text.1 安楽死

 安楽死法が可決したらしい。

 いつの間にか前使っていた物より平べったくなった液晶に、「ああ、新型出たんだな」とぼんやりと思いながら、そんなネットニュースを眺めていた。

 傍らの女の頭をくしゃっと撫でれば、彼女は嬉しそうに目を細める。

 そんな自分に懐いた小動物じみた仕草に昨夜の商売女じみたセックスが上手く重ならなくて変な気持ちになっていると、彼女は徐に口を開いた。

「何を見てるの?」

「安楽死だって」

 そっちで可決したって書いてある、と端的に告げると彼女はふぅん、と上機嫌に言った。

 その記事の内容はこうだ。

 以前までは強い肉体的苦痛が無い限りは安楽死は合法化されていなかった。だがしかし、たった今精神的苦痛のケースでも安楽死が合法となり、死ぬ方法の幅も広がった。それによって自殺者数は減り、安楽死の数がぐっと増えるだろう……要するに、そんな話だった。

「自殺と安楽死、何が違うの」

 そう聞けば、彼女は白いシーツに埋もれながら答えた。滑らかな肌が大きな窓から差し込む朝の光で透き通っている。

「……まず、プロの技だから痛くないでしょ?あと、後ろ指差されないんじゃないかしらね」

 彼女はそう微笑したが、訳が分からなかった。

 死と痛みを結び付けない意味も、死ぬことで後ろ指を差される意味も。

 その屍を他の誰かが喰らい、骨を土に撒き、命を巡らせればそこには必ず意味が生まれる。殺した側が責められるのは道理が通るが死んだ側が、死を選んで「循環」に殉じた側が責められるのは道理が通らない。

 しかしそれで通じる、と彼女は信じ切った顔をしているから、そうであるからには人間の世界では通じるのだろう。

 ならば永遠に、それを理解できる日は来ない。

 唇に少しずらしてキスをした。赤い、けばけばしい口紅はもう既に落ち切っていた。

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