今宵、月下に咲き誇る。

湊雨

プロローグ

 ただ、普通の生活を送りたいだけだった。


 会社に勤めて、定時までただ働いて、妥当なお給料をもらって、テンプレートのような普通な生活を普通に過ごしたい。


 少女漫画みたいな甘酸っぱい青春だのはちゃめちゃな恋だのはいらない。

 放課後に一緒に青春を満喫する友達も必要ない。

 そんな選ばれた人しか出来ないような"特別"は必要ないし、そんなことに割く時間もない。

いつも自分のことを思ってくれる弟さえいれば十分なのだ。


 うん、それでいい。


 大切な人が幸せに生きてくれるのならそれで十分だ。

そうなって欲しいと願うからこそ、千花は頑張るのだ。

今大切な人に降り掛かっている"重荷"から解放してやるために。


 だから、今はただ稼がなきゃいけない。


 弟のため、自分のため、生きるため。千花は働き続けようと決めた。


 そしていつか家を出る。弟を連れて。


 他の人にとっては当たり前で、気づかないくらいの小さくて温かいし"普通《幸せ》"が欲しいから。



 な、の、に ―――



「橘千花、お前も組に入れ」


 なんでこうなった……?そしてコイツは何を言ってるんだ。千花の脳は一旦活動を停止しかける。

 あやしい笑みを浮かべるその顔は千花の目の前に迫っている。整いすぎていてもはや凶器のような顔面。

 そして何故かしれっと千花の顎に手をあてている。まるで逃がすまいとでもいうような。


 千花は決めたのだ。働き続けると。

 今、こんな奴に構っている暇などないのだ。


 それなのに……


 ドクドクと体中に響き渡る心臓音。

 千花はその憎たらしい笑みに高鳴ってしまう己の心臓を恨んだ。


 

 これは性悪狩人との人狼討伐ゲーム。

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