第8話 柚希だけの美鈴になるから
「うん。私の事、見て欲しかったの。本当の私を、ありのまま隠さない、純粋に好きをしてる私を……そう言う風に言えば、こっちの私の方が本性なのかもね」
ポテトを頬張る委員長が、ドキドキするぐらい真っ赤に染まる唇をパッと弾きながら、ニヤッと微笑む。
「……それってどう言う事?」
「どう言う事、ってどう言う事?」
「どう言う事って……ちょっと、わかんなかった。委員長の言ってること、わかるんだけど、わかんない……ごめん、うまく言えないんだけど、ちょっと分かんないや」
少しだけ言ってることがわからなかった。
いや、何となくはわかるし、言いたいことも伝わってくるんだけど……でも、まだちょっと、納得できない。
普段の委員長―真面目で、全然人と話さなくて、勉強以外好きな事も興味のあることもない―そんな委員長しか、俺は知らないから。委員長は真面目な人、って印象だったから。
「……それ。それだよ、ゆず、手塚君……私はそれが嫌だったの」
「え?」
俺の言葉に、ポテトを咥える委員長が吐き捨てるようにそう呟く。
「私さ、そんな感じでみんなに真面目で根暗な冷血人間って思われて、それを求められてるでしょ?」
「いや、根暗な冷血人間とまでは思ってないけど……内人じゃあるまいし」
「思ってるよ、絶対。そう聞こえたし、実際私もそう思ってるからさ……学校での私は、真面目で根暗な委員長。勉強しか興味ない、冷血人間―それがみんなに求められてる、私。お父さんもお姉ちゃんも、クラスのみんなも……そんな風な私を求めてる。『委員長・綾瀬美鈴は真面目であれ、勉強以外興味ない冷血人間であれ』―みんなみんな、そう思ってる。私の事、そう思ってるんだ」
「……かもね」
委員長の言ってることを、頭ごなしに否定することはできなかった。
正直俺も、そう思ってるところはあったから―委員長は真面目だから、信じられないとか、こんなことしないとか。そう言う事、無意識に考えてしまってたから。
「そうでしょ、柚k……手塚君も。みんなね、そんな私を求めて、そんな私を期待して……だから私も、そんな期待に応えないといけない。そんな期待に応えて、みんなの期待に応えて真面目で優秀、でも人づきあいは悪い―そんな綾瀬、ううん、委員長を演じてたの。お父さんが、みんなが喜ぶように、そんな委員長を演じてた。」
「……」
「でも、本当の私はそんなに真面目じゃない。いや、真面目ではあると思うけど、みんなが思ってる委員長と本当の綾瀬美鈴は違う。勉強以外にもすごく興味あるし、たまにはサボりたいし、いっぱい遊びたい! 自由に、私のしたい事、いっぱいしたい! 眼鏡とマスクで隠した本性は、意外とハッピーでラッキー……でもそれは許してくれない。私が綾瀬美鈴になることを、普段は絶対許してくれない」
「そんな事はないと思うけど」
「あるんだよ、それが。私は真面目を演じなきゃいけない、勉強にしか興味がない冷血人間を演じなきゃいけないの……それが誰かの願いなら、私だけでも応えないといけないから」
そう言う委員長―いや、綾瀬さんの表情はどこか懐かしそうで、寂しそうな、今の状況に少し似つかわしくない表情で。
何というか、昔の日々を懐かしむようなそんな……いや、詮索するのはやめよう。
こう言う事、あんまり深く考えるのは良くないから。
そんな事を考えている間にジュースを一口飲んだ綾瀬さんは、また表情を戻して、
「でもね、そう言う生活って、すごいストレスたまるんだよね~。学校は『委員長』だし、家でもお父さん厳しいし、私に『委員長』を強要してくるし……だからね、普通にしてたらストレスで爆発しちゃう。家でも学校でも演じるなんて、しんどくて壊れちゃう」
「……それは大変だね」
親が厳しいなんて、俺には全く縁がない言葉だ。
昔から放任主義で、今なんて俺とアル中で生活力のない姉ちゃんを置いて、二人で単身(?)赴任してるし。
昔から、親が厳しいとかそう言うの感じたことなかった。
姉ちゃんがこんな風になったのも絶対その影響だし。家の中であんなんになったの、絶対その影響だし。
だから、その……わかんないから、月並みで、薄っぺらい言葉しか出ないけど、大変なんだろうな、って思った。
家でもちゃんとしなきゃいけないって、大変なんだろうな、って思った。
「え、お義父さんお義母さんいないんだ。じゃあ、私が柚希の……んっ! んんっ! そ、そうだよ、大変なんだよ! だから、たまにはストレス発散の場が必要なんだよ。眼鏡とマスクと、あ、後厚着もか……そんないつもの委員長の下に隠した、本当の私―本当の綾瀬美鈴を、解き放つ時間が必要なの」
「それが、今、って事?」
「うん、そゆこと。本当の綾瀬美鈴をみんなに見てもらう時間―純粋に好きな服着て、好きなことする時間。土曜日は、お父さんもお姉ちゃんもいない日だから、たまにこうやって、委員長から綾瀬美鈴に変身してるの。みんなに綾瀬美鈴を、見てもらってるの……もちろん、てづ、柚希にも」
そう言って、パチンと甘いウインク。
「……そう言う露出が多い服が好きなの、綾瀬さんは?」
「無反応は寂しい、柚希って……って露出!? ちょっと、言い方考えてよ、柚、手塚君! なんかそれじゃ私が変態さんみたいじゃ……いや、間違ってはない……いやいや! そんな言い方、女の子にするもんじゃないよ!」
「あ、ごめん、確かに。それじゃ……そう言う可愛い服が好きなの?」
「別に可愛くはないけど……あ、でも柚希が可愛いって思うなら、私は……いや、可愛くはないと思う!」
「……じゃあ何が正解?」
綾瀬さんも可愛いって思ってないんじゃ、表しようがないじゃん。
どうすれば良いんですか、それ。
「わかんないけど、でもこういう服着てたらみんな注目してくれるでしょ? こういう服着てたら、みんなの視線が私に向いて、私の事を見てくれる」
「……確かに、注目はしちゃうな」
「でしょ? だから好きなの、こういう服が……私の事、みんながちゃんと見てくれるから。委員長じゃない、綾瀬美鈴の事見てくれるから。だから好き、綾瀬美鈴をみんなに見てもらえて、みんなに知ってもらえる―綾瀬美鈴も、みんなに認められてる気分になるから、私はこういう服が好き」
ジャケットのジッパーを下げて、脚をデーンと机の外に出して。
その中の服を、ショーパンからすらっと伸びるキレイな脚を見せつけながら、そうニヤッと笑って。
これが私の存在を認めてくれる仲間だ! と言わんばかりに、それを強調して。
……
「……あんまりそう言う事して欲しくないな。綾瀬さんに、委員長にそう言う事、して欲しくないな」
「柚希もこう言うの好きでしょ、だから……え? なんて?」
「だから、あんまりして欲しくないな、そう言う格好。好きならいいんだけど、好きじゃないみたいだし。だからその……あんまり注目集める格好とか、そう言うのして欲しくないな! ほら、今日も危なかったし。俺、委員長に危険な事、して欲しくない。委員長が傷つくの嫌だ」
「……!」
本人が好きでやってるなら、俺は別に否定しないし、好きにどうぞって感じだけど。
でも綾瀬さんは違う。誰かに自分を見てもらいただけだから。
危ない格好して、危ない目にあって……そんな事にクラスメイトがなるの嫌だ。
クラスメイトで、普通に関わりのある委員長が危険な目にあうの、俺は嫌だ。
「え、それって、柚希は私の事……え、え? だってあれは、演技、でも……え、えぇ……え、えっと、柚希! 柚希は、その……わ、私の事、ちがう、私のえっと……わ、私の事、大事って事?」
「うん、まあ、そう言う事かな? ほら、クラスメイトだし、今こうやって関わってるし、その……さっきも、ね? そんな風に関わりある人が事件とかに巻き込まれるの、絶対嫌……って委員長? 委員長?」
「あ、私の事大事、美鈴の事……美鈴が大事で、その……あわわ……」
「……委員長?」
……なんか委員長の様子がおかしいけど、大丈夫?
ちょっとあわあわ熱でもあるみたいな……だ、大丈夫?
「大丈夫、委員長? その……」
「あわわ、でも、冷静に言うと、クラスメイトで、でも、美鈴を……え? あ、だ、大丈夫だよ、もちろん! 全然大丈夫、大丈夫! 大丈夫だよ、柚希、私の事は美鈴って呼んで! あんまり委員長って呼ばれるの好きじゃないから、美鈴って呼んで!」
慌てた様子の委員長が、バシバシ手を振りながら、俺にそう言う。
なんか急だけど、それくらいなら……というかさっきまで呼んでたし。
「あ、はい。美鈴」
「う、うん……えへへ、えへへ……こほん。あ、あのさ、柚希。私ね、さっきストレスが溜まると爆発するって言ったよね?」
「うん……ん? 確かに聞いたけど、どうかした?」
「その、えっと……柚希が私の事見てくれる? 私の事―美鈴の事、柚希がちゃんと見てくれる?」
そう言って、上目遣いで俺の方を見てくる。
真っ赤な顔で、とろとろ蕩けた、そんな色っぽくて、ドキドキする表情。
「……え?」
「だって、その、柚希は、私に危険な事、して欲しくないんだよね……だ、だったら柚希が責任取ってよ。確かに薄着で出歩いたりするの、危険だから……だから、柚希が見てくれたら解決じゃない!? 柚希が美鈴を、見てくれたらOKじゃない?」
「いや、危ないことしないのは嬉しいけど……え、お、俺? なんか別の方法とか、ないの? スポーツするとか、ゲームとか……」
「な、ない! 美鈴を見て貰わないとダメなの……だから、お願い。柚希にしか見せないから……柚希だけの美鈴になるから」
「え? え? え?」
「お願い、美鈴の事見て欲しい。柚希にしか見せないから、柚希限定だから。柚希には美鈴の事をいっぱい見て、いっぱい感じて欲しいの。柚希だけの美鈴の事を……イイ事いっぱい、してあげるから」
「……え!?」
★★★
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