トイレ・ヘソマゲドン

武州人也

第1話 宵闇の怪異

「あーっ、ヤバいヤバい! 漏れるゥ!」


 月も高らかに昇る午後十一時。スーツ姿の若い男が、児童公園の公衆トイレを目指して走っていた。彼の腸と膀胱は、まさに危急存亡のときであった。

 彼はすがりつくように公衆トイレに駆け込むと、乱暴に個室のドアを開けて中に入った。きついアンモニア臭が鼻を突き、男は顔をしかめた。


「ボロくてきたねぇなぁ……まぁしょうがねぇ」


 個室トイレは、まるで忘れ去られているかのようなありさまだった。部屋の隅にはクモの巣が張っていて、壁の上の方ではヤモリらしき四つ足の生き物がサササッと素早く去っていくのが見えた。洋式便器はうっすら埃っぽくて、こんな緊急時でなければまず使わなかっただろう。


「ふぃー……間に合ったぁ……」


 男はフタを開けて腰かけ、さっきまで出たがっていたものどもを思いっきりひり出した。

 ひとしきり用を足し、かろうじて残っていたペーパーで尻を拭いた、そのときだった。


 グルルルルルルルルルルルゥ……


「何だ?」


 獣の鳴き声か、と男は思った。この辺りで野生動物など見たことはないが、今聞こえた怪しい音声はまるで動物の咆哮のようだった。


 グルルルルルルルルルルルゥ……


 もう一度、聞こえた。そのとき男は確信した。


 ――この咆哮、便器の奥から聞こえてくる!


「な、何だよ気味悪ィな!」


 自分以外に誰一人いない、夜の公衆トイレ……途端に、男は今の状況が怖くなった。男は急いで下を履き、個室を出ようとした。が……


 ガオオオオオオオオオオオッ!!!


 猛獣の咆哮のような音とともに、便器から勢いよくブラウンの液体が噴出した!

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