演劇発表1-BNo.5

石田颯太郎

演劇発表1-BNo.5

ここは高校。

今日も暖かく明るい朝から登校して、授業を受けるところだった。


先生が教室の前からスライド式のドアをガラガラと音を立てて書類を片手に持ち教室に入ってきた。

先生がコケた。

書類がバラバラと宙を舞った。

朝から笑わせるためにわざとコケたのか、それとも不注意のためコケたのか。教室の生徒は誰もわからなかった。でも、そんな疑問をかき消すかのように笑いが起こった。

坊主の生徒が机から先生の元にランニングで駆けつけて、「手伝いマスッッ!」と大きな声で言って、あたりの書類を取り始めた。


書類を集め終わり、気を取り直し先生は教卓に書類をトントンとさせて軽く咳払いをした。


「え?えっとー、遅れてすいません。連絡はー。あ、そうだ。プリントだ」


と言って書類を配り始めた。何十枚も重なっている書類を配りやすくするためにクネクネさせて、さらには唾液を指につけて計六列の列に配った。


「はい、えー、演劇発表会があります!クラスでやるのもよしだし、個人でグループを組んでやるのもよし。はい、号令!」


おかしいほど長い前置きをしておきながら、先生は一言二言で終わるような連絡をして朝のホームルームを終わらせた。


放課後


僕【田無ヨウ】は普通に下校しようとしていた。木製の下駄箱から外履きを取り出し、外履きを履き、校門から出た。


「あー!やぁーっと来た!」


校門の陰にいたのは僕の友達であるアイトだった。


「あれ?アイト?待ち伏せてたの?」


「そうだよ!そうそう!そういうことだよ!あー、違う違う!そうじゃない。演劇発表会、二人でやらない?」


アイトはキラキラと目を輝かせて提案をしてきた。

僕は周りの生徒たちの変な目を受けてきまづさを出しながらこう言った。


「早く家帰りたいから帰りながらね。」



下校しながら僕とアイトは演劇発表会の話をした。

その内容はおそらく全男性を魅了するような内容だった。

アイトが言うには


「女子って何考えてるか分からないし、好きな人がいるとかだったらその人がどう思ってるかとか気になるじゃん?」


「あ、うん。うんうん。たしかに。」

僕はスマホを見ながら他人事のように聞いていた。でもそんな僕でもその発言には少し耳を取られた感じがした。僅かな期待を膨らませながらアイトの話を引き続き聞く。


「それで演劇発表会を使うんだよ。」


「うんうん。どうやって?」


「それはぁ!....それは、死ぬんだよ。」


地下鉄の階段の入り口の前まできた僕とアイトは足を止めた。詳しく言うなら僕が足を止めた。


「は?」


アホみたいに口を開けながら、スマホを持つ手が緩んだ。

女子の気持ちを知りたいがために死ぬの?と考えてしまった。いや、なんならアイトが言ってることがよく分からなかった。


「どゆこと?」


僕はアイトに問う。


「だぁーかぁーらぁ。メンヘラっぽいけど死んだ時の好きな女子の反応って気になるじゃん?どれほど心配してくれるのか。とか。だから先生達には違う内容の演劇で許可をもらって、本番で死んだフリをすれば会場全体が『こいつら死んだんじゃね?』みたいに思うじゃん?」

アイトの説明はこうだった。


僕は馬鹿みたいで天才的な演劇の案に夢を膨らませた。感動もした。好奇心に襲われた。

緩んだ手に持ったスマホはスルッと抜けるように落ちた。アホみたいな口はさらに空いた。最初のアイトの提案の時の目は僕に移っていた。


「アイト....お前神か?」



後日、僕とアイトは演劇発表のプロットの書類を職員室にいる先生に出した。


「へぇー、『空想版アダムとイブ』ねぇー。いいじゃん!面白そう!期待してるよ!」


先生はまんまと引っかかった。こんなタイトルの演劇なんかやってられるか という気持ちは表に出さず、目をキラキラと輝かせた状態でいた僕達はハイタッチをして喜んだ。この喜びが本当は何にかかっているのかすら先生は誰も気づかないのだろうとも思っていた。



演劇発表会当日


体育館


「1-B組 グループ名『にっこり団』の皆様、タイトル『桃太郎』でした。ありがとうございました!えー、続いては、グループ名『ハイパークリーミーな学校生活へ』の二方でタイトル『空想版アダムとイブ』です!お願いします!」


僕達の番だ。

僕とアイトは紺色のジャージリアルな鉄剣を片手に持ってズンズンと大きく歩きながら体育館のステージに出た。


最初は僕のセリフからだった。

「お、おい!大魔王ダスマフォよ!我らアダムとイブが倒しにきたぞ!」


プロットを提出した準備期間にいた僕達はとあることに血迷っていた。演劇中に内容変えたら先生に止めにくる、という心配が掛かっていたからだ。

『えー、じゃあ内容はそのまんまで結末はアレにする?』

アイトの一言でお互いの意見は一致した。

なので『空想版アダムとイブ』というタイトルで演劇をやることにした。


「お前らかぁ!新しい生物である人間はぁ!」


アイトと僕の声が混じった録音された音声が敵キャラの大魔王ダスマフォに使われていた。大魔王はダンボール一枚に雑に書かれた絵で出来ていて、大きさは2メートル半はあり、絵は二足歩行で火を吹くゴツゴツの怪獣のようだった。動かすのは後ろに実行委員がいるおかげだ。


「そうだ!お前を倒しておれ、我らは生物の頂点に立つのだぁ!ワッハッハッハァ!」


アイトが本物のような鉄剣で切り付ける。

1発目はシナリオ通り、ダンボールの大魔王が後ろにスライドして避けた。


「ていやっ!」


2発目もシナリオ通りだった。

僕が怪獣を切り付ける。しかし、その攻撃は外れてそのまま横にいるアイトに切りかかる。


ここでステージが暗転し、人体が真っ二つになるようなリアルな音が響き渡る。

ステージが明るくなると、アイトが血を流して倒れていた。

その後二十秒ほど僕は「どうしようどうしよう。」とずっと呟いてステージの上をドタバタと歩き回っていた。

二十秒経ってもその後の展開もない異様な雰囲気に包まれた観客達はざわめき始め、体育館の隅で見ていた先生達もざわめき始めた。


十秒


二十秒


三十秒


普通だったらここで次の展開に行く。はずだった。

あの念入りに演劇を考えていたアイトが微動だにせず、さすがに僕も不安になってきた。


四十秒


五十秒


一分


二分


二分二十秒


二分二十秒一秒


二分二十三秒


二分二十五秒


二分二十六秒


もう我慢の限界だった。

アイトの好きな人はただ観客として普通に異様な空気にざわめいてるだけで考えていたことのようには動かなかった。

僕は鉄剣を投げ捨て、アイトに向かっていった。

先生達もさすがに怪しんだのかステージに向かって駆けつけて始めた。


僕は「アイトっっ!」と倒れているアイトの体をさすりながら叫んだ。

アイトの目には涙が流れ始めていた。


「フフッ。」


アイトが笑った。


「ウヒッ、フフフフフフハハハ」


アイトが笑った。


僕はどんな顔をしたらいいのかわからなかった。

ぬくっとアイトが立ち上がり、逆に僕まで涙が流れてきた。


「好きな人には全然心配されなかったけど、ヨウには心配されてなんだか嬉しかったよ。」


大きな声で言った。


「ありがとー!」


さらに大きな声で言った。

アイトは僕の肩にトントンと両手を重ねて。僕に立つように促した。

僕とアイトは最後に肩を組み、二人で声を合わせて

「僕らの劇は以上です!」

と言った。

駆けつけた先生たちは足を止めて一息ついた。

アイトはそれに続くように、マイクを手に持ってステージの前に立ってこう言った。


「辰巳さぁぁぁぁん!好きダァぁ」


アイトの好きな人の名前だった。なにより驚いたのは僕と好きな人が被っていたことだ。

僕はそこでノリに乗ったのか、苛立ったのか、はたまた本能なのかわからないがマイクを片手にステージの前に向かい、そのままステージから勢いよくジャンプしてマイクに向かって


「僕も好きダァ!」


と叫んだ。


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