第4話 殺害

 日向さんの貫かれた胸から、バケツをひっくり返したような量の血がぼたぼたっと流れ落ちる。


「か……はっ…………!」

「ほいっとぉ」


 ユキノは日向さんの胸からフランベルジュを引き抜くと、その勢いのままくるりと一回転し日向さんの首にフランベルジュを叩きつける。


「かっ――――」


 がいんっという音とともに日向さんの首はおかしな方向に折れ曲がり、数メートル弾き飛ばされる。

 そして、それきり動かなくなった。


「参事官!!」

「日向さん!!」

「おまえ! 自分が何をしたのか分かっているのか!」


 いまだくすぶる炎につつまれたSP達が、驚愕の表情でユキノに声を上げる。


「うるさいなぁ。はいはい、あなた達もお疲れさまでしたぁ~~」


 そして、ユキノが倒れるSP達の胸に、順番にフランベルジュを突き刺してゆく。


「ぎゃあああっ!」

「ぐわああああああっ!」

「い、いやだ! く、来るなあぁっ! ぎゃあああああっ!」


 胸を貫かれ、次々と絶命していくSP達。


 日向さんと三人のSPがぴくりとも動かなくなるのを、僕たちは呆然と眺めている事しかできなかった。


 殺した?

 全員?

 内閣から派遣されてきた人たちを?

 外務省の人を?


 「意外と簡単だったねぇ?」とコミカルに額の汗を拭うしぐさをするユキノを見て、何かを言おうとして何も言えず、口をぱくぱくと動かす。


 隣のノアも同じような状態だったけど、この硬直から一番早く立ち直ったのは、『内閣』『外務省』という単語になんの感情も抱いていないファニだった。


「ねぇねぇ! よかったの、殺しちゃって? 同じところから来た人なんでしょ、カナト様たちと?」


 ファニが首をこてんと傾げて、不思議そうに言う。


 その表情からは、内閣や外務省の人を殺してしまって大丈夫なのか、罪に問われたりしないのか、報復的なものがあったりはしないのか、などそういった僕たちが感じるような懸念は一切感じられない。

 純粋に分からない、不思議、という単純な疑問だけがあった。


 その純粋な疑問に、ユキノはこちらも純粋な笑顔で答える。


「別に、いいんじゃなぁい?」

「いい訳ないじゃない!!」


 だけど、そんなユキノの声を、悲鳴にも似た声がかき消した。

 視線を向けた先には、信じられない、という顔をしてぶるぶると震えるノア。


「ユキノ、あなた分かってるんですか?! 内閣、外務省から来た人なんですよ?! この世界でも人を殺したら犯罪なのは変わらないし、まして政府の人間です。このことを知られたらどうなるか……!」


 そう、このエルフェンの住む異世界でも人を殺したら犯罪だ。


 この世界は魔物が町の外を平然と闊歩しているような世界。魔物に殺される人は後を絶たないし、日本にいたころとは比較にならない程、人の死というのは身近な存在だ。

 だけど、転生当初思っていたよりははるかに平和だしみんな余裕があり優しいから、人が人を殺す事件というのはあまり起きない。だけど事故や過失で相手を殺してしまうことは日常生活を営む上で起こりえるし、その場合は法に則って処罰される。


 比較的人の命の軽い異世界でもそうなのだから、日本なら言わずもがなだ。


 だけど、両手を広げて訴えるノアに、ユキノはにっこりと笑って答えた。


「え~~? この世界には監視カメラとかないし、そのへんに埋めとけば分かんないでしょ?」

「そういう問題じゃないです!!」


 なおも食い下がるノアに、ユキノの目がすっと細められ、ユキノのいつもの緩い雰囲気に硬質なものが混じる。


「じゃあ、どういう問題だって言うの?」

「えっ?」


 真正面から返されたユキノの問いに、ノアの方が面食らう。


 目をぱちぱちとさせるノアに、ユキノがさらに問いかける。


「そのへんに埋めとけば、たぶん分かんないよ。ギルドには「誰もいなかった」とか言っとけばいいし、エルフェンたちはわたし達を疑わないと思う。まして殺す理由なんて思いつかないよ」


 つま先で地面を掘るしぐさをしながら、ユキノは肩をすくめた。


「だけど、ノアが気にしてるのはそんな事じゃないよね? 日本の、日本政府の事を気にしてるんだよね?」


 ユキノの声からはどんどん感情が抜けていき、響きは平坦になっていく。

 それと同じようにユキノの表情からも感情と言うものが抜け落ち、能面のように変わっていく。そこには人を威圧するような情動や情念は何も込められていないけど、だからこそそれが恐ろしい。


「日本に帰らないなら、日本政府がどう考えようがどう対応しようが、どうでもいいじゃない。ノア、あなた――日本に帰りたいの? わたしの、『敵』なの?」


 僕も見たガラス玉の様な瞳に見つめられ、ノアが数歩後ずさる。

 ノアはいやいやをするように首を何度か振ると、捻りだすように声を発した。


「ち、ちが……う、よ。帰りたいなんて……思ってない」


 ユキノの無感情の瞳はすこしの間ノアを見ていたけど、すぐにいつもの緩い表情を取り戻した。


「だよねぇ~~。ノアもそう言ってくれると思ってたよぉ、『味方』だって信じてたよぉ? やっぱ持つべきものは友達だねぇ~~」


 へらっと嬉しそうな笑顔を浮かべるユキノ。


「じゃあ、ちゃちゃっと埋めちゃいますかぁ~~。ファニ、手伝ってぇ~~!」

「任せてよ! 簡単だよっ、ファニの魔法なら!」


 腕まくりをするようなしぐさをして、いつもの笑顔で言うユキノと、楽しそうにユキノの周りをぐるぐると回って見せるファニ。 そして二人はそのまま魔法で穴を掘り始める。


「あ…………」


 安心したのか気が抜けたのか、地面にぺたんと座り込んでしまうノア。


 そのままぽかんとユキノ達を見つめているノアを見ると、なにか声をかけなければ、という気持ちが湧きあがってくる。


 だけど、なんて声をかけるのか。

 僕は正直、日本には戻りたくない。だけどもしノアが戻りたいと、戻ってもいいと考えているのなら、そうはっきりと言うのは気が引ける。だけど、言葉を取り繕って嘘を言いたくはない。


 だから、ノアの頭を軽くなでた後、となりに腰かけた。


「……」

「…………」


 それから少しの間は、お互いに何を話すでもなくじっと穴を掘っているユキノとファニを眺めていた。

 ちらとノアの方を窺うけど、眼鏡のせいで彼女の表情はよく分からない。


 ノアが体育座りに姿勢を正しながら、ぽつりと呟く。


「私、日本に戻りたいのかな……?」

「……日本の生活の方が良かった?」

「ううん! それは違うの! そこは信じて欲しいと思ってます」


 ふるふると首を振るノア。


「だけど……日本に戻れる、と思ったとたん日本のお父さんとお母さんの顔が浮かんで来たんです。……正直あんまり良い両親ではなかったので、好きじゃなかったし最近は顔もはっきりと思い出せなくなってました。でも……それでも生んで育ててくれた両親なんです……」

「ノア……」


 自分の膝に顔をうずめるノア。


 それからノアは、自分の前世についてぽつりぽつりと話し始めた。

 

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