5 赤ずきん⑤
鳩の顔の赤ずきんの正体は寮生だ。その赤ずきんの目的は瀬戸杏奈を襲撃することらしい。スレッジハンマーがその証拠。
鳩マスクと赤ずきんの衣装は、顔と体型を隠したいから身につけたのか? 襲撃が失敗した場合に備えて。きっちり手袋までしている。手や指の形、ネイルの色によって赤ずきんの正体が特定されるのを防ぐためかもしれない。
めまぐるしくそんなことを考えながら、ソファ型ベンチもバリケードに加える。赤ずきんがしつこく内開きのドアをあけようとする。厚味を増したバリケードのおかげでびくともしないが……ほっと息を吐き、杏奈が少しだけ安堵しかけた
ドンッと大きな音が弾けた。バリケードの存在に気づいた赤ずきんが、スレッジハンマーを使いはじめたようだ。連続でハンマーの打撃を受け止めたドアが波のようにたわんだ。
赤ずきんが誰なのかは、ひとまずあと回しだ。それよりも、助けを呼ばないと。
杏奈はドアの近くにある引き出し付きの台に走りよった。台の上に固定電話。受話器を持ちあげる。耳に当て、警察に通報しようとしたら――。
ツーという発信音が……聞こえない。
まさかと思い、固定電話を持ちあげてみた。コードがない。
「最悪……。ありえないんですけど!」
悪態をつきながら、杏奈は目を皿にして、電話機のコードを探した。
引き出しをあける。ない。電話機のコードがない。床にも落ちていない。どこにも。
偶然のはずがなかった。あの赤ずきんの仕業か!
管理員は退勤前に日誌を書く。その直前に最後の巡回を行うそうだ。巡回のとき、電話コードが引き抜かれているのを発見したら、管理員が報告するはずだ、会社にも寮生にも。
そんな報告はなかった。
つまり電話機のコードは、管理員の退勤後に引き抜かれたのだろう。
仮に管理員が電話機のコードがないのを見逃していたとしても、赤ずきんは管理員が見逃さないことを前提に計画を立てるはずだ。管理員が帰ったあと、地下展示室に下りて固定電話のコードを引き抜く。赤ずきんはそうしたにちがいない。
コードがあるとしたら、赤ずきんの衣装のポケットのなかかな……?
杏奈が固定電話で助けを呼ぶであろうことを、赤ずきんは事前に見抜いていたのだ。だから、コードはあらかじめ引き抜かれていた。
そうにちがいないけど、そもそも、なんでそこまでするの!?
赤ずきんの正体は寮生だ。寮生が犯人なら、杏奈をのぞく残り三人のうち、誰かが鳩の顔の赤ずきんなのだ。モナカ、若葉、佐絵の誰かが。
佐絵はまだ大学? 本当に? 本当はずっと寮内にいて、この瞬間を狙っていた可能性はないのか?
赤ずきんの目的は、なに?
三回目の警告文のときに遭遇した赤ずきんと、いまスレッジハンマーでドアをたたきまくっている赤ずきんは同一人物なんだよね? それとも、ちがうの?
わからない。なにも。
はっきりしていることは、ただひとつだけ。
瀬戸杏奈はいま絶体絶命で、人生で一番死にかけている。
唯一、ただそれだけは、たしかだった。
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