第2話 ゴールの見えない創作は、街灯の無い夜道に似ている

 アリスから依頼を受けてから数日。


 時刻は午前七時。五月も半ばに差し掛かり、日差しは昼にかけて熱を帯びていくことを感じさせる。


 今日は待ちに待った休日というやつだ。五月病で干物になって萎れていた学生たちには、じわじわ水分が染みてくる休みになるだろう。平日が来てまた蒸発するとしても、大事な休みだ。


 私としてもこれで一日を丸々作業に当てられるので嬉しい……のだけど、残念ながら未だに進捗ゼロである。


 ともあれ先ずは身体を目覚めさせて一日を始めなければいけない。ロフトベッドの上から降りると、コツコツと靴を鳴らす音が聞こえて目線を向ける。玄関の方で既に出かける用意を済ませている女の子が一人、そこにはいた。


「おはよう、あかね


「あっ……お、おはよう。じゃ、じゃあ私は用事があるから」


 まるで怯える様な仕草をみせるのは、私のルームメイトの茜だ。私より頭一つ低い身長、その割に私より大きな胸(なんで?)、猫背で暗い雰囲気。手入れを怠っているぼさっとした短い茶髪に隠れて、表情があまり窺えないが……まあ、あまり良い印象は持たれていないんだろうと思う。


「そう、行ってらっしゃい」


「い、行ってきます」


 いつも通り吃りながらワタワタと出ていくルームメイトの小さな背中を見送る。慣れてはいるけれど、同じ外部入学組だというのに打ち解けられる気配がまるでないのはちょっと堪える。


 というか、茜の方は大丈夫なのだろうか。毎回逃げるように部屋から消えているが、居心地の悪い空間で住むのは辛いだろう。警戒心の強い子猫みたいで可愛いとも思うけれど、ずっとこの状態というのもあまり好ましくは無い。


「はぁ……どうにか打ち解けられればいいんだけど」


 残念ながら彼女の得意な魔法も、趣味も知らない。せいぜい知っているのは所属がEクラスで、お調子者のいつも下ネタしか言わない変態が同じクラスにいることくらいだ。


『このワタクシ、江口えぐち美智みちは――エロ魔法の絶頂にちたいのです!』


 こんな事を初対面の人間にかます馬鹿が友人であることは、私の学生時代に汚点として残るのではないかという懸念はあるが、残念ながらアリスと仲が良いということもあって絶縁するのも難しい。


「貴方のクラスの変態は、私の友達なの……なんて、マイナスにしかならないじゃん」


 ほんのり悲しみを感じつつ朝の支度をして、寝巻きから制服に着替える。別に休日も制服を着なければならない、なんて校則で決まっている訳では無いけれど、服を選ぶ手間を省けるのは大きい。一人でも生きていける様に、と兄から色々と仕込まれては来たが、面倒くさいことは面倒くさいのだ。


 着替え終えたら朝食を取りに行く。休日なら朝九時まで開いているが、起きているのにわざわざ遅らせる必要は無い。味良し、バランス良し、彩り良し、お嬢様学校らしい食事だ。そんな食事を美味しく頂けてしまうなんて、なるほど、やはり私はお嬢様であったか。傍から見たら似合いすぎて神々しさすらあるだろうね。


 さて、食事をしながら今日の予定を考えよう。


 休日ではあるが、学寮暮しである私は基本的には学園で過ごすことになる。本当はコンセプト決めのためにアリスの観察をしたかったところだけど、休日に学校に来て欲しいというのも億劫だろうからやめておいた。


 まあ研究のために休日登校してる子なんていくらでもいるんだけどさ。


「あっ、そうだ」


 休日でも相談に乗ってくれる友人の存在を思い出し朝食を手早く済ませると、早速部室に向かうことにした。彼女なら土曜の午前中でもこもっているに違いない。


   §


 学寮から徒歩十分と少し。第四部室棟ぶしつとうの三階の角部屋という、なかなか良い立地に恵まれている部室の扉を気負うことなく開ける。


 整頓された道具が並び、埃っぽさなんてどこにも無い綺麗な部屋。絵を描く人間が集まる場所として想像されるような“らしさ”のないのがここの一番の特徴なのかもしれない。


 部屋の真ん中には長く真っ直ぐな銀髪が穏やかに光る、長身美人がたおやかにたたずんでいた。いや、菓子パンをもぐもぐと食べているので嫋やかさは若干コミカルになっているかもしれない。


「おはよ、はかり。いつも朝早くから作業なんて偉いね。調子はどう?」


 キャンパスの前で筆を持っていた秤が、こちらを見てほほ笑む。


《ぼちぼちかな? 休日に部活に来るなんて珍しいね、どうしたのユウちゃん》


 秤の目の前にスケッチブック現れ、そこに文字が浮かび上がり、私に返答する。これは彼女の魔法の一つで、自分が認識する空間に自分が描きたいものを描けるという、非常に便利で羨ましい魔法である。別に喋れない訳ではないと聞いてはいるが、彼女は筆談を好んでいるのでまだ声を聞いたことは無い。


 彼女はこの学園でも珍しい私と同じ創型の資質を持つクリエイター仲間で、同じ部活仲間だ。相談相手としては最も適しているだろう。


「ちょっと面倒くさい依頼を受けちゃったから、相談したくてね。今大丈夫かな?」


《もちろん! ユウちゃんの相談なら幾らでも聞くよ》


 ニッコリと笑う絵文字と一緒に快諾してくれた秤は、菓子パンを丁寧に包んで机に置いてから椅子を用意してくれた。


「ありがとう、心強いよ。あ、ご飯は食べてていいからね」


《わーい》


 椅子に座りながらそう言うと、秤は再び菓子パンを手に取りつつ、身体をこちらに向けて髪と同じ銀色の瞳で私を見つめた。美人に見つめられるとちょっと緊張するな……(陰キャ発動)。


 私は依頼主が誰であるかを除いて、今どういった状況なのかを秤に説明する。美人な彼女がふむふむと頷く姿は絵になるし、もぐもぐ食べながら話を聞く姿はとても可愛らしい。


《なるほど。確かにゲーム実況したいってだけだとどういう方向で進めていいかわかんないね》


「でしょう? 相手の性格はある程度知ってはいるけど、それをそのままキャラクターに投影するべきなのかも判断が難しいし」


《本人がVtuverとしてデザインしても魅力的になるような存在なら、それも悪くないんだろうけど……本人が望んでいるかもわからないんだもんね》


「全部私に任せるって言われたからね。本人がどこに行きたいのかもハッキリしてない」


 ふむむ……と銃の形をした手を顎に当てて悩む秤。美人って何しても絵になるな。私も絵になるからわかる(私はクール系美少女JKなので)。


   §


 それから私たちはどういう方向性が良いか、Vtuverとしての流行りはどういったものか、汎用性を高めるのか、特化させるのか……などなど語っていった。


 明確な道筋は見えずとも、思考が整理されて行くのを感じる。やはり同じ目線を持てる仲間というのは大切だ。


《それにしてもどうしてユウちゃんなんだろう?》


 と、仲間の大切さをしみじみ感じている所で秤からパンチをくらった。おーん? なになに、どうして私なんだろう〜? ほほーう?


「それはこれから喧嘩するよ宣言?」


《あわわ、違うよ! どうして魔法絵師なんだろって思っただけで、ユウちゃんの画力を疑ってる訳じゃなくて!》


「あはは、冗談だよ」


 秤は私が出会ってきた中で一番の気遣い屋さんで、穏やかな子だ。喧嘩しようとする姿なんて妄想すら出来ない。


 美人で気立てが良い……こんな子に惚れない人がいるのか? いるならそれはセンスがないぞ。


《ほら、魔法絵師って依頼料高いでしょ? それにVtuverって中の人がそのキャラクターになりきる訳だから、魔画イラストに自立思考ルーチンを入れても邪魔になるだけだし。ネット経由で顕現しても、雑談ならいいけど、ゲーム実況とかならPC画面と分けて見るには邪魔になるし、あんまりメリットが見えてこないな〜って》


「……たしかに」


 アリスと私は親友だ。だから依頼した。そう考えるのが一番シンプルで分かりやすいけれど、それにしたって魔法絵師への依頼は高額なのだ。仲が良いから、という理由だけで出せる額だろうか?


 単なる金持ちの道楽……? うーん……しっくり来ない。アリスはお金があるから、なんて理由でやっちゃうタイプでは無い気がする。まだ一月程度の付き合いだけど、イメージにそぐわない。


 あ、いや。そもそもVtuverになろうとしたのは私が顔出し配信者になるのを辞めさせたからだ。だからVtuverになるとその場で言い出して、それで私に依頼した。……それで高額依頼するか? んん……?


「わからない。なんでだろう」


《やれるとしたら、アバターに自立思考ルーチンを入れて、自分自身との会話とかかな? でもわざわざVtuverでやる意味はあんまり感じないかも》


「――なるほど」


 なるほど。なるほどねぇ。


《ユウちゃん? なんか悪いこと思いついた?》


「えっ、いや、そんなことは無いけど!?」


《……………………》


 美人が見つめてくると、緊張しますね(リプライズ)。




※作者による読まなくてもいい設定語り

 魔法絵師が描くのは基本的に風景画である。

 アニメキャラクターを描く魔法絵師はユウのみである。

 魔法歴2023年、日本の魔法絵師の数は50人に満たない。

 ユウに依頼が来ない理由は価格もあるが、既存の魔法絵師と違いすぎるために活用の仕方がわからないためでもある。

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