時。
柊は即座に俺から手を離して、おんぶから逃れた。
そして柊は、近くに居たゾンビに向けて、俺が浮かばせていた瓦礫の鉄筋部分を掴んで、頭部を思い切り殴り付ける。
倒れるゾンビ、そして柊はそのゾンビに向けて牙を向けると共に、そのゾンビの肉を喰らった。
「何してんだ柊ッ…!邪魔だ雑魚共!!」
黒刀を使って、周囲の雑魚を斬り殺す。
そうして、ゾンビによる大襲撃をなんとかやり過ごし、周囲にはゾンビの死体が出来ていた。
「はあ…クソ、すばしっこいゾンビ共だ…おい、柊」
俺がそう言って柊の方を向くと、彼女はゾンビを喰らっていた。
まさか、柊もゾンビになってしまったのかと思い柄を強く握り締める。
「あ、ひぃくん、ひぃくんっ」
口周りを血だらけにしながら、彼女は嬉しそうに飛び跳ねていた。
そして俺の方に近づくと胴回りを強く抱き締めてくる。
「おい、柊」
「んー、ひぃくん」
…なんだ?さっきの時は正気に戻った様な感じだったのに、今は違う。
また、幼児退行した感じになっているな…だけど、彼女のケロイドの部分は治っている。
ゾンビを喰らったからか?俺の知らないまったく別の治療法でもあると言うのだろうか。
俺は不思議にそう思っていた。
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