第13話 雅希にジーンズ貸しちゃダメ
悠希おじさんは「じゃ」と言うと、コホンと咳ばらいをした。
「長峰悠希です。パイロットを育成してます」「おーっ!」
「空の男キターッ!」「それ違くね?教官だろ」
「つっても二年前から非常勤にしてもらったんで、今はほとんどそっちの仕事にはかかわってないが」
「じゃあ今のご職業は」「兄ちゃんと同じく、ほぼ無職だな」
「えーっ!?」「ぶっちゃけ、どうやって生活してるんですか?」
「長峰家は元々資産家でな、資産の中でも主に土地を持っててさ。それを基にいろいろやりくりしてる。たとえばこのマンション。土地と建物は俺のだから」
「あぁ、それでペントハウスを独り占めして好きなように改装できたんですね?」
「簡単に分かりやすくまとめてくれてありがとう、蘇我直哉くん。ここだけじゃなくて他にも土地や建物持ってるし、別の資産もたんまりあるから、まあ俺らが会社員として働かなくても食い扶持に困ることはねえのよ」
「今流行りの“早期リタイヤ生活”を楽しんでるんですね!」
「まあな。もちろん、資産を増やし続ける努力は怠らないが」
「あっ、じゃあ悠希おじさんもこの広~い家に住んでるんですか」
「ああ。元は俺一人で住んでたところでユキと出会って、ユキを口説き落としてこっちに住まわせて」
「同棲キターッ!」「“口説き落とす”なんてロマンチックぅ」
「ワタシは元々このマンションの下のほうの階に住んでいたのよ」
「そうなんだ」「じゃあお二人が出会ったのもこのマンション?」
「そうだったかしら、ダーリン?」「うーん、たぶんそうだろ。俺たちの接点はここしかなかったから」
「“ダーリン”だって!言いたいし言われたい!」
「ちなっちゃん、目がらんらんと輝いてる」
「恋ネタはちなっちゃんの大好物だから」
「で、それから兄貴がサヤちゃんと結婚することになったのを機に、俺んちで一緒に住もうぜって話を持ちかけて、現在に至るというわけだ」
「このおうちってホンットに広いでしょう?なのにときどきワタシ一人で過ごさないといけなかったときもあったのよ。ムダに広い分、寂しさが増すだけで慣れることはなくて」
「だから“俺と一緒に旅行行こうぜ、俺が操縦するから絶対安心だ”って何度も誘ったじゃないか」
「飛行機恐怖症のワタシに飛行機に乗れって言うのは拷問を強いてるのと同じことよっ!ムリなモノはムリです!それにワタシも仕事――ってお料理教室だけど――を私の自宅やほかの場所でやらせていただいてたから、そんなに長く休めなかったのよね」
「ユキオくんは、今でも飛行機に乗るのが怖いですか」
「ええ、怖いわ。何がきっかけなのかはいまだに分からないんだけど、飛行機に乗って座って・・って考えるだけで、いまだにダメ。ワタシには海外旅行なんて無理な話なのよ」
「じゃあユキオくんは、海外旅行したことないの?」「一度もないわ」
「へえ」「じゃあ海外を含む旅行デートはできないですね」
「海外はできないけど、国内なら何度か旅行したわよ。ただし、車か列車で行ける範囲に限ってだけどね」
「あ、そっか。飛行機がダメでもその手があったな」
「ユキオくんは飛行機恐怖症を克服して飛行機に乗りたいって思ったことはありますか」
「結論から言うと、一度もないわよ。まず、そこまでしてまで飛行機に乗りたいと思ったことがないし、飛行機が怖くて乗れないことで、生活や仕事に支障をきたしたことがないし、私の命を脅かすような事態に陥ったこともないから。だけど絶対に飛行機に乗るしか方法がないみたいな、他に選択肢がないときは、飛行機に乗ることをがんばってみるかもしれないわね。まあ、そのときにならなきゃ分からないことだけど」
「そうですか」
「でもね、マサキちゃん。私は怖いことを無理やり克服して乗り越えようとしなくてもいいんじゃない?って思うわよ。人生は、苦手なことや辛いこと克服するためじゃなくて、好きなことや得意なことを究めたり、やってみたいと思うことにチャレンジしてみたり、がんばりたいと思うことをがんばるためにあるんじゃないかしら?」
「深い・・・!」「今、すっごくいいこと聞いた」「メモメモ!」
「悠希おじさんは昔、パイロットだったの?」
「国際線のな」「キャーッ、カッコイイ!」
「制服似合ってただろうなぁ」
「よるちゃんは見たことある?悠希おじさまの制服姿」
「あると思うけど、よく覚えてないなあ」
「ミヤコちゃんが小さいころには俺、もうパイロット止めてたから、たぶん覚えてないだろ」「だよね」と話しているところで、ユキオくんがやって来た。
「さあどうぞ~。ピザ第二弾とシナモンロールよ。召し上がって」
「わーい!」「うまそう・・」「いい匂い!」
「シナモンロール、雅希が作ったの?」
「私は生地にシナモンをかけて、形を作っただけ」
「でもそれが、シナモンロールを美味しく作れるか否かの分かれ道なのよ。ダーリン、ピザを乗せたお皿がまだキッチンにあるから持ってきてくれる?」「おう」
悠希おじさんが立ち上がったのを機に、ユキオくんが私の隣を指して「ここ、座っていいかしら」と言った。
「どうぞ」
「だからね、いくら好きな人と一緒に暮らせるって言っても最初のころはすっごく寂しかったのよ。でも、悠里くんとサヤコちゃんがここに移り住んでくれて、ミヤコちゃんが生まれて、リキヤくんも生まれて。家族が増えて寂しさもようやくなくなったわ。ムダに広いと思うことは相変わらずだけど」
「確かにねー、“家族が増えた”って言っても結局この家に住んでいるのは合わせても6人だし。雅希と忍くんのところに比べると、やっぱうちの家族人口密度は低いよ。生まれてずーっとここに住んでる私でさえ、ムダに広いって思ってるくらいだから」
「いやいや、うちは少々特別だから。比べようがないっしょ」「うん」
「何々、“少々特別”って」
「うちは父さんの兄弟家族全員一緒に住んでるって話」
「えっ?そうなの?」
「うん。父さんは六人兄弟の長男だから」
「じゃあ六所帯同居!?」
「じーちゃんもいたから七所帯?」「じーちゃんは三年前に亡くなったけど」
「だから今は私の部屋になってる」
「それでも大家族じゃん!」
「てかさ、神谷んとこも、そこまでの大人数を収容できるくらい相当広い家ってことじゃね?」
「ここほど広くないよ」
「そうだよな。それに、うちは家族人口多い分、壁とか部屋数がここより多いからなあ。やっぱ壁がある分狭く感じるし、大人数集まってパーティーするのは難しい」と言う忍に、私は頷いて同意した。
「ねえねえ、料理やお風呂はどうしてるの?」「キッチンは各所帯についてる?」
「料理はまーが担当してる」「えーっ!?」
「じゃあ雅希は大人数の料理を一手に引き受けてるんだ」
「私の担当は、朝と昼のお弁当作りだけ。晩ごはんは毎日作ってないよ」
「それでもすごいよね」「料理上手なツンデレ娘って、モテ要素満載じゃん!」
「私、ツンデレなの」「まだ聞いてるよ、この
「親の部屋にはミニキッチンがあるよ。でも湯沸かして茶を飲むときくらいしか使ってなさげで、普段みんなが使ってるメインのキッチンが一つある」「ふーん」
「じゃあメインのキッチンは、やっぱ料理スタジオみたいにデッカくて、最新家電が勢ぞろいしてるの?」「ステンレスがピカピカに光ってるレストランの厨房、みたいな」
「鍋とかお皿とか、たくさん並んでて」「そーそー」
「普通だと思う。少なくともうちのキッチンは、よるちゃんちのキッチンより狭いし、最新家電とかないし」
「えーっ!?それで雅希は毎日大人数の食事作ってんの!?」
「てかフツーサイズのフツーのキッチンで作れるの?」
「作れるよ」
「ワタシはここでお料理教室を開いている以上、やっぱりキッチンはある程度のスペースがないと、生徒さんたちと一緒にお料理したり、お食事をいただくことができないから」
「よるちゃんちのキッチンはここだけ?」
「うん。うちのキッチンは、自宅用兼、ユキおじさんのお教室兼研究所だよ」
「料理が“研究”!?」
「でも分かる。まーがキッチンにこもって料理作ってくれてるとき、なんかの実験とか研究してるような感じってーか。淡々黙々とこなしてるんだよなー。ラクーにやってるように見えて、実はすげー複雑、みたいな」
「マサキちゃんはお料理を作ることが、とても好きなのね」
「基本的に私は一人で黙々とできることが好きです」
「あらそうなの~。でもマサキちゃんはただ、お料理作りが好きなだけじゃないようね。シノブくんのお話しを聞いていると、とっても上手なのが伝わってくるわ」
「マジで上手いっすよ。まーが作った料理は何食べてもマジでウマいし」
「いいな~忍~」「雅希の手料理毎日食えるとか。おまえ、恵まれた環境にいるな~」
「なんか雅希って、食堂を切り盛りするおかみさんみたい」
「“おかみさん”って言うの?“おかあさん”じゃなくて?」
「苗字が“神谷”だから“おかみ”でいいんじゃね?」「そっちの“かみ”かいっ!?」
「雅希の新たな顔、まかない娘!カ~ワイ~イ!」
「まさきーっ、シナモンロールすげーウマいぜ!」「ありがとリュウ」
「料理上手な雅希に俺、惚れ直しそう」「惚れ直さなくていいよ」
「じゃあ好きってことで!」「それどういう意味、そうちゃん」
「そこの二人、何気に漫才やってる」「雅希のほうが強いことに変わりないけど」
「切れ味の良い包丁、みたいな」「さばくの抜群に上手いで~」
「いつも思ってたけど、忍くんと雅希ってホント仲良いよね~」
「一緒に住んでる家族なら、お互いに仲良くしたいと思うでしょ。服の貸し借りとか普通にできるし」
「俺のジーンズを“強引に”借りたくせによく言う・・」
「そうなの雅希!?どーりでなんか、サイズ合ってないと思ったのよねぇ」
「てか“イケメンのジーンズを強引に借りて着るイケ
「ちなっちゃん、恋愛ネタっぽく言わないで」
「違うよ雅希。ちなっちゃんにとっては、なんでも恋愛ネタになっちゃうんだよ」
「あ、そっか」
「でもさ、気軽に服の貸し借りができる関係って仲が良い証じゃん」
「みんな“強引”を忘れてね?俺には拒否権なかったんだからなっ」
「それでも貸してくれた忍は優しいよ」「やっぱ神谷の女はつえぇ・・・」
「てか忍っ!雅希にジーンズを貸したらダメだろ!」「ダメ出しそこ!?」
「そーだぜー。こーゆーとき、女子はスカートはいてきてほしい、ってのが男の心理であり真実なんだよ。だから親愛なる女子どもよ、よおく憶えとけ!デートのときは絶対スカート!できれば丈は短めで!これ鉄則アンド鋼の掟だ!俺が言うんだから間違いない!」
「てかさ、それ白虎の好みと願望を、そのまま押しつけてるだけじゃない」
「いや、そんなことないぜ。男側から見れば、スカートはいてるってだけでその女子はポイント高いんだから。基本、ズボンしかはく余地のない男に比べると、その点女子は得してると思わないか?」
「なんつー論点」「サイドから攻める、みたいな?」
「それにな、俺たちって学園ではスカート姿の女子を見ることができないだろ?」
「慶葉女子生徒の制服はキュロットスカートだものねえ。ヨッシーくんが嘆きたくなるのも分かるわ。ほんの少しだけ、だけど」という、最後のほうのユキオくんの呟きは、ヨッシーには聞こえてなかったみたいだ。
「でしょう?ユキオくん。あのキュロットスカートというヤツは、ハッキリ言ってニセスカートですよ!」「ヨッシー言いきった!」
「そーだそーだ!見た目はスカートみたいだが、実は全然スカートじゃねえ!」
「だから“キュロット”ってこと、忘れてない?」「ニセも何もないでしょ」
「しかもミニ丈じゃない」「脚が全然見えねえんだよなあ」
「あんたたち、何しに学園に来てんの」
「そういうわけだ。忍、今日は女子の私服を見れる絶好の機会だったというのに、おまえは俺たちの楽しみを奪ったんだ」「大げさやわあ」
「でも今日は、8人中6人がスカートはいてる!」
「よると雅希以外の女子全員、グッジョブ!」
「それだけでも俺は満足だ」「なんか、新鮮だよね」
「だから俺には拒否権がなかったってーのと、さすがに俺、スカートは持ってないから。まーには貸せないっしょ」
「もし忍さんがスカート持ってたら、うち引くわ」
「よる、おまえの企画はほぼ完璧だった。次からは“女子はスカート着用の事”まで加えるとパーフェクトだなっ」
「私、スカート持ってない」「えーっ!?」「意外」
「買え。おまえはミニが似合う」「嫌」
「なんで」「冷えるし、足でもどこでも素肌はなるべく見せたくない」
「雅希ちゃん、現実的だ」「雅希、実は女捨ててる!?」
「かわいい顔した10代の娘がおばちゃんみたいなこと言ってるよ」
「いやでもな、雅希。モデルやってる俺のアドバイスは聞いとけって。おまえはマジでミニスカート似合うから」
「それで余計な視線を浴びまくったらすぐ気分が悪くなるのがオチだし、倒れたときにパンツ見えるかもって気になるでしょ」
「グハ―っ!雅希が“パンツ”言ったーっ!」
「娘とおばちゃんのギャップがイイ!」
「これだけで今日は来たかいありましたーっ!」
「雅希ちゃん、やっぱり現実的・・・」「良かったぁ。雅希が女捨ててなくて」
「だから白虎のアドバイスはあてにならない」「またバッサリきましたー!」
「んじゃ、せめて自分の体型に合ったジーンズを着ろよ。ま、忍のジーンズ着てるおまえもセクシーっちゃあセクシーだけどな。そういう姿を見せていいのは彼氏の前だけにしとけ。んで男もんの服借りるのは彼氏のだけ借りること。これカップルのお約束だぜ」
「ふーん、そうなんだ」
「たまにはいいこと言うね。白虎にしては」「おい」
「いやいや白虎ってさ、実はファッションセンスあるオシャレくんだから」
「“実は”は余計だからいらねーな」
「確かに、ビャッコくんはお洋服選びのセンスがあると思うわ。それに、自分だけじゃなくて、その人に似合う服を選ぶことも得意そう。さすがモデルねっ。ビャッコくんはお洋服を着こなせる体型をしているし、たくさんのお洋服を見ているうちに、ファッションセンスを見る目も養われていったのかもしれないわね」
「ユキオくん、そーゆーの分かるんすか!」
「“そーゆーの”って何」
「だからさ、見ただけでいろいろ分かるってやつだよ!」
「占い?予言?」「どっちも違うでしょ」「私にはますます分からんわ」
「ええっと。ワタシ、長年食に携わっているおかげで、今ではその人の外見を見れば、どういう暮らしかたをしているのかが大体分かるし、ほぼ当てることができるわよ。ビャッコくんが言いたいことは、そういうことなのかしら?」
「そのとーりです、ユキオくんっ!」「へえ。ユキオくんすげーっ!」
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