第27話 そういう関係
「“セレナ”の玄関ドアにはもちろん鍵がかかってたし、試しにインターホンを押してみたけど応答もなかった。ていうか、私たちが行った何日も前から誰も“セレナ”に出入りしてない感じだった」
「そうか」
「ねえ父さん、綿貫さんが“退学”したタイミングで礼子さんも“お店を休みにしてる”って、偶然にしてはできすぎだと思わない?」
「つまりおまえは何が言いたいんだ?」
「だから・・父さんは何か知ってるんでしょ。この“件”について。それともこの“事件”ってハッキリ言ったほうがいいの」
食卓を挟んで、父さんと私はお互いにらみ合った。
けど今回も、娘には甘い父さんが、私に一枚の紙を渡すことですんなり引き下がった。
「礼子さんから。おまえに渡してくれって頼まれた」
「これ・・」
その紙には、急で申し訳ないけど、しばらくの間石の販売を休業すること、だからその間“セレナ”も休むこと、今のところは再開のめどがたたないと書いてある。
「“それは来週かもしれないし、三か月後になるかもしれない。ホントに分からないの。ごめんね”って・・」
紙から父さんに移した私の目線を、父さんはしっかりと受け止めた。
「心配するな。みんな無事で元気にしてる」
「“みんな”って」
「綿貫雄馬くんと姉の弥生ちゃん、それから母親の礼子さん。三人は今、安全なところにいる」
父さんがそう言うのなら、三人とも無事で元気なんだと確信できる。
だけどそれは同時に、綿貫さんたちが何らかの事件に巻き込まれてるということを、警察に勤めている父さんが肯定したことをも意味する―――。
「・・・そう」
「悪いがこれ以上のことはおまえにも言えねえから聞くなよ。それから・・」
「分かってる。“クラスメイトを含むほかの人および関係者にも、とにかくこのことは誰にも話すな”でしょ」
「さすが俺の娘だな」と父さんは言って、私の髪をクシャッと撫でた。
「ねえ父さん」「なんだ」
「界人には話してもいい?」「ダメだ」
「じゃあこの紙、界人に見せてもいい?」
「見せるだけならいいぞ。俺も中身見せてもらって知ってるからな」
礼子さんからの紙には、セレナを休むこと等のほか、礼子さんが薦める石屋さんの名前と住所、それからホームページのアドレスが書いてあった。
礼子さん自身もその店で石を買ったことが何度もあって店主とも懇意にしてる、石の品質も確かだから信用していいと書いてある。
つまり石の売買ができなくなった当分の間、礼子さんのお店の代わりにそこに行けばいい、ということか。
「私、礼子さんに石の注文してたんだ。綿貫さんを通してだけど」
「聞いてるよ。12月までに買えりゃいいんだろ?」
「うん。界人にプレゼントしたいから」
「クリスマスプレゼントか」
「誕生日も兼ねてる。界人ね、私と誕生日同じって、父さん知ってた?」
「いや、知らなかった。ふーん、そうか・・」
「ごめん。お母さんのこと思い出させて」
「おまえの母さんのことは“思い出す”っていうより“まだ一緒に生きてる”って感じだからな。おまえが謝る必要はねえよ」
「じゃあ父さんは・・・再婚する気ないの」
「ない」
「礼子さんとも?」
「おまえは父親に不倫を勧めるのか」
「ううん。でも父さんと礼子さんって恋人同士みたいに仲良いでしょ」
「あー・・まぁ確かに、俺と礼子さんは夫婦だったこともあったからな。過去生の話だが」
「やっぱり」
「だがそんときは別れたんだよ」
「ホント?」
「ああ。俺たちってそういう関係なんだろうな」
「“そういう関係”って?」
「そうだな・・“おまえと忍のような関係”って言えば分かりやすいか」
「“血のつながらないきょうだいみたいな身内の関係”ってこと?」
「それに“仲が良い”も加えてな」
「ふーん」
確かに私と忍はいとこ同士だけど、いとこの中でも特に忍とは――唯一の同い年のいとこだからなのか――血のつながってるきょうだいみたいな絆を強く感じる。
だから忍とは仲良いし、恋人同士に間違われたことも過去何度かあるけど、お互いにその気は全然持てない代わりに家族として、きょうだいとしての愛情は、お互いたくさんある。
だからもし、今世で忍と私が結婚しても(それは絶対に起こらないと断言できるけど)遅かれ早かれいつか絶対に離婚するだろうな。忍と私はそういう“仲の良さ”じゃないから。
「俺も礼子さんのことは好きだよ。ただし今世では“姉”および“友人”として」
「お姉さんなんだ」
「そりゃそーだろ。あっちのほうが年上だし態度も姉級だし」
「分かる」
「それに、礼子さんと孝宏さんの夫婦仲はすこぶる良好だってことを忘れんなよ」
「うん」
「そもそも父さんは、略奪・不倫に興味ねえから。おまえの母さん・・真希とは想定外に早く別れることになっちまったが、それでも父さんは俺の女にしたいと思った最愛の女性と結婚することができたうえに、真希はおまえまで授けてくれた。だから今世では、真希との結婚一度きりで十分だよ」
「そう・・・。なんか、初めてだね」
「何が」
「お母さんのことを父さんがこんなにたくさん私にしゃべってくれたの」
「そうか?」
「私・・父さんはお母さんのことを私にしゃべりたくないのかと思ってた」
「なんでそうなる。おまえの母さんのことだろーが」
「そうだけど・・」
「父さんはおまえに“おまえの母さんのことは話したくねえ”って一度でも言ったことあるか?」
「・・ない」
「まさかとは思うが、“娘として”、父さんに気ぃ使ってんのか?母さんのこと話すと俺が悲しむとでも思って。“まさかとは思うが”ともう一度言うが」
「そんなこと・・・少しだけ」
上目遣いで父さんを見る私に、父さんは怒ったもしくは悲しい顔はもちろんしてないし、怒鳴りもせず、ただ私の髪をクシャッとするようになでながら、優しいまなざしで私を見ながら「アホ」と言った。
この、私の髪をクシャッとするようになでるのは、娘に対する父さんの代表的な愛情表現の一つで、私はひそかに気に入ってる。
父さんにこれをされると、私の心は温かい気持ちで満たされるから。
「おまえは父さんと母さんの娘なんだぞ。特に父さんには遠慮しなくていい」
「分かった」
「母さんのことでなんか聞きたいことでもあるのか?」
「今はない。けど・・そうだ。父さんは、お母さんが“自分の女だ”ってすぐ分かった?」
「ああ。改装前のこの家で、初めて会ったときに確信した。あいつはソファで寝てたけどな」
「なにそれ。もしかして父さん、お母さんの寝込みを襲ったの」
「・・・まさか自分の娘からそういう言葉を聞く日が来るとは・・・。俺白髪増えそう・・」
「私もう15歳だよ」
すまし顔で私がそう言うと、父さんは笑って「そうだな」と言った。
「じゃあおまえにも分かっただろ?界人がおまえの“男”だって。神谷の
「・・・うん。あ、父さん」
「なんだ」
「礼子さんの紙に書いてある石屋さんに行ってもいい?界人と一緒に」
「それは構わんが、界人にバレてもいいのか?」
「プレゼントのことはもう界人に話してる。どの石かまではまだナイショだけど、その石を買いたいんじゃないの。お店の雰囲気とか石の品ぞろえとか質を見ておきたいのが第一の目的。礼子さんが推薦するなら間違いはないと思うけど、自分で見たうえでほしい子があったら買うかもしれない」
「分かった。人混みには気をつけること。それから行く日時は必ず事前に俺に知らせること。俺からの返事がくるまで店には行くな。それから絶対一人で行くんじゃねえぞ」
「了解」
「あとはそうだな・・雄馬くんたちのことだが、界人には俺から話しとく。と言ってもおまえに言ったことまでしか話せねえけどな。あいつはゼロ課の候補生だが正式なメンバーじゃねえし。だからおまえは誰にも口外するなよ」
「うん。ありがとう、父さん。あっ、あと忍は?」
「あー、あいつもおまえと同じクラスだったなぁ」
「そういえば・・」「ん?なんだ」
「私たちのクラスメイトと綿貫さん、って雄馬さんのことだけど。つき合ってるんだって」
「名前は」
「安倍まりあ。私はまリア充って呼んでる」と私が言うと、父さんは無表情に一つ頷いただけだった。
「まリア充にも話していい?綿貫さんと何日か前から突然連絡取れなくなったし、急に会えなくなったうえに、今日いきなり退学したことをウワサで知って今日は早退したんだ。それくらいショックだったってことだよ。すごく心配してると思うんだ。だから・・」
「安倍さんのところには父さんの“関係者”が事情を説明しに行った。だから今頃は“まリア充”も知ってるだろ。とは言っても、おまえと同じ情報しか伝えられてねえはずだが」
「それって“知ってる人は少ないほうがいい”ってことだよね」
「ああ。そのほうが犯人を割り出しやすくなる」
「そしたら事件も早く解決するんでしょ」
「ああ。だからおまえも協力しろよ」
「うん」
「忍にも俺から話しておく」
「うん。父さんありがと」
「これが俺の仕事だから。おまえは深入りするんじゃねえぞ」
綿貫さんの「退学」や「転校」、もしくは「海外留学」、要するに「学園を去った」というウワサの勢いは、翌日になっても全然衰えていなかった。
それどころか、ウワサの勢いは増してる気がする。
それはそうか。まだ一日しか経ってないし、諸説が流れてるのも相変わらずだ。
おそらくこれからどんどん勢いが増していくと思う。
「誰と誰がつき合ってる」というゴシップより内容が“ショッキング”で“センセーショナル”な分、どうしても話題性が高くなるのは仕方ない。
このウワサが消えるまで、当分時間がかかるだろう。
とにかく綿貫さんの件では、忍が言ってた「攪乱説」がやっぱり一番近かった。
事の真相はまだ分からないけど、ひとまず綿貫さん(と礼子さんとお姉さん)は無事だし元気にしていることを私や一部の関係者は知っている。それが現段階での大事な事実だ。
綿貫さんの彼女で、私とはクラスメイトのまリア充も、たぶんホッとしてるだろう。
「たぶん」がついたのは、まリア充は今日欠席してるからだ。
つまりあれからまリア充とは会ってないので、彼女が情報を聞いているのか、実のところ私には分からない。スマホでも連絡を取り合ってないから。
でも父さんのチームの人が、私が父さんに聞いた話をまリア充にも伝えてくれてるはずだ。
それでもやっぱり今は、カレシが渦中の的になってる学園に来て授業を受ける気にはならないだろう。
もし私がまリア充の立場だったら私もそうする。
考えただけで気分が悪くなる・・ていうか「同じ立場」ってことは、「界人に何かあった」ってことになるよね。
それはイヤだ。そんなことは起こってほしくない。
さらに言うなら、「人が薄く視えること」だって、もう二度と起こってほしくないと切実に願ってるのに、お弁当を食べて教室に戻る途中で偶然見かけた近江先生が、また―――それとも「まだ」と言うべきなのか―――薄く視えた。
薄く視えた人は近江先生が三人目。
そして同じ人が続けて薄く視えたのは、近江先生が初めてだ。
でもそれは、薄く視えた過去の二人が、単なる通りすがりの知らない人だったからだろう。
ということは・・・もし同じ人を「また」見かけたら、その人(たち)は「まだ」薄く視えるのかな・・・。
確かめたい。けど確かめる方法がない。
それに確かめることが・・・怖い。
だって、「薄く視える意味(理由)」が分からないから。
だから私は確かめたくない。
だけど、「ほかにも薄く視える人がいるのか」を確かめる方法なら・・ある。
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