第5話 初めての実戦

 カイルが馬を急がせて森の奥深くへと向かった先には、様々な魔物が舌なめずりするように馬車を取り囲んでいた。

 護衛していると思われる騎士たちが馬車を背にして険しい顔で武器を構え、魔物たちと対峙している。


「ぐああああ!」

 とびかかってきた魔物から不意に攻撃を受けて受け流しに失敗し、叫び声をあげた年若い騎士は苦しい表情のままガクリと膝をついてしまう。


「下がっていろ!」

 隊列を崩さずに部下をかばうように前に出てきて冷静にその指示を出したのは、護衛騎士隊長の男性だった。


 彼らはとある貴族の護衛をするために五人で隊を組んでいた。

 護衛として経験を積んだものを中心とした彼らはそんじょそこらの魔物であれば苦戦することはない。


 しかし、今回は遭遇した魔物の数がいつもと比べて多く、加えて魔物たちが人間のように連携をとって行動していた。


 彼らを取り囲んでいる魔物は、ゴブリン十体、ゴブリンメイジ三体、フォレストウルフ五体、オーク五体、オーガ三体とかなりの数である。


 フォレストウルフが素早い動きで先制していき、ゴブリンメイジが後方から魔法を放つ。

 そちらに注意が向いたところで、ゴブリンたちはこっそりと近づいて不意に飛び出し、攻撃をしていく。

 とどめは、オーク五体の巨体によるパワー攻撃で押し込まれている。


「ぐっ──みんなしっかりと相手を見て攻撃をするんだ!」

 オークたちの攻撃を何とか押し返した隊長が叱咤するように指示を出していくが、この状況では目の前の魔物に対抗するだけで精一杯である。


(くそ、なぜこんなことに……)

 こんな森の中では助けが来ることは望めない。

 明らかに護衛騎士五人では対処しきれない現状に隊長はギリっと歯噛みする。


「……お嬢様、あなただけはなんとしてでもお守りいたします!」


 ちらりと隊長が目線を送った先──馬車の中にいるのは貴族の令嬢である少女。

 カイルと同じ年くらいの上品そうな顔立ちの美しい少女は緊張の面持ちで騎士たちが奮闘しているのを見守っていた。


 怯えている少女を見た騎士隊長は命に代えても彼女だけは守り抜くつもりであり、決意を新たにしたことで剣を持つ手に力が入った。

 そして魔物の群れを薙ぎ払うように剣を振るって飛び出していく。


「う、うぅっ……!」

 戦いになれていない少女でもこの状況が苦しいことはわかっており、騎士たちが傷つきながらも戦っている姿を見て守られているしかないことにつらさを感じていた。

 みるみるうちに涙を目にいっぱいに浮かべた少女は耐えきれなくなったように窓のそばを離れ、馬車の隅で丸くなって目をぎゅっと閉じ、戦いの音から耳をふさぐように震えるだけで精一杯だった。


「お前たち、剣を持つ手に力をいれろ! 魔力を高めろ! なんとしでもお嬢様を守り抜くんだ!」

「「「おうッ!!」」」

 まだ大きな怪我を負っていない四人が、気合を入れ直して魔物たちに向かいたつ。


 しかし、内心ではこの状況を切り抜けるのは難しいと考えていた。

 だからこそ、自分たちを鼓舞するように声を出しでもしなければ、心が折れてしまう。


「ガアアアア!」

 このタイミングでオーガ三体が大きく動き出した。

 先ほどまでは後方で他の魔物たちの動きを見ていたが、状況が変わらないことにしびれを切らした三体は獲物を直接狙うべく騎士を無視して馬車へと向かって走って行く。


 陣形から騎士たちが必死に馬車を守ろうとしているのを見て、そこが弱点だと見抜いたようだった。


「くっ──馬車が!」

 今までオーガが後方であまり大きな動きをしていなかったために何とかなっていた。

 オーガが本気で攻撃をしてきたら、それを防ぎきれる自信は彼らにはない。

 しかし、それでも少女を護衛することが彼らの仕事であるがゆえに、どんなに苦しくても動かないわけにはいかない。


(誰か、誰でもいい、助けを──!)

 情けないと思いながらも必死に剣を振るいながら隊長は苦境を前にそんなことを思ってしまう。


「──風弾岩」

 死を覚悟した彼らの耳に、突如聞きなれない魔法名が聞こえたと思ったと同時に突風が駆け抜けていった。


 そして、馬車に向かっていたはずのオーガが突然立ち止まり、あっけなくドサリと倒れるのが見える。

 困惑しながら視線を向ければ、その身体に頭部はついていない。


 このオーガの頭を吹き飛ばした魔法は、岩でできたこぶし大の弾を風の魔法で撃ちだすという混合魔法で、本来であればこの世界に存在しないものである。


「おー、なかなかの威力だ」

 手を前に突き出したカイルは馬の背に乗ったまま魔法を放ち、オーガの一体を瞬殺していた。

 遠くからでもいち早く攻撃できればととっさの思いつきで実行した魔法だったが、思っていた以上の効果が出てうれしそうな笑顔になっている。


「「「「「はあ?」」」」」

 戦っている四人だけでなく、立ち上がれずにいた騎士も一緒になってその結果に驚きの声をあげていた。


 魔物たちも突然のことに驚いて、動きが止まっている。


「よっとっと……ふう、着地成功。馬くん、みんなのとこにもどっていいよ。ありがとね」

 カイルは馬から飛び降りると、軽く馬の尻を叩いてもと来た道を戻らせる。

 訓練されている馬はそう指示されると自然と帰っていった。


「さて、まずは馬車を守らないとか……みなさん、馬車の近くに集まって下さい!」

 この場にいるものが驚きや戸惑いで固まっている中、マイペースに状況把握したカイルが隊長に向かって指示を出していく。


「……えっ?」

 突如現れた子どもがオーガの頭を吹き飛ばして、騎士隊長に指示をだしているという状況に、頭が追いついていない。


「早くして! 魔物が動き始めますよ!」

 動かない騎士にしびれを切らしたカイルが急かすように声をあげる。

 魔物もカイルという突然の来訪者に驚いていたが、子供だとわかると舐めてすぐに襲い掛かってくることは想像に難くない。


「わ、わかった! みんなすぐに言うとおりにするんだ、リックのことも運ぶぞ!」

 誰でもいいから助けてくれとは思っていたが、現れたのが守るべき少女と同年代の少年であることに戸惑った騎士隊長。

 だが緊急事態であったことを思い出し、その言葉の意味を理解した彼らは怪我をしたリックという騎士を皆で支えて運びながら馬車の周りに集まっていく。


「……さて、全員移動完了かな。光の防護壁!」

 騎士たちが移動を終えたことを確認したカイルが右手をかざすと、馬車の周囲を包み込むように光の幕が生み出された。

 少年がそのようなものを作り出したことにも驚いたが、守られている安心感が分かるほどしっかりとした魔法陣の障壁で騎士たちと馬車が囲われている。 


「キャウーン……!」

 いち早く我を取り戻したフォレストウルフがそこに体当たりをしようと突っ込んでいくが、光の力によってあっけなくはじき返されてしまった。


「ひ、光魔法の障壁……」

 騎士たちはフォレストウルフが軽々と弾き飛ばされたことにも驚くが、魔法障壁が一ミリも傷ついていないことにも驚いていた。

 魔物を一切寄せ付けないほどの障壁を広範囲で作り出すのは大人でも魔法にたけたものでないと難しいのではないかと思われる。


「さあ、これでなんの心配もなく戦えるね。といっても、時間をかけるつもりはないけど……雨呼び!」

 障壁の安全を確認できたカイルは一気に片を付けるべく、右手を空に掲げると水魔法によって雷雲を作り出していく。


(風魔法に、光魔法、そして今度は水魔法……いったいいくつの属性を──!)

 流れるように繰り出される魔法、しかも複数属性をいともたやすく操っているカイルを見て、騎士たちは困惑している。


「今の僕だとこれを用意しないとなのがちょっと残念だけど……覚悟してね」

 カイルは見事にできあがった雲を見てニヤリと笑う。


 このタイミングで魔物たちは本能的になにかがまずいと感じ取ったようで、魔法を阻止すべくそれぞれが一気にカイルへと襲い掛かっていく。


「それじゃあ、さようなら──雷の雨!」

 魔物たちの動きなど意にも介さず、不敵な笑みを浮かべたカイルが手を勢いよく振り下ろすと雲からけたたましいまでの雷が次々と降り注いでいき、その全てが魔物たちに命中していた。


 その一帯だけまるで地震でも起きたのかというほどに大地が揺れ、魔物たちは声をだす暇もなく雷によって一瞬で黒焦げにされてしまった。



―――――――――――――――――――――――


【あとがき】

原作の漫画は隔週『火曜日』に【異世界ヤンジャン様】にて更新されます。


詳細は下記近況ノートで!

https://kakuyomu.jp/users/katanakaji/news/16817330650935748777


※注意

こちらの内容は小説限定部分も含まれております。

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