異世界に転生したら美少女で女城主だった。2
@minamomizuki
プロローグ
子供の頃、あたしはとってもバカだった。
毎日が楽しくで、世界はキラキラと輝いて、みんな優しい人達ばかりで、大好きな人や物に囲まれて生きていける。
……そう思っていた。
もちろん、嫌なこともあったよ?
厳しいパパに怒られたり、隣の国から来る人達にジロジロ見られたり、冬になった雪のせいでお外で遊べなくなったり……。
でも、それ以上に、みんな優しい人達だった――優し過ぎるくらいに。
毎年、雪解けが待ち遠しくてしかたなかった。
それは雪がなくなってお外で遊べるようになるからというのもあったけど、みんなが帰ってきてくれるから。たくさんのお土産と一緒に。
この日ばかりは、パパも街の外まで出ることを許してくれる。
だから、みんなが帰ってくると報告を受けた日は城を抜け出して街の外まで迎えに行った。
「みんな~おかえりなさ~い!」
街道から見えてきたみんなに手をブンブンと振ると、大きく振り返してくれる。
それが嬉しくてあたしは飛び跳ねながら、さらに何度もブンブンと手を振った。
そして、その腕が疲れて上がらなくなる頃には、最初はあたしの親指ほどの大きさだったみんなは到着してて、
「姫様、ただいま、戻りました」
「姫様、出迎え本当にありがとうございますじゃ」
「姫様……ひめさまぁ……」
と口ぐちにお礼を言ってくれて、中には泣き出す人もいた。
でも、あたしはそんなことは全然、聞いてなくて、頭の中はお土産のことで一杯だった。
「ねぇ! ねぇ! 今度はどんなお洋服買って来てくれたの?」
あたし達の国は高い山にある。だから、滅多に商人はこないし、来たとしてもお父様は、なかなか買ってはくれない。
だから、新しいお洋服が手に入られるこの日をあたしはとっても楽しみにしていた。
しかもそれは、白と黒と灰色ばかりのここの服とは違う、都会の空気を感じられるとっても綺麗で色鮮やかな洋服なのだ。
「は、はい、姫様、こちらに……」
丁寧に畳まれた洋服をあたしは目を輝かせながら受け取る。
真っ赤なワンピース。
もこもことした羊毛ではなく、もっと細いすべすべとした糸で織られた布地、それに洗練されたデザインと鮮やかな染色にあたしはすぐに夢中になる。
「わぁ~~ありがとう! ありがとう!」
この服ならどんな髪型が似合うだろうか? 小物は何と合わせようか?
そんな風に想像しながら、あたしは自分の身体に押し当てながらクルクルとその場で回る。
「姫様、良くお似合いですぞ」
みんなが笑顔で見てくれているのが嬉しくて、あたしはみんなの顔を見ながら、何度も回った。
さらに今回はいつもよりも気合を入れて回った。
……ベルン、赤ちゃん亡くして悲しんでいたけど、元気になってくれたかなぁ。
回りながらあたしは並ぶみんなの顔の中から、ベルンのお髭が可愛い顔を探し、彼の顔から笑顔がまた戻ってくれていることに嬉しくなった。
と、同時にあることに気付いて、あたしは回るのを止めた。
「……ロベルトはどうしたの? そういえば、ベルナドもいない、それにペドロも……帰ってきたら、会いに来てくれるって約束したのに……先に家族に会いに行ったの? それにみんなどうして身体のあっちこっちに怪我をしているの?」
みんなの笑顔が一瞬、固まった。
そして、一人が仲間に肘でせっつかれて、おずおずと口を開く。
「……三人は、そ、その……出稼ぎ先が気に入ってしまいましてな、そこに移り住むことにしてその下見に残ってしまったのですじゃ。そこは天国みたいにとても楽しい場所だったのですじゃ。だから、みんな年甲斐もなく、はしゃぎ過ぎてしまいましてな、怪我をしてしまったのですじゃ」
「むぅ~~いいなぁ。あたしも大人になったら、行ってみたいなぁ」
次の日もあたしはご機嫌だった。
早速、お土産の真っ赤なワンピースに袖を通して、城の中を歩き回っていた。みんなに自慢するために。
「姫様、かわいいです」
「よかったですね、姫様」
口々浴びせられる言葉に、ますます得意になりながら足も軽やかに中庭に差し掛かった、との時だった。
タン!
突然、額に衝撃が。
ポテンと足元に石が落ち、その当たった場所に手をやると真っ赤な血で汚れた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
石を投げられた、と気付くのに時間がかかった。
それは――生まれて初めて、純粋な怒りと、暴力をぶつけられた瞬間だった。
「お前、わかってるのか! 知ってるのか! そんな恰好で葬式に出るつもりかよ!」
そして、その犯人と思われる男の子から怒鳴られる。
あたしは、その荒々しい声と、意味不明な言葉に、混乱して身が竦んで動けなくなる。
「来い!」
その男の子は、そんなあたしの手を掴むと強引に城の外へと連れていく。
「……絶対にバレないようにするんだぞ。この草むらから、こっそり見るんだぞ」
連れて来られたのは、街の外の丘の上。
そこから見えた光景に、あたしは息を飲んだ。
――……ベルナド、帰っていたんじゃない!
出稼ぎ先にそのまま移住したと聞かされたベルナドがそこにはいた。
ただし、右手が――正確に言えば、右肩から先がない状態で。代わりにそこには痛々しく真っ赤な血が滲む黄ばんだ包帯が巻き付けられていた。
そして、そんな彼の横には棺が二つ並んでいた。
「奥様、お悔やみ申し上げます。我らが戦友、ロベルトは勇敢に戦ったものの力尽き、彼の地で戦士いたしました。我々も余裕がなく、その亡骸も持ち帰ることができんかったのです」
棺の前で泣き崩れる夫人と、その横で茫然と立ったままの女の子にベルナドはそう言い、頭を下げる。
思わず息を飲み、何も喋れなくなったあたしに向かって、男の子は声を、感情を押し殺して囁く。
「出稼ぎ先で農作業や土木工事をしているというのは嘘だ。男たちは戦争に行っているだよ……しかも、そこでは捨て駒として使われるんだ」
あたしはこの日、自分が見ていたキラキラと輝いている世界は、優しい嘘つき達に守られているもであると知った。
この真っ赤なワンピースは、そんな優しい嘘つき達の血で染められていたのだ。
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