第34話 「できる自分」をもっと信じる

夢で見たとおり、界人がうちに来てくれている。私を見舞いに。

早く・・今すぐ界人に会いたい。

界人を安心させるために。そして私自身がもっと安心するために。

だけど私はその前にしておくことがある。

それは・・・お風呂に入って体を清めることだ。


父さんも私にそうさせるつもりだったのだろう、「今からお風呂入るから父さんは先に行ってて」と私が言うと、父さんはアッサリ「おう」と言っただけだった。




お風呂に入った私は、体だけでなく、邪気がつきやすい髪も洗い清めた。

そして歯磨きまで済ませると、体のすみずみまでスッキリした気分になった。

心は眠ることで浄化作用が働いたはずだ。

「正夢みたいなヘンな夢」は見たけど・・とにかくこれで心置きなく界人に会える。

界人に直接、私の思いや気持ちを打ち明けることができる。


その界人は、父さんと一緒にダイニングにいた。

目が合った途端、私たちは自然とお互いのほうへと駆け寄っていた。


「・・・界人。わたし・・」

「うん」


・・・私を抱きしめてくれているこのガッシリした感触、この温もり、そしてこの安定した低い声。

確かに本物の、現実の界人だ。

安心した私は、目を閉じて界人に抱きついた。


「雅希、腹減ってんじゃね?」

「父さんから“一日寝てた”って聞いたら余計お腹空いた」

「そうだよなぁ。実は俺、白桃持って・・」と界人が言ってる途中で、私は「食べる」と即答した。


夢では界人が持ってきてくれた缶詰の白桃を、「私が」用意していた。

けど現実(つまり今)では、「父さんが」、生の白桃の皮をむいて、食べやすいサイズに切って持ってきてくれた。

私と界人と父さんの「三人分」なのも、夢と違う。

そしてダイニングには、忍や銀兄ちゃんがいない点も、夢と違っていた。でも・・。


「忍?はさっきまで俺につきそってくれてたよ」

「“さっきまで”って」

「頼雅さんがおまえの様子を見に行って、こっちダイニングに戻ってくるまで」

「ふーん」

「だからホントについさっきまでいてくれたんだけどさ、“雅希は今風呂入ってるぞ”って頼雅さんが言ったら“これでもう安心だな。俺出かけてくる”って言って・・」

「そう」と呟いた私は、白桃を食べた。


「美味しい。それにしてもよく白桃見つけたね。もう売ってるんだ」

「“旬”とか“出回る時期”とか、俺は全然分かんなかったから、売ってる店を探し回る前にまず、飛鳥兄ちゃんに“今缶詰じゃない白桃を売ってる店知ってる?”って聞いてみたんだ」

「カフェ経営してんだったらそういうことは知ってそうだな」

「はい。それ抜きにしても飛鳥兄ちゃんは食に関してかなり詳しい知識を持ってるから分かるかなと思って。そしたら“今すぐ白桃が欲しいんだったら、藤実屋ふじみやに行ってみたら?”と兄ちゃんに言われて・・」

「じゃあこの白桃は藤実屋の?」

「うん」

「どうりで美味しいと思った。さすが高級果物店の厳選された果物だよね。熟れ具合もちょうどよくて“今が食べごろ”って感じだし。ありがとう界人。高かったでしょ」

「いやいや!まぁぶっちゃけ、白桃って実は高級品だったのかって思ったくらい高かったけど・・でもほら、体か心、もしくは両方とも弱ってるときって、好きなものを食べたら元気出るだろ?特に果物!」

「なんだそれは。新しい果物説か?俺は初めて聞いたぞ」

「ええっ?じゃあ頼雅さんはどうやって自分を元気づけてるんですか?」

「おまえには教えねえよ」

「ぐ。やっぱり逃げられた」


すでに「父と息子」みたいに仲良く話している(私の)父さんと界人を交互に見ながら、白桃を食べた私は、また口元に微笑みを浮かべていた。


「美味い?」

「うん。界人の言う“果物説”って、案外合ってるんじゃない?白桃は私が一番好きな果物だし、美味しい白桃食べたら元気出てきたっていうか、白桃からも元気をもらってる気がするし」

「そうか。イイ彼女を持って良かったなぁ、界人」


父さんから半分冷やかし口調で言われた界人は、照れながらも笑顔で「はい」と言ってくれた。


「遺伝か」

「なにが」

「おまえの母さんも白桃が一番好きな果物だった」

「え、そうなの?知らなかった」

「今知っただろ」

「そうだね」

「おまえは女性だからかな、年を取る毎に表情とか言いかたとか、真希に似てると思うことが増えてきた」

「遺伝でしょ」と私が言い返すと、父さんはクスっと笑いながら「だな。俺に似なくて良かった」と言った。


でも霊力の高さに関しては父さんの、いや、神谷家の遺伝をモロに受け継いでしまった・・・ううん。

受け継いで「しまった」と悔やむか、それとも「受け継いだこと」を単純に受け入れるかは、私の「これから」にかかってる。


「界人」「ん?」

「聞いて」


フォークを置いた私は、界人に全てを話した。




私の話を聞き終えた界人は、「・・そっか」と呟いた。

真面目な顔をしている界人が今、何を考えているのか、私の、特に霊力に対してどんな感情を抱いているのか、私には分からない。


「で?雅希はどうしたいんだ?」

「え。どう、って・・・」


まさか界人のほうからどうしたいのかを聞かれるとは思ってなかった私は、一瞬答えに窮してしまった。

「正夢みたいな夢」の中では、こんな会話はしてないし。

でも、「今」「このとき」が私たちにとっては「生きている現実」であって、「正夢みたいな夢」は、あくまでも「夢」。だから必ずしも「現実に起きた(または起きる)こと」であるとは限らない―――そうだ、「可能性は一つじゃない」し、「起きることは自分で選べる」この世の法則を忘れちゃいけない。


私は、テーブルに乗せた両手にグッと力を込めた。


「わたし・・私、界人の寿命なんて絶対見たくない。それに絶望した界人が薄く視えたらって思うと、すごく・・・怖い」

「俺が絶望するのは、おまえと“一方的に”別れるときだけだ」

「・・・え」


思わず顔を上げた私に、界人は私を安心させるような笑みを浮かべながら言った。


「それか、おまえと“理不尽な別れかた”をしたときも、やっぱり俺は絶望する。あぁあと、俺自身の行いのせいで、おまえに悲しい思いをさせたときも。俺は、俺自身に失望するのを通り越して、絶望するくらい悲しくなる」

「界人・・」

「おまえが怖がる気持ちは分かるよ。でも“だからおまえと別れる”っていう選択肢は、俺にはない」

「・・・え」

「最初から」


最初に見た「正夢みたいな夢」の界人は、「別れよう」と言った「私の意志」を“尊重して”、別れることに、一応同意してくれた。

だけど現実の界人は、はなから私と別れる気がないというか・・界人には「私と別れる」という前提すら、そもそもないようだ。

この分だと、もし私が「別れよう」と言っても、絶対同意しないだろう。

界人のその信念が伝わって、私はホッとしたけど、やっぱり聞かずにはいられない。


「あの・・嫌じゃない?こんな霊力持ってる私・・」

「俺は、おまえの良いところも嫌なところもひっくるめた“神谷雅希”という一人の女性のことが大好きで・・・丸ごと全部、愛してんだよ。ってこれ前にも言ったよな?」

「・・うん、界人言ったね」

「そしておまえも、俺の全部が好きって言ってくれたよな?」と界人に聞かれた私は、頷いて肯定した。


「じゃあ受け入れてくれよ、俺のこと」


そう言って、テーブル越しに手を伸ばしてきた界人の大きな手を、私は握った。

私の握りこぶしに界人の温もりが伝わる。それがこんなに心地良いなんて・・知らなかった、ううん、そうじゃない。

改めて思い知らされた気がする。


「・・うん」

「いくらおまえが拒絶してもムダだから」

「界人・・・」

「ん?」

「ありがとう」

「今の俺は、まだ大人にもなり切れてない中途半端な男だし、頼りないとこいっぱいあるけどさ、それでもおまえだけにはもっと俺を信頼してほしい」

「うん」

「そして“できるおまえ自身”をもっと信じてもいいんじゃね?」


もっと自分を、ううん、「できる自分を」信じる、か・・・。

私は今まで「できない自分」を信じていたのかもしれないと、界人にそう言われて気づかされた。

やっぱり界人は強くて、いざというときじゃなくても頼りになる。


「・・・うん、それもがんばる」

「おまえ自身と俺と、いや頼雅さんとか忍とか、おまえには家族や友だちだっているんだ、おまえ一人で何とかしようとか、ガマンとかするな。ヘンなところに気を使い過ぎるなよ」

「うん。界人?」

「なに、雅希」


「愛してる」って言おうと思ったけど、父さんもここにいるから、私なりの笑顔を界人に向けるだけにしておいた。

それでも私の気持ちは、界人に真直ぐ伝わっていると信じて。

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