第30話 お父さん、お父さん

突然私のことが好きと言った遠藤スミレは、それからいきなり踵を返してサッサ歩き出した。


・・・界人に言ったほうが良いのかな、遠藤スミレに告白されたって。

まぁ界人に報告したところで状況は何も変わらない・・いや、界人に告白する女子が一人減った分だけ、界人がそこで消耗する時間とエネルギーが減る。

それにあの様子じゃ、遠藤さんが私に危害を加えることはないだろう。現時点で絶対そうだと断言はできないけど、ホントに私のことが好きなら、そういう形で自分のモノにするようなタイプじゃないということだけは確かだと言える。

だってもしそうだったら、遠藤さんはとっくの昔に私になんらかの危害という名の「アプローチ」を加えてたはずだ。

と結論づけた私はその日の夜、スマホコールで遠藤さんのことを界人に「報告」した。


「マジかっ!?」

「うん」

「あぁ・・でもそれで分かった気する」

「なにが」

「なんか遠藤さんってさ、俺とつき合いたいっていうよりも、おまえと俺をつき合わせたくないって感じがすげーあった。俺につきまとう割にはなんつーか・・俺のことを知りたいんじゃなくて、おまえが選んだカレシの素行調査をしてる感じ、っつーか」

「ふーん。遠藤さん言ってたよ。“界人のこと好き”って」

「えーっ!?じゃあ俺はまだまだ遠藤さんにつきまとわれるのかなぁ」

「それはもうないと思う。界人が分析したように、遠藤さんは界人とつき合う気はないみたいだし。でも素行調査してるうちに界人に好感を持ったことは確かじゃない?だって界人は私が選んだカレシだから」

「じゃあ遠藤さんは今度から、おまえにつきまとい始めるんじゃね?もうおまえに告って自分の気持ち知ってもらってるわけだから、こうなったら開き直って堂々とさ・・」

「どうかな。遠藤さんってそういうタイプじゃないと思う。もし私とつき合いたいんだったらとっくの昔に行動に移してたと思うんだよね。遠藤さんとは初等部から同じ学園に通ってるから、その気になればチャンスはあったわけだし」

「なるほど・・。まぁ俺も遠藤さんには言ったし」

「何を」

「えっ。いやそのぉ・・・“雅希とは結婚するって大前提でつき合ってるから、雅希以外の人と恋愛することはありえねえ。だからごめん“、と」

「あ・・そぅ」


だからあのとき遠藤さんは「魁くんと結婚するの」って開口一番に聞いたのか。納得。


「ここまでハッキリ言えば分かってくれるだろうと思って言ったんだけど・・・あのとき遠藤さん、すげー驚いてたってーか、ショックを隠しきれてなかった表情してたな」

「だから放課後、私のところに来たんだろうね。界人が言ったことがホントかどうか確認したくて。それも納得した」

「え。まさか“結婚前提”聞かれたのか!?」

「うん」

「それでっ?」

「“それでっ?”ってなにが」

「だから、おまえはどう返事したんだよ」

「もちろん“うん”って言ったけど。ほかに返事のしようがあるの」

「ないっ!」

「じゃあ界人が確認する必要ないじゃない」

「あ、そうだよな。ごめん」

「いい」

「じゃあそろそろ俺・・・おまえの顔見たい」

「あ・・・うん」


界人の顔見て遠藤さんのことを報告するのは、なんか・・照れてしまうから、最初は通話だけって条件つけちゃったけど・・終わったからもういいよね。

私も界人の顔見たいし。


それから私たちは画面通話に切り替えて、明日の予定等をお互いに話してから「おやすみ」と言ってスマホを切った。

モヤモヤしてた胸の内が消えてスッキリしたおかげで、その日はぐっすり眠ることができた。



翌日の土曜日は学園が休みだから、私はいつもより30分くらい遅く起きて朝のルーティーン(休日バージョン)をこなしている。

今朝の体の鍛練は、雪おばさんの指導の下、室内ヨガをした後、家族の朝食を用意するかたわら、冷蔵庫を開けた。


お昼ごはんをうちで食べるを頭の中で確認しながら、お昼は何を作ろうかなと考える。

今日は父さん、ゼロ課の候補生を対象にフィジカルトレーニングの指導をするって言ってたよね。

界人も今日はそのトレーニングに参加するって、昨日電話で言ってたから・・一応父さんに聞いとこ。


「父さん」

「なんだ、雅希」

「今日お弁当いる?」

「いる・・いや、やっぱ家で食うからいらねえ。ってなんだよ」

「今日は界人もトレーニング受けるって言ってた」

「分かった分かった。界人連れてくるから、あいつの分も用意しとけ」

「うん。ありがと、父さん」

「界人に言わなくてもいいのか?」

「ビックリさせたいからいい」

「あ、そ」

「でも強制連行しないでね」

「なんだそれ。娘が考えることはよく分からんが・・まぁ分かったよ」とかブツブツ言いながら、父さんは自分の部屋のほうへ行った。


それから私も朝ごはんを食べて、身支度に取りかかる。

天気はいいけど今日は、いや今日「も」出かける予定がない。

それがいつもの私の休日スケジュールだ。

食材の買い物は親世代がしてくれてるし(私はそのとき家にある食材を使って料理してるだけだ。どうしても必要な食材があれば、父さんや叔父さんおばさんたちに買ってきてと頼んでる)、界人や友だちと出かける予定も、もちろんない。

受信機体質の私と、飲食材を売ってるスーパーという場所は、絶対的に最悪の組み合わせだから、私は一人じゃもちろん、父さんとか、誰かが付き添ってくれても自主的に避けるべき場所だ。

私にとっては人が多い休みの日は特に、家に籠ってるのが一番の安らぎになる。

それに今日は、自分用のブレスレットを作るって決めてたんだ。


石のことを思っただけで途端に気分が上がった私は、一回目の洗濯をスタートさせてから、各自の部屋以外の掃除をサッサと済ませた(自分の部屋は自分で掃除をするのが神谷家のルールだ)。

それから一回目の(洗濯物)乾燥機をスタートさせて、私は自分の部屋でブレスレットを作ることにした。

乾燥は1時間半くらいかかるから、ブレスレット1つ作っても、まだまだ時間が余るくらいだ。


それにしても、やっぱり清めた空間(自分の部屋)で好きな石を扱うのは至福のひとときだな。

この子(石)たちも喜んでるように感じるし。

元々私は石が放つ波動を感じることが好きだし、キレイな色や形をしている姿も好きで、

その子たちをただ眺めているだけでも幸せなひとときだけど、その子たちを使ってアクセサリーを作ることも、純粋に好きで幸せを感じる。


えっと、今日作るブレスレットは、「ウィザード」で買ったアクアマリン2つを使うのは必須で・・・この子(アクアマリン)たちとどの子(石)を組み合わせようかな。


アクセサリーを作る、作らないに限らず、ただ石を眺めながらどの子とどの子を組み合わせるかを考えることも、私は大好きだ。

そこから石たちの声が聞こえたり、ビジョンが視えたり、波動を感じて組み合わせがひらめいてブレスレットを作り始めることも、ときどきある。


そういえばあのとき、「ウィザード」で視た未来の私は、石を使って自分用じゃなくて誰か――お客様用――にオーダーメイドのアクセサリーを作ってた。

今はホントに趣味の領域でしか石を使ったアクセサリー作りはしてない(つまり販売する商品として作ったことはない)けど・・・でも将来、本格的に始めてもいいかもしれない。もちろん私一人でできる規模で。

「宝石」と書いて「ジュエル」と読むホームページもそのとき視えたし。

だとしたら、「宝石ジュエル」と命名したのはきっと私自身――正確には「未来(数年後)の私」だよね。

なかなかステキなネーミングじゃない、と「未来の私」を誉めつつ、「今」の私は手持ちの石の中からレインボークウォーツ(この前礼子さんからいただいた石だ)と、私が一番多く持っているローズクォーツの中から数個を選んでは、それらをデザインボードの上に並べ置いていった。


そうしてデザインボードに並べ終えた子(石)たちを見た私は、満足気に一つ頷くと、ブレスレット作りに取りかかった。


これはなかなかいいアイデアだと思う。

だって人の気や念を受け取り過ぎる受信機体質の私は、大学へ進学することはまずムリだ。

慶葉よりも広大なキャンパスで、特進クラスより大勢の生徒と一緒に勉強すると考えただけで頭が重たくなってくる。

きよみ女史と同じく「こういうことを勉強したい」と思う学科もないのは幸いだった。


同じ理由で、私は人が多い場所はもちろん、人が集まる場所も過ごせないから、大企業で働くこともできないと思う。

かといって「中小」な規模の会社に就職することも・・・たぶんできない。

だって私には協調性がないから、そういう反抗的で生意気な、可愛気のない女子を雇いたがる社長はいないよね。

それに販売系の店員になることも・・・そもそも無愛想なくせに人の念を受けた途端、気分が悪くなる、接客業が超ど下手な私には絶望的にムリな話だ。

つまり私は「企業に属すること」自体がムリってこと・・・あ。

ということは私って、「就職」とか「アルバイト」または「パート勤め」が「できない」女ってことじゃない。

そして「大学進学」もムリ。ていうか「できない」―――。


「私は就職も進学もできない」という、私にとっては衝撃的な事実であり真実に思い至った私は、ローズクォーツを左手に持ったまま、動きが止まってしまった。


・・・だから私は界人と結婚するの?

え。ちょっと待ってよ私。

それって、「私みたいな女は就職や進学ができないから結婚する」って言ってない?

つまり私は「結婚」に逃げてない・・・?


私は頭を左右に振って自分の考えを自分で否定すると、手に持っていたローズクォーツをオペロン(ブレスレットの「糸」に相当する材料)に通した。


私たちが結婚するっていうことは「分かってる」。だけど今のところ界人といつ結婚するかまでは、まだ決めてない。

高等部を卒業してすぐ結婚する?

でもそのとき私たちはまだ18だよ?

界人も結婚できる年齢にはなってるけど・・・単純に早過ぎる。

それに「将来ゼロ課で働く」と決めてる界人が大学に進学することは、確定事項だし。


まぁ「片方だけ学生」結婚っていうのもアリだけど、でも私は就職できないし。

仮にビジョンで視えたとおりに、私は「宝石ジュエル」を運営して「働いてる」としても、そんな私が稼げる額なんて大したことないのは目に見えてる。

だったら界人がゼロ課に配属になってから結婚しても・・・ゼロ課に配属されるのっていつだろ。

いくら現時点で候補生だからって、大学卒業後すぐゼロ課に配属されるって保障はないんじゃない?


だったら界人が警察の仕事に就いたからすぐ結婚する?それもどうよ。

そもそも就職したての若い界人一人だけに収入(稼ぐこと)を全面的に頼りきってもいいの?

それで私たちの結婚生活は果たしてうまくいくと思う・・・?


ていうか、たとえ相手が界人じゃなくても――つまり誰でも――、私と結婚する相手はすごく・・すごく大変な思いをすることになる。

そのうち界人は、私と結婚したことを後悔するかもしれない。

「厄介者を押しつけられた」と思い始めるかもしれない。

私と結婚したら、界人の運気が落ち始める―――。

やっぱり私・・・誰とも結婚できない。

進学も、就職も、できない。


私の思考がどんどん活動的に飛躍していくのに反比例して、アクセサリー作りをしている手は、完全に止まってしまった。


てことは私、これから先どうすればいいんだろ。

少なくとも今、高等部にいるときまでは父さんに頼って生きていけるけど・・・でもそれから後は?

父さんだっていつまでも現役バリバリに警察勤めができるわけじゃないんだし。


私の未来が「無い」。

それとも「お先真っ暗」・・・あれ?アクアマリンが一つない。


私は目を凝らして石を並べているデザインボードと、作成中のブレスレット、両方とも見た。何度も。

だけどやっぱりアクアマリンが一つ、なくなってる。


ブレスレットを作り始めるときまで、アクアマリンは確かに「二つ」あった。

私は絶対に二つともデザインボードに置いた。これは確かな事実だ。

それなのに今、アクアマリンの一つはブレスレットの一部としてオペロンに通されていて、あるはずのもう一つは、忽然と姿を消してしまった―――。


万が一ということも、たぶんある。

だから私は“念のため”に手持ちの石を置いてる棚を見てみた。

けど何度見ても、やっぱりそこにアクアマリンはない。


今まで石にヒビが入ったり割れたことは、何度かある。

だけど目の前にあった石が突然、忽然と姿を消してなくなったのは、これが初めてだ。

なにこれ。アクアマリンは私に何を伝えたいんだろ・・・。


分かんないからひとまず・・・水だ。

「アクアマリン」は「水」に関係する名前だから、水に関係すること、水に触れることで何かヒントを得られるかも。

顔と手を洗って「目を覚まし」て、それからお水を飲んで・・・。


自分の部屋にあるお風呂場のほうへ歩きかけた私の足が、途中で止まった。

私の目(視線)は、同じく部屋に置いてるタンスの上に釘づけだ。


・・・なんでもう一つのアクアマリンが、こんなところ(タンスの上)にあるの。

タンスは、私がブレスレット作りをするときに使ってる机はもちろん、いつも石を置いている棚からも距離がある。

それに私はタンスに石を一時的にでも置かないし、第一「棚の向かい側にあるタンス」に石を置いたことは一度もない。


これってアクアマリンが自分で動いた、ってこと・・・になるよね。


私は少しだけ、恐る恐る、タンスのほうへ移動した。といっても、そんなに広くはない部屋だから、タンスまではほんの数歩歩けばいいだけだ。

その時点でアクアマリンは「まだタンスの上にある」。

つまり、アクアマリンは消えてないし、動いてもいない。


「もう、ヘンな・・・」


私がタンスの上のアクアマリンを取ろうと、手を伸ばしたそのとき。

さらに信じられないことが起こった。


なんか、私の手が・・・薄く見えるんだけど。


咄嗟に私はタンスの上に置いてる、虫眼鏡のような丸くてスタンド型の鏡で自分を見た。そしたら・・・。


「え、なに、これ。なんで・・」


鏡に映ってる物たちの中で、私が・・私だけが薄い!


「・・やだ。いやだ。いやー――っ!!!」


神谷家の各部屋には防音効果の高い壁で覆われてるにもかかわらず、ドアを閉めていても私の叫び声が聞こえたらしい。

ドアの開くバタンという音が聞こえた次の瞬間には、「まさきっ!」と私を呼ぶ父さんの声が聞こえた。


「・・父さん・・・」と呟いた私は、父さんが来てくれたことに安心したんだと思う。

それでも私は自分から、父さんに抱きついていた。


父さんは私を受け止めつつも、当然ながら「雅希?どうしたんだ?」と優しい声で聞く。

けど私はそれに答えず、ただ泣きながら何度も何度も繰り返し「お父さん」と言うことしかできなかった。

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