text.2 バミューダ

 ティーポットに放り込んだ三角形の市販のティーバッグがじょぼじょぼと注がれる熱湯の中で声もなく踊っている。その姿は渦の中できゃらきゃらと笑っているようにも、はたまた流されるしかなく心を殺して身を委ねているようにも見えて、心なしか勝手な親近感が湧いた。

 近頃は市販のやっすい紅茶にハマっているのだ、と言った時、部下がそれはそれは微妙な顔をしていたのを思い出す。何かを噛み殺すようでも、苦い笑いのようでも、憎しみのようにも思えた。

 ……この世界は、弱肉強食……と言うより、適材適所だ。極稀に被食種の海獣が下剋上を果たすのもないことではないが、基本的に食われる側と食う側。その二つのきっちりとした役回りを持って、されど決して全体が死に果てることなく、ギリギリまで、手を伸ばせば伸ばす程、生き残れるように。そうやって世界は成り立っている。だからこそ、食う側として役割の逆転など滅多にない。

 逆転すれば、世界が崩れる。それが分かっているから、海月はウミガメに食われる時には、その捕食に抵抗こそできても恨んではならない。ただ、人型になり余計なことを考えることができるようになった。なってしまった。

 だから生まれつき安い茶葉に触れたこともなく、今更安い茶葉を「新鮮な存在」として好んで飲み始めた暢気な海月を羨んでしまったのだろう。

 ……確か、ウツボだったか。海のギャングが、何てザマ。

 彼は、切ろう。ティーバッグをくるくると回す。

 ティーバッグは旋回に従って赤の残滓を残す。ティーポットの中のバミューダを眺めながら、そんなことを思った。

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