第18話 デュラハンは辛いよ


 カーラの一件は気になるが、表だって動くとまた狙われる。

 オレは何も知らないふりをして、先に昇格試験の予行練習を行うことにした。


 ユウキを連れて向かったのは街外れにある剣闘場だ。

 剣闘場は冒険者ギルドが管理しているトレーニング用の広場だった。



「オレがシルバーランクに上がったときはレベル25のソードマンを相手に戦った。単純な力比べだな」


「適性を見て試験内容と試験官を選ぶと言ってたよね。ボクの場合は?」


「ユウキはプリーストだから回復魔法や援護魔法の出来で判断されるだろう。実戦さながらの救護シーンを設定されて動きを見られるはずだ」



 オレはユウキに声をかけてからトレーニング用の木剣を手に取った。こういうのは臨場感が大事だ。



「というわけで、オレが要救護者を演じるから助けてくれ」


「え~? それってやらせでしょ。練習する意味あるの?」


「剣の修行と同じだ。毎日素振りすることで体幹が鍛えられ、剣を振ったときのブレがなくなる。本番で慌てないように動作を体に染みこませるわけだな。それと同じで……」


「わかったわかった。やりますよ」



 ユウキは話の途中で肩をすくめた。



「そうだった。ロイスは基本的に体育会系の脳筋だった」


「おっ、悪口か。訓練前にグラウンド10周いっとくか?」


「ごめんなさーい。真面目にやりまーす」



 走らされるのがイヤだったのだろう。ユウキは心底嫌そうに首を横に振った。



「こっちはいつでもいいよ」


「よし」



 オレは軽く深呼吸をしてから、バタリとその場に倒れた。



「ぐわあぁぁ、やられた~! 誰か回復を~」


「はいはい」



 ユウキはやっぱりやる気がないのか、ノロノロと足を動かしてオレの肩に手を添えた。



「【ヒール】!」



 回復魔法の基礎中の基礎。体の傷を癒やす癒やしの光が発動する。



「ぐぼああああああ!」



 デュラハンなオレは聖なる力を体内に直接注ぎ込まれ浄化された……。




 ――――――――――――――――

 ――――――――――――

 ―――――――――

 ―――――



「ぐぼああああああ!」


「はいはい。迫真の演技すごいすごい」



 手にしてた木剣を手放し、広場にぱたりと倒れるオレ。

 ユウキはノロノロと足を動かしてオレの肩に手を添えた。





 オレは慌てて起き上がり、ユウキを止めた。



「どうしたの?」


「【ヒール】をかけられて一度死んだ」


「ああ、そっか。ロイスはデュラハンだから聖属性の魔法に弱いんだった。回復魔法でダメージが入る仕様なんだね」



 ユウキはポンと手を叩くと呑気に笑っていた。



「失念してた。ごめんごめん」


「オレに【死因回避】がなかったら大変なことになっていたぞ……」



 ステータスを確認する。今は隠す必要がないので素のデータだ。



 ――――――――――――――――


【ロイス・コレート】


 ●冒険者ランク:ゴールド

 ●クラス: ファイター(Lv30)


 ●能力値:【体力68】【反射49】【知覚41】【理知29】【幸運1】


 ●ユニークスキル:【死因回避】

 ●所持スキル:【シールドマスタリー】【ダークシールド】【闇の寵愛】【剣技/上級】【攻防の構え】【炎耐性】【刺突耐性】【水中呼吸】【水泳/中級】【電撃耐性】【



 ――――――――――――――――



 オレのステータスを横で眺めていたユウキが声を上げる。



「すごい! 【聖属性耐性】覚えてるじゃないか。【ダークシールド】もあるから聖と魔、両方の攻撃に耐えられるよ。回復魔法によるダメージも軽減されるはずだ」


「それはいいが回復はどうするんだ? ダメージを抑えられても治療ができないと意味がない」


「ロイスは幸運だね。ボクという伴侶がいることを喜ぶといいよ」


「幸運の値は1だけどな」



 あとさりげなく恋人から伴侶にクラスチェンジしていた。



「【闇の寵愛】で聖属性の回復魔法を魔属性に変換してロイスのキズを癒やしてあげるよ。名付けて【ダークヒール】だね」


「へぇ、そんなことできるのか」


「ステータス改ざんの応用かな。相手がデュラハンだからできる裏技でもある。普通の人にかけたら傷口が膿んで壊死すると思う」


「うっ。想像したら痛くなってきた」


「それは大変だっ。さっそく【ダークヒール】をかけよう。横になって。服も脱いだ方がいい」



 ユウキはオレの体を地面に横たえると、本当に上着を脱がせた。

 露わになった胸板に向けて手をかざして、魔力を込める。



「【ダークヒール】!」



 胸の死印が黒く輝き、オレの体に冷気が注ぎ込んだ。

 自然と全身の血が巡り、肩の重さや胃の不快感、ちょっとした擦り傷も完治した。



「どうかな?」


「いい感じだ。心なしか全身に力が漲ってる気がする」


「勘違いじゃないよ。傷を癒やしながらボクの魔力も注ぎ込んだ。これで脳筋なロイスでも魔力を温存できる」


「おお、だったら魔装具を召喚した後はいつもコレを頼めるか?」



 オレがそう問いかけると、ユウキはポッと頬を赤く染めてモジモジしはじめた。



「ロイスから夜のお誘いだなんて。やっとボクの魅力に気がついたんだね」


「どうしてそうなるんだ!? おまえの頭は年中ピンク色か!?」


「肌を重ねた方が魔力供給がしやすいんだよ。マッサージ効果もあるから戦闘の疲れも吹き飛ぶ。体力と魔力を一気に回復できて効率もいい」


「むっ……。そう言われると悪い気がしないな」


「でしょ。必要になったらいつでも声をかけてね。枕を二つ用意して待ってるから」



 ユウキはウキウキとした表情で、夜のお誘いを夢想している。

 オレも男だ。こんなに可愛い彼女に求められて嫌な気分にはならない。



「ふふふっ。ロイスを癒やせるのは世界中でボクだけだ。これでロイスはボクのモノ。今度首輪でも買ってこようかな」


「怖いことを言うなっ」



 ときおり覗かせる『闇』さえなければ、オレも諸手を挙げてユウキを抱きしめられるんだが……。



 ◇◇◇◇



 それからオレたちは他の救援パターンも練習して試験に備えた。

 元よりユウキはプリーストとして頑張ってきた。

 人を癒やすことに関してはお手の物で、練習ではつまづくことなく回復魔法(オレが相手なので【ダークヒール】)を使っていた。



「練習の成果を本番で発揮すれば合格は間違いなしだ。おまえならやれる!」


「うん!」



 やがて試験当日となり、オレとユウキは指定された会場に向かった。

 オレは聖騎士スタイル。ユウキはいつものチュニックとメイスを装備している。


 会場は街の中心部にある大教会。その敷地内にある修練の場だった。


 修練の場は殺風景な石床の広間で、正面の壁に女神像が建っていた。

 新米のプリーストは毎日この広間で膝をついて祈りを捧げる。

 そうすることで忍耐力と信仰心を磨くそうだ。

 プリーストであるユウキの昇格試験を行うには最適の場所と言えるだろう。



(本当はダークプリーストなんだけど)



 教会に足を踏み入れたら結界で弾かれるかと思ったが、そんなことはなかった。

 神様は思っていた以上に懐が広いのかもしれない。もしくは結界が弱すぎて話にならないか、だ。



「時間だね」


「おかしいな。試験官の姿が見当たらない」



 ギルドが指定した時間になったが、修練の場にはオレとユウキの姿しかなかった。



「まさか約束を忘れたんじゃないだろうな」



 そうやってオレが文句を言っていると。



「すでに試験は始まってるでござるよ」


「……っ!」



 突然、目の前にサムライが現れてオレを一刀のもとに切り伏せた。



 ――――――――――――――――

 ――――――――――――

 ―――――――――


 ―――――いや、死んでいない。



 死を悟ったがそれは幻だった。

 殺気に当てられて斬られたと錯覚したのだ。



「おまえは……!」


「さすがは不落のロイス殿。戦意は喪失しておらぬご様子」



 気がつけば、オレたちの前にサムライ男が正座していた。

 あまりにも静かに、まるで庭に転がる小石のように自然と風景に溶け込んでいたので気配を悟らせなかったのだ。


 オレは知っている。こいつの名は――――



「コジロウ……」



 

 オレが率いる冒険者パーティーのメンバーだった。

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