魔法学園のエリートはVtuberを舐めている! ~たとえ百合営業に巻き込まれても私が親友に惚れるわけがない~
夜燈鶫
聖陽アリスのビギナーチャレンジ
第1話 私が親友にわからされてママにさせられる日
魔法歴二〇二三年、五月の上旬。ゴールデンウィークが終わって五月病真っ最中な学生たちが、干物のように一日を過ごす頃。既に太陽が元気に東京の街を照らし出し、夏という暗殺者がこそこそ近づいてきているのを察しの良い私は気が付いていた。
ちりちりと橙色した西日が教室を焼く放課後、私と彼女は同じ椅子を半分こにしながら座って喋っている。おしりが触れ合う度に彼女の体温が感じ取れることは自然の摂理であって、別に私が鋭敏な尻センサーを搭載して感触を楽しんでいるわけではない。
「ねね! ユウ! 私、MagiTube配信者になろうと思うの!」
さて、突然だが私の親友はアホだ。いやこれ悪口じゃなくて純然たる事実というやつですよ。誰だってそう判断する。私もそうする。
「また馬鹿な事言い出して……」
呆れて机に肘を乗せながらため息を吐く。アリスの顔を覗き込めば整った顔がとても近い。同じ椅子に座ってるんだから近くて当然だけど、とても近い。
二重のまぶたはパッチリと、瞳の輝きはきらきらと。柔らかく弧を描く眉は、彼女の性質を示す様に。私の身を焼く厭らしい太陽は、彼女を照らすときだけ少し幻想的な夕日に変わっていた。
「む。天才に向かって馬鹿なんて、酷いと思うな~?」
ぷっくりと頬を含ませて怒るアリスは、とても可愛かった。ううん? なんだこの可愛い生き物。なんなんだそのだいふくみたいなほっぺ。齧るぞ。もうむにっといくぞ?
あ、いやそうじゃない。食欲をそそられている場合ではない。
「……? どしたのユウ」
この絶妙に力が抜けるカピバラっぽい空気のゆるふわ金髪ギャルは、アリス。
色々あってこの才人集まるお嬢様だらけの私立第三魔法学園に外部入学し、すっかり浮いていた私に入学早々突撃してきたやばい女だ。
彼女とは学園に入ってからの付き合いで、妙に距離感バグってるタイプだったためにずっと付きまとわれていた。でも嫌な感じはしなくて、なあなあで付き合ってたらいつの間にやら親友扱いされてた。まだ一学期も終わってないのに、距離の詰め方えぐくない?
それは、うん。まあ? 悪くはないんだけどね?
アリスは秀才天才だらけのこの学園でもトップの天才。クラスでも人気者で結構友達多いし、陽キャな感じのギャル属性JKだ。そんな勝ち組カーストトップ勢のくせに、私“だけ”を親友に選んじゃうところは、ぶっちゃけ友達作りのセンスないな~って思わなくもないけど、悪い気はしないし?
でもアホなんだよね……。エスカレーター式の私立校で、中学時代からずっと魔法一筋で生きてきた生粋の魔法馬鹿である親友は、世間知らずだし、ネットの知識とか皆無なタイプ。
「あのねぇ……何に影響されたのかは知らないけど、唐突に『MagiTubeで動画配信者になる!』とか言い出したら馬鹿になったのかと思うでしょ。いや、既に馬鹿ではあるけどさ」
「また馬鹿って言った~。そんなに変なこと言ったかなぁ?」
むむ~? と眉を顰めるアリス。理解不能すぎて私の精神宇宙猫だよ。あと眉を顰めるのは可愛いので――じゃなくて、皺が寄るからやめなさい。
「それで? 今回はどういう経緯でそうなったの?」
「えっとね~……」
アリス曰く――どうやら動画配信サイトでは女の子ってだけでモテモテで、もてはやされまくってお金が稼げるらしい。
じゃあ私は可愛くて天才なのでさらにモテモテになって億万長者になれるってことじゃん! やった~!
ならやらない理由なんてないよね!
――とのこと。
詳しい話を聞いたらさらに宇宙猫の神秘に近づいてしまった。
あまりにも思考が理解できなくて親友の背景に
思わずため息が出る。さっき出したばっかりなのに、溜息やれやれキャラにされてしまったらどうするのか。私はクール系美人JKで通っているのに。
「あのねぇ……はぁ、なんでこんなんが私の親友なんだか」
「えぇ!? そ、そこまでなの!? やだ! 私のこと嫌いにならないで!」
「そんなこと言ってないでしょうが。情緒不安定なの?」
「だって~! だって~!」
涙目で抱き着いてくるアリスを何とかなだめて(めっちゃ柔らかくて甘い匂いがした)、その後どうにか説得して顔出し系の配信者の道は諦めさせた。いいかいアリス、デジタルタトゥーを軽視してはいけない。
「ぐす……。わかった……じゃあさっ! Vtuberならどう?」
「はぁ……偉いね~! 動画配信者とか全然知らないくせにVtuberの概念を知ってるの偉いでちゅね~!」
「えへへ~」
喜ぶなよキスするぞ。皮肉だってわかっておくれよ。
もうなんだか反対することにも疲れてきてアリスの頭を撫でることにした。こうしたコミュニケーションは慣れているのでアリスも拒否する様子はない。それどころか手のひらを向ければ自分から頭を差し出してくる。懐いた猫かな?
ふわふわの金髪はよく手入れされていて、手触りが良い。くすぐったそうに笑うアリスはどこまでも可愛い。とりあえず部屋に持ち帰って抱き枕にするってことでよろしいだろうか。
「ねぇ、なんでそこまでして配信者になりたいの? さっき言ってたチヤホヤなんて一握りの人間にしか与えられないことだよ?」
なでなでを継続しながら出来るだけ優しい声を作って聞いた。ネットの世界は甘くない。特にVtuberなんてネット小説と同じように供給が多すぎてレッドオーシャンだ。ネット環境が整っていないのなら事前費用だって馬鹿にならない。
元を取るための算段が付いているとは思えないし、私と違ってお嬢様なアリスなら無理にお金を集めなくても問題ないだろう。
だいたい、私がいるんだから他の人間のチヤホヤなんて……いや別に独占したいとかそういうわけではないけれどさ。
「ん~、内緒。それに私って天才だし、大丈夫だよ~」
「……はいはい、そうですか」
ふん、じゃあもう知らない。勝手にデビューして勝手に引退して私に泣きついてくればいいんだ。
なでることを辞めてそっぽを向けば、『あっ』っと小さく声を漏らしたアリスが小動物を思わせる仕草で私の制服の袖を引っ張った。
「ね、ね。えっとね、それでね、ユウ」
「なに?」
む、思ったよりも冷たい声が出てしまった。アリスも私が不機嫌になったことを察したのか、上目遣いで……上目遣い……? キス待ち……? でこちらを伺っている。あれ? 私そっぽ向いていたはずなのに、いつの間にアリスに視線を吸い取られていた……?
「Vtuberって、イラストを動かして配信するんだよね。だから、そのぉ……」
それで大体言いたいことは察せられた。なるほど、そういうことか。
「……そのガワを私に描けと? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「ウッ……だ、だめ?」
やめろ。上目遣いのまま小首をかしげるな。理性が蒸発するだろうが。
「いくら親友だからって無料で
魔法絵画。魔法で出来たイラストのことで、現実に干渉できる二次元としてネットでは非常に人気が高い。魔法科学の進歩で作られたネットワークでは魔法絵画はある程度のロスはあれど魔法が伝わるので、SNSで観覧するだけでスマホからイラストが飛び出して触れ合えたりもするのだ。
当然魔法を使用しないイラストも多く存在しているが、魔法絵画はまだまだ希少であり、市場価値は高いと言っていい。
何を隠そう、私はそんな希少な魔法絵師の一人であり、フォロワー十万人越えのイラストレーターである。そんじょそこらの魔画描きと同じ扱いされちゃ困るんですよ。
「も、もちろん報酬は出すよ!」
報酬~? 私への……というか、魔法絵師への依頼はすっごく高いよ? 何せ魔法絵師の市場価値を落としてはいけないと、一定料金以下で依頼を受けることが禁止されているからね。そのせいで六ケタフォロワーがいるくせにびっくりするほど依頼が来ません。人気絵師ってなんだろうね……。
さてさて提示されたのは……私がホームページで提示している依頼料より遥かに高い。しかも追加報酬在りで、活動で入った収益の一部を渡すとのこと。ほうほう……ほほう?
「……ふ~ん、仕事か。じゃあ仕方ない、か」
「いいの!?」
金に目がくらんだと言えば、そうだとしか言いようがない。だが許せ、人気魔画描きと言えども依頼が来なければ稼げないのだ。金欠で夏休みを迎えてしまう未来は避けたいのは学生としては当然ですよね?
「仕事なら受けるしかないでしょ」
とはいえそんなことは悟らせず、クールに決める。私はクール系女子なので。
「……やっっった~~~~!!!!」
「……っぶな!?」
私の返事を聞いた後、震えながら力を貯めて、猛然と、それはもう満面の笑みで私に抱き着いてくるアリス。半分しか座っていなかった椅子から転げ落ち、床の上で親友に成すがままにされる。でっかい胸が私の胸に叩きつけられて変形しているのが良くわかる密着度だ。
……はぁ。
あ~~~⤴ このふわふわ陽キャ金持ち~! なぜこんなにもアホな奴の実家が太いんじゃ~!? しかも甘やかされまくってるしよォ~! は~ぶち犯したい。身ぐるみはがして我が身直々に世間の恐ろしさというものをしっかりと教え込んでやりたいぃ~~~!
あ、いや違う。そういう意味ではなくてね? ほら、調子に乗ってるメスガキを目の前にしたらオタクの礼儀としてワカラセに参るでしょ? むしろワカラセに行かねば不作法というもの。
だから決して私の上にのしかかっておっぱい擦り付けてくる親友がそういう魅力があるとかじゃない。そりゃ可愛いけども。自分で可愛いとか言っちゃうのを許せちゃうくらいには可愛いけども。
正直お嬢様校と言えど容姿だけなら負けへんやろ~ガハハ! とか思ってた私が入学初日に三度見するぐらい可愛いし、ふわっふわのロングパーマな金髪をそのまま目で追っちゃうくらいにはオーラがあるし、目が合ったら二重まぶたでぱっちりキュートな綺麗すぎるお目々にギラッギラした眼光を宿して一切逸らさずに無言で近づいてくるし。何事だよ怖いよお前マギモントレーナーかよ。ファーストコンタクトで私キョドっちゃっただろ。おっぱいでっっっか、とか初対面で発言しちゃうくらいパニクっただろ。陰キャオタクなめんな。ライオンモード(カーストトップである陽キャがか弱き獲物に狙い定めた状態)の圧に椅子から転げ落ちて土下座しなかっただけマシだと知れ。
……つまり私は、別に親友に惚れているわけではない。おーけー? オーケーだね? オーケーなんですよ。
「えへへ……ユウに描いてもらえるなんて……えっへへ~」
なにこれ。抱けってこと? 学寮暮らしだから、すぐ行けるけど持ち帰るべき反応だよねこれ。
……
…………
………………
という経緯を経て、クール系美人JKの私はPCの前に座っていた。正直に言えばアリスがVtuberになることは歓迎してないし、アリスがちゃんとVtuberとして活動していけるとも思っていない。けれど、受けてしまった以上は描き上げる義務がある。お金でビンタされたら人は動くしかないのだ……。
「さて、コンセプトどうするかな」
アリスの特徴を踏まえ、Vtuberとしてある程度流行りを感じるもの、かつ私の画風にマッチしているバランス。
アリスに聞き取りはしておいたけど、何もかも私任せとの返答しかなかったのでまるで参考にならない。やりたいことはゲーム実況とのことだが、それだけじゃコンセプトへの決め手にはならないだろう。
着地点が見えていない状態で作業を進めても詰まる未来が見えているし、没案の山が出来るだけだ。夏休み明けにはデビューしたいと言っていたし、機材を揃えるなどの準備期間を考えると今月中には仕上げたいところだ。
……何も決まってない状態から制作してあと三週間って本気?
※作者による読まなくてもいい設定語り
魔法絵師への依頼料が高い理由。
魔法絵画の依頼料は一般人ではまず出せない価格であり、魔法絵師の顧客は国、企業、ブルジョワである。
これは魔法絵師の保護でもあるが、普通のイラストレーターを保護する側面もある。同じ価格帯になると魔法という付加価値により独占が発生する危険性が高いからである。
魔法を使わない絵画でも魔法絵師のものは高価格に設定されている。これも魔法使いというブランド力で独占されることを避けるためである。
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