第3話『とくべつな場所』

「世界にはいっぱいお山があるけど、なんでここに住もうと思ったのー?」


 少し考えるような素振そぶりを見せて、ヤタ様が静かに口を開く。


「この山、鴉野山からすのやまはちょっと特別な山なのです」

「とくべつー? なにが、とくべつなのー? おとーさんとかが持ってたのー?」

「いえいえ、両親がこの山を所有していた訳ではないのです」

「えー? じゃあ、このお山は誰のものだったのー?」


 ヤタ様は、人から物をとったりするような人じゃない。ヤタ様の前は、このお山は誰のものだったのかな。おじいちゃんとかおばさんとか、そういう人のものだったのかなー?


「この山は元々、誰も所有していなかったのです。いうなれば自然の物、ですかね?」

「自然の、ものー?」

「ええ。誰も所有していないので、開拓かいたくすれば自分のものにすることができたのですよ」

「おー! それじゃー、たくさんかいたくしたら、いっぱい自分のものにできるねー!」

「まあそうなのですが、開拓自体そんな簡単なことじゃないんですよ……」

「そーなのー?」


 かいたくというものは簡単じゃないみたい。世界中にはまだまだ自然がたくさん残っているよねー。簡単にかいたくができちゃったら、世界のほとんどがかいたくされているよねー。そうしたら、皆がたくさんの土地を持ってるはずだから、やっぱり簡単じゃないのかなー? ……うん、そういうことにしておこう。


 なんだか難しそうなので、考えるのをやめた。


「そもそも、未開拓の土地って何かしらの危険がひそんでいたりするものなんですよ。危険じゃなかったら、簡単に開拓できてしまいますからね」

「あぶないのー?」


 なるほど、あぶないならかいたくは大変だねー。でも、なんでそんな場所をわざわざかいたくしたんだろー?


「ここ、鴉野山も危なくはないですが……不気味で、恐れられていた場所だったらしいのですよ」

「えー、なんかこわいー……」

「まあまあ、そもそも誰もこの山に立ち入ろうとしなかったですからね」

「やっぱり、こわいのー?」

東雲村しののめむらの民や、近隣の民は怪異かいいが住んでいると怖がっていましたね。季節外れの花がよくいていて、それが怪異の仕業しわざだとも言っていました」

「ひえええぇ……」


 ヤタ様はなんでこんな場所に住んでるのー? ここ、あぶなくないのー? こわくないのー? だいじょーぶなのー?


 ちょっとだけ頭がクラクラしてきた。


「まあまあ、落ち着いてください。近くの人々は怖がって近づかなかっただけですから。私はこの山に踏ふみ入って、しばらく生活してみたのですよ」

「どーなったのー?」

「別に怪異とかそういう類たぐいのものは全く起こりませんでした。何事もなかったのです。むしろ、私は特別な感じがして気に入りました。季節外れの花は所々咲いていましたけどね」


 なんでヤタ様がそう感じたのかはわからない。だけど、あぶなくもこわくもなかったのなら安心できるのかなー?

 ヤタ様がそう言ってるし、きっと大丈夫なんだろうということにしておこう。


「なんで気に入ったのー?」

「そうですね……説明するのが難しいのですが、不思議な力が宿っている気がしたからですかね」

「ふしぎな力ー?」


 あたしは首をななめにかたむける。


「ええ。少なくともここ以外の場所で、私はそれを感じたことはないのです」

「おー! 確かにとくべつで、ふしぎだねー?」


 ヤタ様は少し考えこむ。


「山や森、島や川には神様や精霊せいれい妖精ようせいが住んでいる。この国、氷緑皇国ひょうろくこうこくではよく言われていることです。リンも聞いたことがありますよね」


 あたしたちの国では、自然がたくさんある場所にはふしぎなものが住んでいると信じられている。もちろん、あたしもそれを信じている。


「うん! すごい自然のところには、そーいうのが住んでるんだよねー!」

「ええ、そうです。恐らく、その類の何かがここに住み着いていて、私たちに力を貸してくれているのか、悪戯いたずらをしているのか……。何にせよ、それが不思議な力をもたらしているのだと考えています」

「おー! このお山には、そーいうのが住んでるのかー!」

「多分、住んでいると思います。住んでいなかったら、怪異の説明ができないですからね」 

「あたし、よーせいさんとか、せーれいに会えるかなー? 会ってみたいなー!」


 ヤタ様はゆっくりと頷うなずく。


「うんうん、リンなら会えると思いますよ」

「ヤタ様は—?」

「私は……」


 ヤタ様は、さっきよりももっと考えてるみたい。いつもはあんまり見せない真剣な顔になっている。

 じぃーっとながめていたら、それに気付いたのかあたしの方を向いて話し始める。さっきまでの顔はどこかにいって、いつもの優しそうな顔に戻っていた。


「こういう存在は、大人おとなには見えないことが多いのだとか。私は成人しているので見えないのかもしれないです」

「ヤタ様は見れないんだー……」


 残念がるあたしに、ヤタ様は優しく続ける。


「もちろん、例外もありますから。もし、私がそれらのものを見ることができたのならば、喜んでリンに伝えますよ」

「会えるといいねー! あたしも、会ったらヤタ様に伝えるー!」


 このお山にはなにかが住んでいて、それに出会えるかもしれない。

 それに会ったことはないけど、いつかは――。

 そんな期待にワクワクしたのを覚えている。


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