本当の本当に逃げ切れないか検証してみる 3


「先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩!」

「いいから、落ち着きなさい!喚いても、事態は解決しないわよ」


 パソコンのモニターからせり出してくる"十和子"は、どこかで見た映画のように勿体ぶったような緩慢な動きではなかった。

 歩いている時と同じような自然な速度で、いともあっさりと這い出てくる。

 そして、何事もなかったかのようにその速度を維持したまま、こちらに歩み寄ってくる。


「逃げましょう!ていうか、私がお祓いします!」

「新しいことに挑戦することは素晴らしいわ。でも、やり方は分かるの?」


「ああっ!大麻(おおぬさ)も持ってないし、祝詞も久しぶりで全然覚えていないいいいいい!?」


 頭を抱えて地団太を踏む珠江を庇うように、鈴は"十和子"の前にでる。

 よもや巻き添えにすることはないだろうが、なんとなくそうしたかったのだ。万が一にでも、彼女に実害を及ぼすわけにはいかない。


「先輩!何とか走って逃げましょう!部屋の中でもぐるぐる回ってれば時間は稼げるはずです」

「そんなに狭い室内じゃないし、あの鈍くさい扉が開くまで何とか足掻くしかなさそうね」


 最短距離を一直線に詰めてくる相手でも、それ以上の速さで走り回ればそうそう追いつかれるものではない。

 しかし、簡素とはいえ大勢の人間が生活できるように設計された室内は、お世辞にもジョギングには向いていない。


 思考の持久力には自信がある鈴だったが、とっさの判断には不向きであった。

 他によいアイデアも浮かばなかったため、いつものように最後まで足掻く覚悟を決めた、その時だった。


 "十和子"がモニターから抜け出すと同時に室内灯が再び点灯する。

 同時に室内の電子機器も復活したらしい。スピーカーから警報がけたたましく鳴り響いた。


『たった今、原子炉の異常出力を確認しました。職員は、今すぐシェルターに避難してください。繰り返します……』


 まさかの"有事"が起こったらしい。

 スピーカーから繰り返される無機質な音声は、これが訓練ではないことを念押ししていた。


「泣きっ面に蜂とは、このことかしら」

「私達、どうなっちゃうんです?まさか、このまま原子炉が爆発して世紀末がやってくるんですか!?」


「安心しなさい。ちょっとやそっとのことで爆発するような、やわなシステムじゃないわ。それよりも、問題は目の前のアレでしょ……って、あれ?」


 なぜか秘孔をつく練習を始める珠江をなだめながら"十和子"に視線を戻すと、そこには想像していないものがあった。


「先輩……なんか、動き止まってません?」

「というよりも、あたしの居所を見失ってるみたいね……」


 常に鈴に向けられていた"十和子"の視線(といっても、黒髪に覆われた顔から正確な目線を把握することは困難であったが)は、今は頼りなく宙を彷徨っている。

 目を塞がれたというよりも、急に地図を無くしたような仕草であった。

 

「考察は後にしましょ!扉が開いたわ。逃げるわよ!」 

「わわわっ!?避難してきた職員さんたちが大挙して押し寄せてきます!」


「彼らにとってはシェルターの中の方が安全ですものね。あたしたちは逆だけど……」


 間一髪でシェルターの外に逃げ出した二人。

 振り返ると、入り口に殺到する職員の人だかりの向こうに棒立ちになっている"十和子"の姿がちらりと見えた。


「そう言えば、私は中に避難してればよかったような気が……」


 走りながらうやむやのままについてきてしまった事実を後悔する珠江。


「……!」


 一方の鈴は、突如としてシェルターの外郭に転移した"十和子"の存在を認め、眼を大きく見開くのだった。

 

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