本当に除霊できないか検証してみる 1


「お主は呪われておる!このままだと地獄に落ちるぞ!」


「ひいっ!?」


 慢性的な腰痛に悩まされていた青年。川村修二は、知人の勧めもあって有名な霊媒師の元を訪れていた。

 大した説明もなくいきなり通された部屋に待っていたのは、テレビでよく見るような、いわゆる”霊媒師”の格好をした中年男性だった。


 全身白一色の和服に何やら物々しい装飾品を身に着け、厳めしい顔つきで彼を睨みつける。

 それだけのことだったが、もともと気の弱い修二は何か悪いことをしたような気分になり、とっさに身構えてしまう。


 面白半分で顔を出したことがさっそくばれてしまったのではないか?特に理由もない不安感が修二を襲っていた。

 一瞬の間を置いた後に、その霊媒師が口に出したのがさっきの言葉だ。

 堂に入った声ではっきりとそう言われてしまい、鼓動が跳ね上がる。


「お主の背後にくっきりと霊が見える。凶悪な狐の霊じゃ……。もともと動物の霊は力が強いが、中でも狐は質が悪い。最近、身に覚えのない痛みや、動悸はないか?」

「は、はい……あります……」


「やはりか……お主の顔に死相が浮かんでおる。このままでは、悪霊に呪い殺されてしまうぞ」

「本当ですか?」


 とんでもないことになったと、滝のように汗が流れる。

 大学のゼミまで余裕があったこともあり、時間をつぶすため軽い気持ちで訪れたつもりだったのだが、いつの間にか大変な事態に巻き込まれていた。


 軽い腰痛だったはずだが、どうやらこれは死の予兆らしい。

 言われてみれば、最近実験で失敗ばかりするし、教授からの視線も冷たい気がしていた。

 憧れの女性は一向に振り向いてくれないし、就職先も決まらない。

 修二の頭の中で、何かが線でつながった気がした。


(そうか、あれもこれも、全て悪霊の仕業だったんだ……!)


 合点がいったが、だからと言って助かるわけではない。霊媒師曰く、自分は相当強力な悪霊に呪われているらしいのだ。

 両手を合わせ、拝むように霊媒師に頼み込む。


「お願いします!どうか、悪霊を払ってください!」


 修二の懇願に、霊媒師は大仰に頷く。

 胸元から豪奢な造りの数珠を取り出し、頼もし気に声を荒げた。


「悪霊のせいで不運続きの毎日であったろうが、お主にも一つだけ幸運が残されておったようだ。日本でも屈指の霊能者であるこの儂、大文字だいもんじたけしの元を訪れたのだからな!」


「あ、ありがとうございます」


 奇麗に切りそろえられた髭をなぞりながら、霊媒師は一転して難しい表情を浮かべた。

 修二の背後にいるのだろう、狐の霊を睨みつけ、なにやら苦し気なうめき声をあげる。


「しかし、お主に憑りついておる霊は相当に強い。儂でもそう簡単には除霊できぬようじゃ」

「そ、そんな!?僕、このままじゃもうすぐ死んじゃうんですよね!?」


「慌てるでない。時間がかかるといったのは、通常の手順を踏んだ場合じゃ。普通ならば毎日祈祷を捧げ、祓いの儀式を行うところだが、今回はそんな余裕はない。そこで……じゃ」


 数珠の次に霊媒師が懐から大事そうに取り出したのは、一枚の破魔札であった。


「これは、儂の師匠が生前書き遺してくださった大変貴重かつ強力なお札でな。これであればどんな霊であっても瞬く間に消し去ることが可能じゃ」


「そんな強力なお札があるなら、最初から言ってくださいよ」


 安心したようにため息をつく。

 しかし、霊媒師の顔は曇ったままだ。


「先ほど言ったように、この札は師匠しか書くことができん。師匠はすでに故人で、これが最後の一枚なんじゃ……。儂にとっても、最後の切り札。おいそれと使うわけにはいかんのじゃ」


「そんなこと言わないで!先生がやらなかったら、僕はどうなっちゃうんですか!?お願いします。お金ならいくらでも払いますから!!」


 祈るように修二が言葉を絞り出す。

 その言葉を聞いて、霊媒師の眉間からしわがふっと消える。憑き物でも落ちたかのように、さっぱりとした表情をしていた。


「お主がそこまで言うのであれば仕方あるまい。お主のように真面目で誠実な男を救うためであれば、師匠もきっと納得してくださるだろう。あい分かった!この札、100万円で譲ろう!」


「ひゃ、100万円!?そんなお金、今持ってないです」


「安心せい。知り合いに金融屋がおる。今すぐ呼んでローンを組むがいい。学生でも貸してくれる、情の深い奴らじゃ」


「で、でも……100万円はあまりにも高いんじゃ……?」


 勘ぐるような修二に、霊媒師が一喝する。


「儂の師匠の最後の札に対して何たる無礼な!おぬしの命の値段に比べれば、100万円など安いものであろうが!」


「ご、ごめんなさい!」


「分かったのであればよい。では早速、金融屋を呼ぶとしよう」


 客の気が変わらぬうちに、素早く電話を手に取る。


「お主はそこを動かぬように。霊がどこかに逃げてしまっては大変じゃからな」


 そう釘を刺して、部屋を後にする。


 貴重なカモが引っ掛かったのだ。逃がすわけにはいかない。

 霊媒師が知り合いの闇金業者に電話をつなごうとしたその時だった。

 

 修二の背後の扉から言い争う声が聞こえてきた。

 どうやら受付で誰かがもめているらしい。


「ちょ、ちょっと待ってください!今、先客の方がいらしてるんです!せっかく網にかか……じゃなくて、先生の集中が乱れますので、入らないでください!」


「そんなこと言ってる場合じゃないの!こっちは一刻一秒を争うのよ!」

「ごめんなさい。この人、こうなったら誰も止められないんです……」


 受付の静止も振り払い、何者かが豪快に扉を開け放つ。

 扉の向こうには、小柄な白衣の女性が立っていた。


 突然の乱入者に、二人の視線が向く。同時に、二人の目が大きく見開いた。


 白衣とは言うが、霊媒師が着ている和服ではなく、いわゆる科学実験などで着用する白衣である。


 こんな格好で街中を歩いてきたことにも驚いたが、その容姿の端麗さはさらに異彩を放っていた。

 霊媒師の喉が鳴る。


 これまでも除霊と称して幾人もの女性にセクハラまがい、どころかそれ以上のことをやってきた。

 今日の獲物は馬鹿な金づるだけかと思ったが、それ以上の大物がかかったようだ。


 金づるはさっさと闇金に引き渡せばいい。その後で、この上玉をどうやって料理するか考えることにしよう。


 心の中で舌なめずりをすると、霊媒師はすぐさまいつもの厳めしい表情を作り出し、相手を威嚇し始めた。


 しかし、いつものルーチンを乱すものがいた。金づるの学生が金髪の乱入者を見てこう叫んだのだ。


「逢沢先生!どうしてこんなところに」

「あら、川村君じゃない。変なところで会うものね」


「先輩、お知合いですか?」


 背後の黒髪の女性(こちらも相当な上玉である)が声を潜めて問いただす。


「研究室の学生よ」


 きわめて淡白な紹介だけすると、金髪の女性はずずいと霊媒師に詰め寄る。


「あんたが有名な霊媒師だってことは知ってるわ。さあ、あたしの呪いを解けるものなら解いて頂戴!」

「先輩、全っ然人にものを頼む態度になってませんよ」


「仕方ないでしょ?今は時間が惜しいのよ」


 何やら焦っている様子の女性。虚を突かれてしまったが、気を取り直していつも通りの演技を始めることにする。

 目を大きく見開き、女性の背後に視線を送り一喝する。


「お主、呪われておるぞ!」


「だから、さっきそう言ったじゃない。あたしの話聞いてたの?」



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