第5話 ざまぁみやがれ!
「俺はよぉ、ラブラブカップルの女を犯すのが大好きなんだよ! 浮かれカップルの男壊して、無理やり女奪って犯すのが好きなんだ! そう言うプレイが一番興奮するんだよなぁ!!! 幸せが崩壊する瞬間、その瞬間が一番興奮するんだ!!!」
ひっそりと暗い路地裏で、俺たちを見下ろす男がギラギラ瞳を輝かせて、下卑た笑みを浮かべながら、興奮した声でそう叫ぶ。
コキコキと動かすタトゥーの入った首はかなり太く、悦に入ったようにダサいポーズを広げるその腕は丸太のようで。
さっきまでは気にしてなかったけど、少し注意してみれば、どっからどう見てもスポーツ経験者、何なら格闘技の経験者。
「ひえっ……」
さっきまでの余裕のある甘い考えはどこかへ吹き飛んで、頭によぎるは恐怖と終了の2文字、合計4文字。
あれ、もしかして墓穴掘った? やばいスイッチ目覚めさせちゃった?
恋人のフリしたら上手い事回避できるかと思ったけど、これもしかして大ピンチ?
俺とお姉さん、どっちも大ピンチってやつですか!?
「ちょ、お姉さんどうし……あ、あれ?」
「えへへ、大好き、ゆず……えへへ、ゆずも、私の事、大好き……美鈴の事、全部、見てくれる……ふへへ」
……お姉さん、そう言う演技してくれるのは嬉しかったんですけど、今はいらないです、今は完全に火に油注いじゃうだけです! 完全にゾーンに入ってるじゃん、演技が深まりすぎて沼ってるじゃん!
お姉さん、大ピンチですよ、今! 二人とも大ピンチなんです!
今は演技要らないです、演技の世界から戻ってきてください!
「ぬへへ、演技じゃないでしょ、本気だよ……本気でゆずの事……」
「ちょ、戻ってきてください! 戻ってきて!」
「アハハ、ずいぶんラブラブだねぇ、興奮するねぇ! このカップルをぶっ壊せると思うとワクワクするねぇ! 無理やりボコボコに犯してやりてぇなぁ!」
「うん、らぶら……ふえっ!? え、ぶっ壊す、犯す……ひえっ、はうっ……怖い、ヤダ……ゆず……」
俺の肩の上で、コロコロ甘えるように頭を遊ばせていたお姉さんが、男のその表情と声を聞いて、一瞬で正気に戻り、俺の背中に怯えた小鹿のようにビクッと小さく隠れる。
「怖い」という声と、恐怖に震えるか弱くて冷たい感覚がスーッと背中越しに俺の中に伝わってくる。
俺以外頼れる人がいない状況で、必死にその藁に縋りつこうとする、そんな感覚。
「……どうしよ、これ?」
頼られるのは嬉しいし、お姉さんを守らなきゃ、っていう気持ちはずっとあるんだけど。俺に縋るこんなか弱い感覚を、絶対に守りたいとは思うんだけど。
でも、だからと言って、この男を帰宅部やってる俺がどうにかできるとは思えない。
「アハハ、その顔その顔!!! その絶望した顔が最高なんだよなぁ! 二人ラブラブカップルなら帰してもらえると思ったか、マヌケが! 帰すわけねぇだろ、そっちの方が興奮するからな! 男を殴れて、女を無理やり犯せる―まさに一石二鳥じゃねえか!!! ああ、興奮してきたぜ!!! シュッシュッ!!!」
「……やべっ」
ボキボキと鳴らす拳は俺のそれの倍くらいあって、打ち出されたジャブは俺の反射神経じゃ到底避けられなさそうで。
ギラギラと光る瞳は、カチカチ鳴らされる歯並びの良い真っ白な歯は俺たちを決して逃さないようにロックオンしていて。
「……本当に帰してくれないですか? 俺と美鈴、ラブラブ大好きカップル何ですけど? その……本当にラブラブだから、美鈴は絶対に落ちないと思いますけど」
「帰すわけないだろ、バカじゃねえの? それに落ちなくてもいい、勝手に堕ちるんだからな! 女ってのはよぉ、どれだけ口で嫌がってても最後にゃ快楽に堕ちてしまう生き物なんだよ! どんだけ嫌がってる女でも、俺のをぶっさせば最後には落ちるんだよ、俺のものになるんだよ!!!」
「……」
「それに嫌がってる女を無理やり犯す方が興奮するからな! 彼氏がボコられて泣きそうな女を、いやいや無理やり犯して、最後にセックス中毒にして俺のものにする―この過程が最高なんだよ! ボコボコに大怪我してる彼氏の事を忘れて、自分の快楽のためだけに俺の上で腰を振る……そうなった瞬間が最高なんだよ、これに勝る快楽はないんだよなぁ! 最高に気持ちいいんだよ、その瞬間が!!!」
「ひえっ……ゆず……怖い、私ゆずが良い、ゆず、助けて……」
「ゲスめ……大丈夫、大丈夫ですよ」
絶対にこんなゲスにお姉さんを渡してはいけない、絶対俺とお姉さんは逃げないとやばいことになる……とはいっても、その打開策が思い浮かばない。
お姉さんを慰めながら色々頭を回しているけど、何も思いつかない。普通に逃げようとしても、すぐに捕まるのが関の山だろう。
「アハハ、ラブラブで結構なもんだ! すぐにでもぶっ壊してやりてぇ、すぐに堕としてやりてぇ! ボコボコにして、ボコボコに犯して堕としてやりてぇなぁ!!!」
「……へ、平和に行きませんか? そ、その、ラブ&ピース的なマインドで、その……」
「バカだなぁ、お前は! 世の中弱肉強食なんだよ、弱いものは強いもののためにあるんだ! つまりだな、お前みたいな雑魚は俺のサンドバックになる運命だし、その女も俺に犯される方が幸せってわけだ! 当然だろ、俺は強いんだから! 俺様のサンドバックになれるのを光栄に思えよ、雑魚クソガキが! お前は彼女の前で、俺にボコボコにされてみっともない姿晒すんだよ!」
「え、あ、その……」
「何だ、さっきまでの威勢の良さはどうした? 怖気づいて自分だけでも助かろうとしてんのか? 女だけ俺に渡して自分だけ助かる―いかにも雑魚のクソガキが考えそうなことだな! 良い考えだと思うぜ、雑魚っぽくて!!!」
「いや、そうじゃ……」
「でも安心しろ、死ねばもろとも一蓮托生だ! お前もちゃーんとボコボコにしてやるからな! 安心しろ、命までは取らねぇ……お前がボコボコで倒れているところで、女をボコボコに犯してやるからなぁ! 彼氏の前で女を犯す―礼儀とかマナーみたいなもんだろ、俺は紳士だからな!」
「……やば」
どうしよ、完全に獣の論理だ、しかもそれを可能に出来そうな体格をこいつは持ってる。
俺なんて抵抗してもひとたまりもないだろうし、すぐにボコられてお姉さんも……そんな未来がもう目の前に見えている。しかも、ほぼ回避できない。
どうやっても、回避が出来ないような最悪の未来が、俺たちを待っている。
「……走れますか?」
「……む、無理……腰、抜けた……」
……ですよね。
さっきから身体に感じる震えとか、恐怖の感情、強くなってましたもん。お姉さんがもう限界な事、何となく感じてました。
もうほとんど俺たちが助かる可能性がない事、何となく感じてました。
「怖い、助けて……助けて、嫌、怖い……怖いよ、嫌だよ、助けて、ゆず……」
でも、守らなきゃ、お姉さんの事。絶対にこの男に渡しちゃいけない。
こんな俺を頼ってくれて、こんな俺に最後の希望として縋ってくれてるんだ……ここで頑張らなきゃいつ頑張るってんだ。
俺の事大好きって言ってくれたあの笑顔とあの感情―あの美しいすべてをお姉さんの大好きな人に届けるんだ、こんなところで曇らしちゃダメだ。
絶対にお姉さんと一緒にこの場面を回避する、お姉さんをこの男の食い物なんかにさせない。置いて逃げるなんて絶対に出来ない。
最悪の未来を回避するために、どんな小さな運命だって引き寄せてやる、絶対に。お姉さんと一緒に。最後まであがいて、しがみついてやる。
「さーてと、そろそろか、もう我慢できないしなぁ! もう俺の股間も拳も限界だしなぁ!」
「お姉……いや」
違うな、ここは。
俺が勝手に割り込んで、話めんどくさくしたんだ。
ここはちゃんと、俺がキッチリ最後まで。俺と美鈴で最後まであがくんだ。
最後の最後まで頑張って、後悔しないように。お姉さんに笑ってもらえるように。
「美鈴。俺に運命、預けてくれない?」
「ハァハァハァ……え?」
「美鈴の運命俺に預けてくれ。美鈴の事は俺が守る、俺が何とかする、俺が絶対責任取る―だから美鈴の人生、俺に預けてくれ」
「え、それって……え、いきなり、でも……は、はひ。よ、よろしく、お願いします……お願いします、ゆず……美鈴の事、ずっと、お願いします!」
……よし、覚悟決まった。
お姉さんのこんな表情、燃え上がらないわけがない、気合が入らないわけがない。
「はうぅ、そんないきなり……えへへ、大好き。好き、大好き……えへへ」
「……ふー」
大丈夫、俺ならできる。
いつもやってるじゃないか、姉ちゃんに。
姉ちゃんで慣れてる、だから大丈夫……俺ならできる、絶対できる!!!
絶対できる、絶対できる、絶対できる、絶対できる!!!
俺ならできる、俺ならできる! 逃げ切るんだ、お姉さんと一緒に!!!
「よし!」
自分に気合を入れて、ギッとにらむように男の方を見る。
そんな俺を見た男は、ニヤニヤ笑いながら、
「アハハ、最後の語らいは終わったか! 俺は優しいからな、待ってやったぜ、お前の事! 俺は優しいからな!!!」
「お気遣いどうも! 感謝します!」
「おーおー、また威勢が良くなったなぁ、クソガキ! そう来なくっちゃ、こういう奴をぶちのめすのがやっぱり気持ちいいんだよなぁ!」
そう言ってボキボキ気持ちよさそうに指を鳴らす。
大丈夫、大丈夫、ビビるな、怖気づくな……行ける、俺ならいける! お姉さんを絶対、守るんだから!!!
「アハハ、それじゃお前から……」
「あ、あんなところに裸のお姉さんが! 裸のお姉さんが、歩いてる!!!」
「え? どこどこ? どこにそんな淫乱が!?」
俺の声に、男の視線が俺から逸れてフラッと外を向いて、キョロキョロし始める。
よっしゃ、そうなると思ってたぜ、チャンス到来!
「よし、失礼します!!!」
その隙に、背中にもたれかかっているお姉さんをサッとほどき、俺の目の前に立たせる。
「よいしょ、よいしょ……よし!」
そしてお姉さんの腰のあたりに手を添えて、もう片方はふとももに添えて。
そしてそのままお姉さんを俺の身体に引き寄せて、グッと身体中に力を入れ―お日様だっこの体勢で、お姉さんをしっかり持ち上げる。
「え、ゆず……それ、私……えへへ、ゆず……えへへ」
「うん、軽い! 走るよ、しっかり捕まっててね、美鈴!」
大丈夫、お姫様だっこなら慣れてる、いつも酔っぱらってる姉ちゃんをこの体勢で階段上ってベッドまで運んでるから慣れっこだ!
しかも姉ちゃんよりずいぶん軽い、大丈夫だ、行ける行ける! このまま走って逃げてやる、どこまでも!
「うん、もちろん……絶対離さないよ、ゆず……美鈴は絶対、ゆずの事離さない。ずっと一緒だよ、大好きだよ、ゆず」
「よっしゃ!」
そう言って体重をギュッと俺の方にかけて、しっかり首に腕を回して密着してくれるお姉さんの身体を存分に感じながら。
「ゆず、ゆず……ゆず、好き、大好き……えへへ、ゆず」
「ハァ、ハァ……ハァハァ」
男が俺の言葉に意識を取られている内に、走る、走る。
お姉さんを守るため、お姉さんの大好きを大好きな人に伝えるために―腰の痛みも腕の痛みも何もかも誤魔化して、全力で無我夢中で走って。
何も考えずに、無我夢中で、全力で走る、走る。
「おいコラ待ちやがれ!!! 騙したな、クソガキが!!!」
「ハァハァ……やべっ、来た! どうしよ、どうしよ……あ! ちょっと、袋の中! 良い物入ってる、よろしくです!」
「ゆず、ゆず……え、袋? この中、ぬいぐるみしか……え、これ?」
「YES!!!」
お姉さんが俺の肩にかけていた買い物袋から取り出したのは、3つ入った玉ねぎのネット。
姉ちゃんに喰わせるために買ってたんだ、罰ゲームのために買ってたやつだ! 良いものあったぜ!
「思いっきり投げて、男に向かって! あいつに顔面に向かって、ぶん投げて!」
「うん、わかった! わかったよ、ゆず!!!」
「おいおい、何話してんだよ、何青春してるんだよ! お前たちは俺にボコボコにされて、犯される運命なんだよ!!! 無駄な抵抗せずに俺に……え?」
「それっ!」
「げぶっ!?」
お姉さんが玉ねぎを後ろにぶん投げたと同時に、情けない男の悲鳴が聞こえる。
後ろは振り向けない、振り向いて捕まったら終わりだ……でも、でも!
「やった! やった! ゆず、やったよ! やったやった!」
「ふふっ、あんまり暴れちないで⋯⋯でも、よっしゃぁ!!! ざまあ見やがれ!!!」
俺の腕の中で楽しそうにはしゃぐお姉さんの身体を、落としてしまわないようにさらに強く、ギュッと抱きしめるように支えながら。
お姉さんの身体を、歓喜の気持ちをもっと近くで肌で感じながら。
全力で走りながら、俺はそう勝利の雄たけびを上げた!!!
☆
「よし、この辺ならもう大丈夫でしょう! おろしますよ」
「えへへ、ゆず、ゆず……えへへ」
しばらく走って、どこかの小さな公園。
そのよくわからない祠みたい遊具の中にコソコソ入って、ずっと嬉しそうににこにこ笑うお姉さんの身体をスッとおろす……そして襲ってくる腰と腕の痛み。
「うん、ありが……くしゅん」
「いたた、無理して……あ、寒いですよね、その恰好。これ、着てください」
腰の痛みに悶絶しそうになっていると、小さな可愛いくしゃみが一つ。
お姉さん、寒かったですよね、この季節ですもん。俺ので良ければ、着てください。
「え、悪いよ。ゆずが寒いでしょ?」
「俺は大丈夫です。これ、あるんで」
ゴソゴソと買い物袋を漁って出すのはオオサンショウウオのパーカー。
なぜか特典で付いてきた、俺のサイズのパーカーがあるんで、大丈夫ですよ、お姉さん!
「そっか、ありがと……ありがと、ゆず……ゆず!!!」
「はい、着て……お、お姉さん!? お姉さん!?」
俺のジャケットを羽織ったお姉さんが、感極まったように俺の胸に飛び込んできた……!?
★★★
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