第17歩 謝罪と許容とオススメスポット
「……なぁ」
スタスタと歩くわらびの後ろを歩いていたものの、すぐに沈黙に堪えられなくなった有可が声をかけた。
「む、どうした? まさかもうへばったのか? まだ五分も歩いておらぬぞ?」
「いや、流石に五分歩いたぐらいでへばったりはしないから!」
抗議の声をあげ、それでもスピードを落とさずに歩きながら有可は更なる言葉をかけた。
「……わらびはさ。知ってたんだよな? 俺が生き霊になってるって」
「……うむ」
わらびが、足を止める事は無い。だが、振り向かない彼女の顔が緊張で引き攣っているのが、有可にはわかった。
「……俺が楽しそうだから、思い出す切っ掛けになるかもしれない事を言い出せなかった……って」
「……うむ」
その答えに、有可は「そっか」と呟く。そして、「ごめん」と謝った。
「わらびはわらびなりに、俺の事を思って言わずにいてくれたのに……怒ったりして」
「別に、怒るぐらいしても良かろう。寧ろ、そなたの場合は怒りという感情が生きておった事を喜ぶべきだと思うがの。神々や聖人君子だって、怒る時は怒る。普通の人間であれば、尚更よ。怒る場面ではなかったと後々思ったのであれば、勇気を出して謝れば良いだけの事。今のユウカのようにな」
「そっか……ありがとな」
怒った事を謝って、それが受け入れられて。少し心が軽くなった気がする。そう伝えると、わらびは振り向かないままに「うむ」と言う。心なしか、声が弾んでいるようだ。
「それにしても……俺、そんなに楽しそうだった……?」
「うむ。慣れぬ山登りでへばってこそいたが、それでも楽しそうにしているように見えたぞ。御坊やたつ、源太ととりとめも無い話をするのも良かったのかもしれぬな」
言われてみれば、誰かと雑談をするなんてここのところ無かった気がする。京都に来て、戻橋の下でわらびに出会い、わらびの行動に巻き込まれる形で僧侶やたつ、源太と出会い。彼女らとの雑談は、たしかに楽しかった、という記憶がある。何を話したかはほとんど覚えていないのに、だ。
誰かととりとめもない言葉を交わす事に、飢えていたのだろうか。それとも、久々の仕事に全く関係無い会話が、楽しかったのだろうか。どちらも、あり得る。
それに、わらび達に付き合う事で、自分で計画を立てただけでは行かなかった場所にも行った。石清水八幡宮にケーブルカーがあるなんて、交通機関を調べてみるまで知らなかった。神の山である愛宕山の山中に、あんなお茶目な看板が立っているなんて思いもしなかった。
わらび達と行動を共にした事で、新しい世界を知れた気がする。それが、楽しかった。
そう言うと、そこで初めて、わらびが有可の方を振り向いた。「うむ!」と言って頷くその顔は、晴れやかだ。
「ユウカには、旅が向いているのかもしれぬな。現地に行って初めて知る事を楽しいと思えるのであれば、今後もどんどん旅に出ると良い。手始めに、この京の都を隅から隅まで歩き尽くすというのはどうかのう?」
「……いや、それ何年かかるんだよ……。と言うか、歩くにしたって、どこから始めれば良いんだよ……」
困った顔で有可が言うと、わらびは「そうさな……」と真面目な顔をして呟いた。
「もしユウカが本気で京を歩き倒すつもりでいるならば、とっかかりとしていくつかオススメスポットを教えてやっても良いが……」
「オススメスポット?」
首を傾げる有可に、わらびは「うむ」と頷いた。
「手始めに……河原町にある、お獅子が舞い踊ってからおみくじを渡してくれるからくりがある神社。それから、伏見の近くにある庭が綺麗で時期によっては巫女の神楽を見る事もできる神社、どちらが聞きたい?」
「……お前、本当に安倍晴明の式神か? 京都の観光会社の回し者じゃないよな……?」
早くも飛び出してくるオススメスポット紹介に呆れて有可が言うと、わらびは「何を言うか!」と言ってふくれっ面をする。
「儂は正真正銘、晴明坊ちゃんによって力を得た式神よ! 折角ユウカを楽しませてやろうと思って言ったというに、そのような事を言うのであればもう知らぬ! 一人で頑張って行き先を考えるが良い!」
そう言って踵を返し、またスタスタと歩き出す。
……何故だろう。いつもの有可なら、このような態度を人に取られたら「自分がまずい事を言ったのではないか」「相手を怒らせたのではないか」と気に病むというのに。今は、わらびのこの態度がポーズである事がわかる。
これからどこに連れて行かれるのかしらないが、彼女の後についていくのであれば問題無い。彼女と一緒であれば、恐れる事は無い。
そんな気持ちを噛み締めながら、有可もまた、わらびに続いて再び歩き出したのであった。
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