第2話 提案
「──はっ!」
全一の意識は突如戻り、勢いよく身体を起こして周囲を急いで見る。
だが慌てて見た周囲の景色は彼の記憶にないものだった。
「あ、あれ? 痛く、ない……?」
そしてふと思いいたる。先ほど全一は車にはねられてしまったはずだった、と。
その衝撃も確かに覚えている。
しかし、身体のどこにも怪我はなく服の乱れすらなかった。
けがをさせまいとしっかりつかんでいたはずの子供もいない。
「なんで怪我もしてないし、服も汚れていない……それに……」
徐々に冷静になっていく頭が、周囲の状況を把握し始めた。
「──なんで?」
やけに静かな空間ということもあいまって、冷静さを取り戻した全一の頭に疑問符がいくつも浮かんでくる。
交通事故にあったのならば病院に搬送されるのが普通である。
さすがに事故が起これば周囲にいる誰かが通報してくれるからだ。
しかし、全一がいるのは病室のベッドの上ではなく、機械に繋がれた特別室でもなく──どこまでも広がる雲の上だった。
「いやいや、なんで?」
まるで羽毛のような滑らかで柔らかい雲を彩るようにカラフルな花が敷かれ、まるで上品なベッドのようになっている。
花の香りは優しく、どこからか吹く穏やかな風が頬を撫でていく。
現実ではありえない光景に、全一は自分の頭がおかしくなってしまったのではないかと考えてしまう。
痛みのない体も非現実的な光景も全てが全一を混乱に陥れていた。
死んでしまったのか──と思った矢先、不意に声をかけられた。
『あ、起きた? いやあ、ビックリしたよね。まさか地球の日本で僕のことを見える人がいるなんて』
ちょっと困ったように笑うその声は耳にではなく、脳に直接届いているようである。
「だ、誰だ? というか、ここはどこだ?」
突然降りかかる声に驚いた全一は声の主を探すように周囲を見回してしまう。
『こっちだよ。さっきは助けてくれてありがとう。まあ、実体じゃないから怪我することもなかったんだけど、まさか人に見られて触られるとは思わなかったよ』
今度も同じように脳に届いた声ではあったが、おおよその方向を示してくれていた。
全一がそちらに視線を向けると、そこには先ほど彼が助けようとした子どもの姿があった。
「君はさっきの……! はあああ──よかった、無事だったんだね」
ハッと事故のことを思い出した全一は子どもの怪我一つない体をみて大きく息を吐いて脱力する。
そんな全一のことを子どもはじっと見ている。
守ってあげられたんだ、と安心した全一にとっては、声の聞こえかたなどはとりあえずどうでもいいことだった。
「俺がかばったことで君になにかあったらどうしようかと不安だったんだ。本当に怪我もないようでよかった」
子どものほうに視線を戻した全一はニコリと笑った。
その言葉に子どもはキョトンとしてしまう。
(あぁ、服装が違ったから印象が違うけど、やっぱりあの時の子だ)
目の前の子どもは地球で来ていた一般的な日本の子どもの服ではなく、ローブのような白一色の衣を身に着けていた。
やや長めの髪と顔立ちが中性的であるため、性別はわからない。
最初に見た子どもの金色の目がキラキラと輝いて深く印象的だったことを思い出して、子どもの目を見ると記憶と一致した輝きがあった。
『ふふっ、起きてすぐに僕の心配だなんておかしな人だね。もっと聞きたいことはあるだろうに……でも、そんなあなただからここに連れてきたんだけどね』
全一の態度に子どもはクスクスと楽しそうに笑った。
(あ、男の子なのかな)
僕という一人称から、とりあえず少年だと考える。
そして、それ以上に聞きたいことが山ほどあることを思い出した。
「そ、そうだ! なんでこんな場所にいるんだ? それに俺は確かに車にはね飛ばされた気が……」
当然浮かぶその疑問をやっと口にしていく。
この子どもであれば恐らくその答えを知っているだろう、となんとなく感じていたからだ。
『そうそう、あなたは僕のことを助けようとして車にはねられて死んじゃったんだよ』
「…………」
あっさりと衝撃的なことを言われたため、全一は口をポカンと開けて固まってしまう。
『あっ、驚かせちゃったかな? というか、色々とわからなくて困っているよね? まずは僕の説明からしたほうがいいかな……コホン』
眉を下げてそういった子どもは一つ咳ばらいをしてから、真剣な表情になる。
『僕は君たちの言葉でいう、いわゆる神様ってやつなんだ。見た目は子どもだけど、遥かに長い時を存在していてね。で、たまたま日本をふらふらと見て回っていたんだけど、誰にも見られないし触れられないからいいかなーとおもって気にしないで道路に向かって歩いちゃったってわけさ』
そう言った子どもは最後に苦笑しながら頬を掻く。
自分のミスで全一を巻き込んでしまったことを申し訳なく思っていた。
『改めてごめんなさい。僕があんな軽率な行動をしなければあなたも死ぬことはなかったはずだから……』
気まぐれに歩いていた神のせいで死ぬことになってしまったことを明かされた全一だったが、胸に手を当て申し訳ないと真剣に詫びる神を名乗る子どもを見て、彼を攻める気にはならなかった。
「うーん、それは気にしなくていいよ……あ、いや、いいですよ……?」
少年相手に話しているつもりだったが、神であるということを明かされたため、全一は慌てたように姿勢を正して、言葉遣いを修正する。
『ふふっ、話し方を変えなくていいよ。それより、僕のせいで死なせてしまったことは、やはりどうしても申し訳なく思ってしまってさ。でも、さすがに生き返らせることはできないんだよね』
少しだけ期待していたことではあるが、死という事実は神でも覆せないルールのようだ。
「まあ……仕方ないな。でも、死んだのが俺だけでよかったよ」
助ける必要がない相手だったとしても、誰も死ぬことはなかったことに全一は満足していた。
『うんうん、やっぱりあなたはいい人だ! そこで一つご相談。異世界に行ってみるつもりはないかな?』
全一に新たな人生をプレゼントする──両腕を広げた神はにっこりと笑ってそんな提案を口にした。
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