花のように微笑むギャル

 春風さんの運転は優しくて好きだ。

 激しい揺れもないし、乱暴でもない。

 柔らかくて温かい。


 華麗な運転で、どこかへ連れていってくれる春風さん。


 目的地は言わなかった。

 到着してからのお楽しみというわけだ。


 クリスマスプレゼントを貰うみたいに、わくわくしてきた。


 バイクはやがて、ある場所で止まった。



「……ここって」

「ここは、わたしの実家だよ」



 更に驚いた。

 実家というか、それよりも“お店”じゃないか、これは。


 海上釣堀『ワタヌキ』という、小ぢんまりした店だった。


 この釣り堀店は、春風さんの家でもあるんだ。マジかよ……すげぇな。



「なかなか特殊な家に住んでいるんだな」

「まあね。だから、釣りは得意なんだよ」

「へえ、釣りかぁ。やったことないよ」

「そうなんだ。じゃあ、ちょっとやってみよっか」


 先へ行ってしまう春風さん。

 俺は後を追いかけていく。


 事務所らしき場所へ入ると、今時にしては珍しいキセルを吹かすオジさんがいた。


「ただいま、パパ」

「……ん。って、春風じゃないか。おかえり」


 あ、あの人が春風さんのパパさんなのか……。

 ならず者みたいな風貌でヤベェ目つきだぞ。失礼だが、アウトローな雰囲気を醸し出し、怒らせたら容赦なく撃たれそうだ。怖ェ……チビりそうだ。


「ちょっと釣りするね」

「珍しいな、お前が釣りとはな。……って、なんだその小僧」

「この人は同じクラスで生徒会長」

「生徒会長ぉ? そうは見えんがな」


 ギロッと睨まれ、俺は足がガクガク震えた。

 やばい……今ので寿命の半分を失った。なんて迫力だ。あと、あの顔の傷はいったいなんだ。絶対過去に何かあったヤツだ!


「お、俺は……桜田 紅です。春風さんには、いつもお世話になっています」

「お世話にィ!?」


 更に睨まれ、俺は今にも白目を剥いて気絶しそうだった。おっかねぇ。


 だが、春風さんが割って入ってくれた。


「パパ。会長を脅しちゃダメ」

「し、しかしだな……男を連れ込むなど……!」


 血の涙を流しながら唇を噛む春風さんのパパさん。もしかして、娘には頭が上がらないのか。……溺愛しているんだな。


「お客さん以外は入れちゃダメだからね」

「……分かったよ、春風」

「さすがパパね」

「だが、桜田……娘に手ぇだしたら……!」


 うわ、殺される!?


 と、思ったが春風さんがパパさんを睨んだようで、怯んだ。どんな表情だったか分からないけど、そうとう強烈だったようだな。


 恐怖でブルブル震える俺だったが、なんとか釣り堀の方まで来れた。


「ごめんね、会長」

「春風さんのお父さん、怖いね」

「昔はヤンチャしていたみたいだからね」

「表情に出ていたからな、分かりやすかった」


 釣り堀は、とても広くて開放感があった。三十メートルのプールみたいな囲いがいくつも点在していた。


 案内図を見るとA~D地点と四か所あるようだな。


 先客もいるようで、爺さんや家族連れが釣りを楽しんでいた。


 へえ、案外賑わっているな。


 空いている場所へ座ると、春風さんが釣竿を持ってきてくれた。


「はい、会長。これを使って」

「リールのついた釣竿なんだ。エサは……練り餌ね」

「なんだ、会長詳しいじゃん」

「少しだけかじったことがあるんだ」

「そうだったの」


 さっそくエサを取り付けていく。

 それから仕掛けを海へ落として――あとは掛かるのを待つだけ。


「ちなみに、何が釣れるんだ?」

「タイとかブリだよ。カンパチとかアジも釣れる」

「ほぉ~。大物を釣ってみるか」

「会長に釣れるかな」


 春風さんは妙に煽ってきたが――その時だった。

 強風が吹き荒れ、立っていた彼女を煽った。普通なら耐えられるところだが、不幸にも足元に練り餌があって……それを踏んで足を滑らせてしまった。


 ……やべっ!

 春風さんが大ピンチだ!


 俺は直ぐに立ち上がり、春風さんの腕を掴んだ。


 ……危なかった。


 あと一秒でも遅れていたら、彼女は海へ落ちていた。



「春風さん、今助ける!」



 ぐいっと腕を引っ張って、こちらへ手繰り寄せた。すると、春風さんの体が俺の中に。


「…………会長、ありがと」

「だ、大丈夫か」

「うん、会長が助けてくれたから……」


「無事で良かったよ」

「そ、その……」

「ん? どうした、春風さん。顔が赤いぞ――って、すまん!」



 思いっきり抱きしめていた。

 咄嗟とっさのこととはいえ、俺はなんてことを!


「ううん、いいの。マジで助かったよ、会長」


 花のように微笑む春風さん。

 俺は……見惚れて動けなくなった……。

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