第32話 幸せになることを諦めない強さを持つ

「でも人ってそんなに強い絶望感を抱き“続ける”ことができるの」

「と言うと?」

「薄く視えた人の中で、近江先生だけは“二日続けて”薄く視えたんだ。って言っても他の人たちは一度会ったきりだから確認しようがなかったんだけど」

「二日続けて・・なるほど。それで、昨日はどうでしたか?」

「近江先生には会わなかったから分かんない・・・あ」

「なんだ」

「そういえば近江先生、たぶん今日から入院するんだって。だから月曜からしばらく学園を休むってきよみ女史が言ってた」

「入院?近江先生は体の具合でも悪いのですか」

「たぶん。怪我で入院するんじゃないらしいから・・そうだ。理事長のめいおばさんなら、近江先生が入院する理由を知ってるんじゃない?」

「かもしれませんね。近江先生の件は後で姫に聞いておきましょう。分かり次第、頼雅に伝えます」

「おう。それよかおまえ、相変わらず自分の嫁を“姫”って呼んでんだな」

「もちろんですよ。私にとってめいさんは、永遠に私の“姫”ですから」


頼人叔父さんが、妻であり慶葉学園を経営している理事長のめいおばさんのことを「姫」と呼ぶのは、過去生の影響というか・・要するに二人は、めいおばさんが「姫」と呼ばれていた時代の過去生では結ばれなかった恋人同士で、1000年以上経った今世でやっと一緒になれた喜びを隠しきれない。

じゃなくて、頼人叔父さんは隠そうとしない。

頼人叔父さんって冷たくはないんだけど、普段は淡々飄々としてるのに、めいおばさんに対してはデレっと優しく甘えてるみたいな・・てことは、頼人叔父さんってツンデレなんだ・・・。


「違いますよ雅希ちゃん」

「え。なにが?」

「私はツンデレじゃなくて、姫と相思相愛なんです」

「てかツンデレと相思相愛、どっちもだろ」

「そうですか?ま、どちらも良い事ですから。雅希ちゃん、ごめんね」と、すまなそうに言う頼人叔父さんに、私は「分かってる」と言いながら頷いた。


「本業(霊力を使う仕事)」や「緊急非常事態」のとき以外で他人の思考や感情を読み取ることは、その人のプライバシーを侵害していることになるけど、今は私の「視たて」をしてもらってるから、それは「本業」と「緊急非常事態」のどちらにも当てはまる。

だから私の思考や感情を、頼人叔父さんが「あえて」読み取ってるのは当然のことだ。


「でも相変わらずすごいよね、頼人叔父さんの読む力」

「私の場合は元々読む力が長けてましたからね」

「ふーん・・あ、そうだ。近江先生のことのほかにもまだ疑問があるんだけど」

「なんでしょう」

「“ウィザード”っていうお店の店主の松田さんと話してるときに、松田さんが一瞬薄く視えたときね」

「ええっと確か、雅希ちゃんが薄く視えた“4人目”の方」と言う頼人叔父さんに、私は頷いて応えた。


「あのときはホントに気のせい?って思ったくらい、ホントに一瞬だった。けどそれより私が気になるのは、あのとき松田さん、私が薄く視えるくらいの強い絶望感なんて抱いてなかったと思うんだ。気分が落ち込むような話もしてなかったし。むしろ逆で」

「“気分が上がるような話”か」

「うん、まあそういう話」

「できれば具体的に聞かせてもらえませんか?もし差し支えなければ」

「あ、うん。えっと、松田さんはお店を閉めるかどうかは知らないけど、とにかく店主の仕事を退いてタンザニアに行くんだって」

「へえ」

「前からタンザナイトの発掘作業を見たいって思ってたらしくて、やっと実現するって嬉しそうに話してくれたし、すごく意欲的に見えたよ」

「タンザナイトって石だよな。石好きなおまえと気が合うんじゃねえか?」

「うん、私もそう思った。ホントね、松田さんって72歳とは思えないくらい若々しい女性で、あの年齢でも背筋は伸びててキレイな姿勢してたし、オシャレな服着てて身だしなみもきちんとしてて、すごく優雅な仕草だった。そういえばあのとき。界人ってば松田さんの黒髪見て、“白髪が全然ない”とか本人に言ってるし。染めてるに決まってるでしょ?もうホントに天然なんだから、あいつは」

「なるほど・・。それは松田さんの“寿命”が垣間見えたのでしょう」

「寿命が垣間見えた?なにそれ。どういう意味?」

「“寿命”を言い換えれば“死”、または“死期”でもいいです。“寿命が垣間見えた”という意味はつまり、“薄く視えた人の死期が近い”、です」

「・・・うそでしょ、頼人叔父さん」と私は言いながら、無意識のうちにまた父さんに抱きついていた。


「薄く視えるのって、強い絶望感の表れじゃなかったの?」

「それもありますが、それだけではないということです。雅希ちゃんの場合は」

「やだっ!私は人の寿命なんて視たくないっ」

「おい頼人っ!」

「怖がらないで、雅希ちゃん。この世に誕生してから人、というよりすべての万物は、死に向かって生きていると言っても良いでしょう。ですからむやみに“死”を恐れないこと。死に対して必要以上に恐怖心を抱かないでください。この世に生まれた以上、人は必ず死ぬのですから」


父さんの温もりを感じながら、頼人叔父さんの優しい声音を聞いてるうちに、私の心は少しずつ落ち着いてきた。


「・・・ねえ、頼人叔父さん」

「なんでしょう雅希ちゃん」

「薄く視えた人は絶望感からなのか、それとも寿命なのかって区別はつくの?どうすれば、どっちなのかが分かるの?」

「それは私にも分かりません。でも雅希ちゃんの話を聞いた限りで私が推測したところ、先ほどの松田さんという方は寿命でしょう」

「つまり死期が近いってことだな」

「はい。いくら健康そうに見えても72という年齢から、その可能性が高いです。そしておそらく本人も、死期が近いことを、少なくとも本能的には察していると思います」

「で、そのとき雅希は松田さんのことが一瞬薄く視えたんだな」

「そうでしょうね」

「だから・・・死ぬ前に、まだ体が動く元気なうちに、前からやりたかったタンザニア行きを実現させようって、松田さんは決めたのかな」

「だろうな」

「そして近江先生もおそらく」

「寿命か」

「はい。近江先生は怪我ではなく、病気で入院するようですし、手術をしてもたぶん治らない。だから近江先生は病気になったことに対する絶望感も抱き続けているし、死期が近いから、雅希ちゃんは近江先生の姿が薄く視え続けているのだと思います。いずれにしても、近江先生が入院することについては姫に聞いておきますね」

「おう、頼む。雅希、少しは落ち着いてきたか?」

「うん・・」と私は返事をした後、抱きついてた父さんの腕に寄りかかって座り直した。


「その人の寿命が垣間見えたとして、その人がいつ死ぬのかっていうのは分からないの?」

「分からないでしょうね。私でも言い当てることはできませんから」

「え?じゃあ頼人叔父さんも人の死期が視えるの?」

「視えることもあれば、感じるときもあります。どちらもそれほど頻繁にはありませんけどね。極力視たり感じたりしないように意識してるので。でも私は未来のビジョンが視えることがあっても、それを100パーセント鵜呑みにしたり、受け入れることはしません。なぜなら未来のビジョンは・・・?」

「・・・起こる“かもしれない”という、“可能性の一つ”に過ぎないから」

「そのとおり。そして一つの物事に対する可能性は一つではなく、無限にあります。その中から一つを選び、決めて、行動する。人生はその繰り返しで成り立っているんです。ところで雅希ちゃん、私が24歳のとき、37歳で死ぬビジョンを視たと、前に話したことを雅希ちゃんは覚えてる?」

「うん」

「24歳の私は、それでもこの力を世のため人のために役立てながら使い続けると決めました。その結果、もうすぐ50になる今でも元気に生きてるし、ソウルメイトの姫ともラブラブなのは、みなさんご存知のとおりです」


頼人叔父さんの言いかたが面白くて、つい私の顔がほころんだ。

けど一つの可能性に思い至った私は、ほころんでいた顔をすぐに引っ込めて、「あ」と言った。


「もしかして、寿命が垣間見えることは、私がたまに未来のビジョンが視えるようになったことと関係してるの」

「その可能性もあるということですよ。私は未来のビジョンが進化した形のようなものだと思ってますが」

「じゃあ私も・・・近いうちに死ぬのかな」

「まさかおまえ、自分が死ぬビジョンでも視たのか」

「い、一回だけ。でも私はそのビジョンを選ばないって決めたもん!」

「それでいいんですよ。さっき言ったでしょう?人は必ず死ぬと。だから死ぬビジョンが視えても視えなくても、“死ぬこと”は“絶対に、必ず当たる、確定事項”なんです。ただいつ死ぬか、どう死ぬのかは、たとえビジョンが視えたとしても、本当のところは――つまり、それが真実になるかどうかは――誰にも分からない。違いはそれだけです」

「雅希」

「なに、父さん」

「死のビジョンを視たときのおまえは、まだ若かったのか」

「たぶん。今とそんなに変わらない顔だったから、19か20歳くらいだと思うんだけど」

「そっか。死因は分かるか」

「これもたぶんだけど病死だと思う。病室のベッドみたいなところに私、寝てたから」

「おまえ、今健康だよな」

「うん」

「オーラにも“異常”は視えねえし」

「確かに」

「てことは、そのビジョンは“おまえの人生になんか大きな変化が訪れるぞ”というメッセージみたいなもんじゃねえかと俺は思うんだが。頼人はどう思う?」

「その可能性も十分にありますよ。ちょうど未来のビジョンが視えた日から、人が薄く視える現象も始まったのだし」

「それだけでも私にとってはすごく大きな変化だよ」と、私は実感を込めて言った。


「あっ、それに私が最初に視えたビジョンがそれだったんだよね・・・て思うと父さんの説は案外当たってるかもしれない」

「それにビジョンで視えた未来の雅希ちゃんは、今とそれほど外見上の違いはなかったのなら、“今までの自分にさようなら”というような意味合いもあるかもしれませんね」


ホントだ。一つの物事に対して可能性や見解(見かた)は一つじゃなくて、無限にある。

その中から私はどの可能性を選ぶのか。

そして私はどうするのか、どうしたいのか―――。


たまに未来のビジョンが視えたり、人が薄く視えることがある現象は、私自身が選んだことじゃない・・と思う。少なくとも私自身が「そうなりたい」と望んだことじゃない。

だけどそうなってしまったことに対してやみくもに不安がったり、死に対してただ怯えるだけより、「そこから」私はどうするのか、私はどうしたいのか。

そっちのほうが断然大事だ。


「その表情は真希にそっくりだな」

「え?私、今どんな顔してた?」

「“覚悟を決めた”って顔。凛とした強さがあって良い表情してたぞ。さすが俺と真希の娘だ」


優しい笑顔で父さんに髪をクシャッと一撫でされた私は、照れを隠すように「ふーん・・・そぅ」と呟きながら、顔がほころぶことを止められなかった。

写真でしか見たことがないお母さんだけど、「お母さんと似てる(そっくり)」って言われると素直に嬉しい。

それに「母さんと似てる(とかそっくり)」は、父さんの誉め言葉の一つだし。


「おまえの母さんは、幸せになることを諦めない強さを持っていた」

「そうですね。真希さんは心が優しく、そして強くて美しい女性でした。逆境にもくじけず、大切な人を護るためなら自分より強いヤツにも果敢に立ち向かうような・・・。雅希ちゃん、未来のビジョンが視えたり、人が薄く視えることがある現象を完全に止めることはできません。受信機体質と同じように」

「うん・・」

「だからまずは、その事実を受け止めて、それらを受け入れること。そしてそれらを雅希ちゃん自身がコントロールすることです。コントロール“される”のではなくね」と言う頼人叔父さんに、私は頷いて応えた。


「たとえば視えた未来のビジョンが“いいな”と思ったり、心がワクワクするようなビジョンが視えたのなら、そのビジョンを実現させる行動をすればいい。逆に不安になるようなビジョンが視えたのなら、その不安が少しでもなくなるような可能性を選べばいいんです。大丈夫。雅希ちゃんならできますよ。受信機体質だってコントロールできるようになったんだから」

「父さんとかこいつとか界人とか、とにかくみんなを頼って良いってことを忘れるな」

「カイトくん、さっきもその方の名前を聞きましたよ・・・あぁなるほど。生涯を共にするパートナーに巡り会った・・いや、これは再会ですね・・ほぅ、カイトくんは幼馴染ですか」

「相変わらずすごい高的中率だよね、頼人叔父さんの霊視力」

「すみませんね。今、雅希ちゃんから“界人くんの存在”を強く感じたせいかな」

「え?私から・・・?」

「界人くんと再会して、今おつき合いをしている?」と、確認するように頼人叔父さんから聞かれた私は、「うん」と答えて頷いた。


「おそらくそのことも、“大きな変化”ですね」

「あ。ホントだ」

「生涯を共にするパートナーと再会して相思相愛になったことも、雅希ちゃんの霊力高上に多少なりとも影響したのかもしれないな・・・ということはそちらの年長の子は、一護くんだったよね」

「おう・・あ。あいつ、出会ったのか」

「じゃないですか?」

「え?一兄ちゃんが誰に出会ったの?」

「生涯を共にするパートナーだよ。神谷家うちは年長の子が結婚なり同棲なり、要は一緒に暮らし始めるまで、年下の子どもたちに結婚や同棲は訪れないんだ」

「えっ!?そうなの!?」

「良かったなぁ雅希ー。一護に出会いがあったんなら、おまえと界人は“近い”将来結婚するってことだ。おっと、こうしちゃいられねえ。新しい家族が住めるように家の改装しないとな」

十和とわくんに言っておきますよ」

「頼むわ」


うちにそんな「ルール」があるなんて知らなかった。

一兄ちゃんはいつ出会ったのかな・・・あ!

やっぱり一兄ちゃんの相手は、きよみ女史なんだ!

だから私はきよみ女史と、「姉妹」みたいなつながりと「家族的な親近感」を感じてたのか。納得。


「じゃあ逆に言えば、一兄ちゃんが生涯のパートナーになる人と出会ってなかったら、私はどうあがいても界人と同棲とか結婚はできないってことなの」

「たぶんな。今までそういうことは起こったことねえから、実際のところは父さんにも分からん。だが一護が生涯を共にするパートナーと出会った頃くらいから、おまえは界人と本格的につき合い始めたんじゃねえのか?」

「うーん、どうだろ・・・分かんない。だけど、だったら父さんも、六人兄弟の中で一番最初にお母さんと出会って結婚したの?」

「出会いは俺が最初じゃなかったが、結婚したのは父さんが一番最初だったよ。それから弟たちも、相手との仲が急速に進展していったり結婚したんだ」

「うちもですよ。まず私が姫と出会ってからすぐ、弟の頼友よりともに十和くん、妹の日和ちゃんの三人全員に出会いがあって、私に続いて次々と結婚しました。ただし頼友のパートナーは同性だから、今も同棲どまりですが」

「ま、神谷家うちはそういう流れになってんじゃねえの?」

「ふーん」


結婚や同棲って、人生の大きな変化というか、とにかくすごく大事なことだと思うんだけど、うちではなんか、すごく曖昧っていうか・・・アバウトに決まる、ていうかまとまってるんだな・・・。


なんて思いながら首がカクンとなった私に、「疲れたんだろ」と父さんが言った。


「ねむい・・」

「今は眠りたいだけ眠ってください。それが浄化になりますから」

「そうだな」


父さんが私をベッドに寝かせてくれたとき、すでに私は熟睡していた。

だから私は知らなかった。

界人を「待たせていた」ことを。

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